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特異点修復者シリーズ (刑事編)出向 #7


            7: 碇湾岸署


 南北に二つの中規模空港と、大きな内海の湾を抱えた巨大都市「湊」。

 表面上はこの国の第二首都だが、所詮、中央に対しては「地方」にしか過ぎず、湊人ミナンチュと呼ばれる市民たちのどん欲なまでのメンタリティを持てしても、湊市の経済は四半世紀以上低迷を続けて来た。

 もっともそれは、特異点が「湊」のすぐ側に停留するまでの話だ。

 現在の「湊」は、世界中で最もヒートアップした都市の一つになっている。

 街を歩けば二百人に一人の割合で国際的な諜報活動に関わる人間に遭遇し、企業家達は特異点の影響で「世紀の発明」を密かに生みだし続けるこの街にマネーチャンスの野望を抱き続ける。

 そして犯罪者達は、この街の放つ危険で香ばしい匂いに強く吸いよせられていたのである。


 この夜、碇湾岸署の元に一つのデータが緊急回線で送られてきた。

 事件現場に駆けつけた警官が、気を回して碇湾岸署にこの「映像」を送ったのだ。

 丹治が躾けた警官だから出来る芸当だった。

 その丹治が、署内に残っていた二人の部下達と送られてきた映像を見つめている。

 運が良ければ現場に急行させた刑事達からの更に詳しい報告も入るかもしれない。

 丹治の勘は、この事件が後々更に大きく成長し、禍々しいものになるだろうと彼に教えていた。


 碇の夜の波止場で行われる麻薬の取引、、一方は現金の詰まったアタッシュケースを開き、もう一方はパケがぎっしり詰まったケースを開き、双方が睨み合っている。

 正にその瞬間、彼らの間の空中から、一人の男がこぼれ落ちてきた。

「なんだおめえ!!やっぱり裏切りやがったのか」

 現金を持っていた側の男が叫ぶ。

「おまえこそ」と麻薬入りのケースを仕舞いながらもう一人の男が応じた瞬間、パンパンと乾いた音が四度続き、ケースを持った男達の頭部が吹き飛び脳症がはじけ飛んだ。

 途端に画面が激しく揺れる。

 そのせいで今まで見えなかった光景が映し出される。

 撮影用のライト、予備のカメラ、呆然と立ちすくんでいるスタッフの姿。

 ・・・それが転送されて来た「映像」だった。


「お前達も応援に行け、何でもいいから証拠を漁って来るんだ。奴が撃った弾、、四発だ。一人に二発ずつ撃ち込んでる。だがこのビデオでみる限り着弾したのはそれぞれ一発ずつだ、外れたのが手に入る可能性があるぞ、」

「でも鑑識が。」

 部下の内、若い方が驚いたように丹治を見て言った。

「見れば判るだろ、このヤマは特異点がらみなんだ。もう今頃、機構の方が動き出してる、鑑識もへったくれもないんだよ、」

 今まで座っていた椅子から半分腰を浮かせながら、もう一人の年配刑事がそう言った。

「いいから、早く行け。」

 丹治は今まで見ていた映像をもう一度最初から繰り返して見る積もりらしく、動く様子がない。

 二人の刑事は、部屋の外に飛び出して行った。


 二人の俳優の前に突如墜ちてきた男がカメラに向かって正面を向いた瞬間をとらえて、丹治は映像を止めクローズアップをかけた。

 男は黒い髪をリーゼントにまとめ上げている。

 目は垂れているが間抜けの印象はない、むしろ冷酷な光りを放っている。

「やっぱりお前か、カルロス、、歳をとってもちんぴらはちんぴらだな。ギャング映画の撮影現場に飛び込んできやがって、それを本物と勘違いした上に、さっそく特異点帰りの腕試しか、、。」

 丹治はそう呟くともう映像には興味を失ったのか、手に持っていた映像用のリモコンをテーブルに置き、代わりに胸の内ポケットから私用の携帯を抜き出して、そのボタンを押した。

 丹治には、こんな「物件」に出くわした時、手配をかけなければいけない相手が何人もいたのだ。



「なんなんですか、先輩。なんで俺達の時に、奴がいるんすか。」

 現場に急行する車の運転をしながら若い刑事がぼやいた。

「お前、丹治さんのこと、奴って呼ぶのは止めとけよ。俺の前だからって安心するのも止めろ。お前を庇ってやるのにも限界がある。俺だって自分が可愛いんだからな。」

「わかんねぇな、たかだか警部でしょが。俺らへの指示以外は、殆ど単独行動、それも仕事にかこつけて何をしてるか分かったもんじゃない、実質、署内では香坂さんが警部の役割してる。他の人は全滅だ。香坂さんが警部代理なんですよ。それに署長は何も口を出さない。あれじゃ丹治が署長だ゛。」

「異常なのは重々承知だ。しかし丹治さんはそれだけの力を持ってる。署長は勿論、もっとずっと上の位の人間まで動かせるって話だ。実質、碇じゃ丹治さんが裏警察の署長見たいなもんだ。この身分序列が絶対の世界でだそ。丹治さんが今の身分でいるのは、それを楽しんでるからだ。学歴だって、ど派手な実績だってある、昇進試験なんか軽いもんだ・・・それでも現場から離れたがらない、楽しんでいるんだ。刑事っていうヤクザ稼業をな。早い話が、あの人は根っからの悪党警官、いや悪漢なんだよ。」

 香坂と呼ばれた年上の刑事が苦笑いをする。

 丹治よりは少し年上だが、碇署に配属されたのは同じ年で同期になる。

 二人とも碇署では、もう古株だ。

 だから香坂は、丹治がここまでこの都市で君臨できるようになった方法の一部を知っている。

 例えばさっき、丹治は犯人が撃った弾を見つけて来いと言った。

 このヤマは、遅かれ早かれ機構のものとなり、そうなった限りには警察は絶対に手出しが出来ない。

 しかし丹治の手には犯人の撃った弾が残る。

 丹治ならそれを元に、色々な事を洗い出せるだろう。

 そこから得た情報が役に立つのか立たぬのか、それは大した問題ではない。

 大切な事は、常に最新のレアな情報を握っているということと、それを必要な時に必要な切り札として使える才覚があるかどうかだ。

 丹治にはそれがある。

 勿論、そんな能力など刑事の仕事の中心になるものではない。

 丹治も最初はその才覚を捜査の為にだけ使っていた。

 それが、今やどうだ。

 汚職刑事などという表現は、生やさしいくらいだ。

 警察内の上級幹部でさえ丹治には手が出せないという。

「しかし驚きましたね。送られて来たあの映像。」

「よく覚えておくんだぞ、若いの。この街のパトロール警官の何人かは、警官である前に、丹治さんの子分なんだ。いや丹治さんの子分になることが警官になるってことだと思ってる人間までいる。だから丹治さんが、喜びそうな事を自発的にやるんだ。」

「いやそういう事じゃなくて、俺が言いたいのは、あの偶然具合ですよ。ギャング映画のロケ撮影中に殺しが起こって、カメラがそれをドンピシャのタイミングで、、いやこれは当たり前か、相手が撮影中に飛び込んできたんだから。でもやっぱり記録媒体の方に気づく巡邏も偉いな。俺だったら現場自体に気が取られちゃって、カメラの事まで気が回らない。」

「警官としてはそれで当たり前だよ。いつも飼い主から撫でて欲しくて、どうやったらいいかだけを考えてる犬のような奴は、まともじゃない。」

「・・・結局、香坂さんもまともじゃないすか。それを聞いて少し安心しましたよ。」

「馬鹿言え、特異点が近くに出来ちまってから、この街はおかしくなってるんだ。その街で刑事やってて、まともでいられるか。」

「・・・ふーん、そいじゃ俺もダイビングポイントやらに飛び込んでみましょうかね。」

「おい、その手の話はそこまでにしとけ、自分が刑事だという事を忘れるな。もし漏れたら機構にひっぱられるぞ。」

 香坂のその言葉に、今度こそ若い刑事は黙りこくった。


 湊市には、「特異点には大きさがある」という説が根強く残っている。

 特異点に関する噂話や都市伝説の類は山程ある、そのほとんどが直ぐに消えて行くのだが、これだけは別だ。

 この噂話が消えない理由は、湊市やその周辺に点在移動するダイビングスポットの存在と、「奇跡の湧出スポット」の存在にある。

 特異点は、正に概念上の「点」であり、線でも面でも、ましてや人間の生きる三次元の立体世界ではない。その正体が人間の空間の認知範囲を超える超絶的なものだとしてもだ。

 「点」の存在位置は、湊の沖合数十キロの位置にある海中を示している。

 ならば特異点が完全に停留した現在では、特異点が引き起こす数々の奇跡は、その地点近くに限られるのではないか?

 それが何故、遠く離れた湊周辺で発現されるのか?

 つまり特異点は、別の次元では一定の大きさを持った存在として有り、その大きさの中に湊が含まれているのではないか?そういった発想である。

 又、ある人間は、特異点の実体は別次元ではかなり巨大な球体であり、その中心を、我々人間が「特異点」と認識しているのだともいう。

 勿論、真偽の程は判らない。

 この地球上でもっとも特異点に近い存在と思われるグレーテルが決してこの件について情報を開示しないからだ。

 しかしそんな状況を尻目に、「特異点」の影響は、今日も遠く離れた湊に及びなから、人々の欲望をかき立て、そこにゴールドラッシュを生み出しているのだ。

 その「湊」の中で、最も熱い警察署が、元は湾岸の造成地に過ぎなかった碇地区に配置された碇湾岸署だった。


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