特異点修復者シリーズ (刑事編)端緒 #6
6: 失われたものの回収
謹慎処分とは誰も言わなかったが、あの査問以来、護に出動命令が四日以上おりないとなれば、実質上、護はそういった処分をくらっていたのだ。
特異点内部に侵入を果たした人間は、回転するルーレット盤のポケットに該当する各リペイヤー内部世界に落ち込む訳だが、彼らはその確率が高い「護」という内部世界のポケットに落ちながらも、しばらくすると、その光景が別のモノに描き変わるという不思議な光景を見たに違いない。
護がトンネルに入らなければ、その世界は確定されず、他のリペイヤーの影響力に晒されるからだ。
そして、護はもう一つの問題を抱えていた。
たとえ出動命令が下ったとしても、特異点内部に入るためのデバイスはジッグラト近くに停車したままだったのだ。
五日目、護の姿は特異点への進入トンネルの中にあった。
それを見つけたのは、他ならぬ管理管制官のゲッコだった。
特異点進入路に侵入者がある事を知らせる警報が管制室に鳴り響く直前、ゲッコはその解除スィッチを押した。
勿論その時、管制室にいた管制官全員が、それぞれの方法でその異常に気づいていた。
だが仲間の管制官の一人が解除スィッチを切ったからには、その異常の正体をそれ以上深く追求しようとする人間はいなかった。
それぞれに担当したリペイヤーの命綱を握っている管制官には、他の恣意的なトラブルに神経を回せるほどの余分な注意力は残されていなかったのだ。
「すまん、さっきのはみんな俺のミスだ。忘れてくれ。」
ゲッコは管制室に鳴り響くほどの大声で怒鳴ったあと、今度は逆に他の誰にも聞こえぬように、護のいる進入路に繋がっているマイクに喋りかけた。
「馬鹿野郎、、なにしてんだそんな所で、第一お前、謹慎中だろが」
トンネル内にゲッコのささやき声が大音量で響く。
「ゲッコか、、ヒッチハイクだよ。これから忘れものを取りにいく」
護は、トンネル内の音が総て集音マイクで拾える事を知っている。
忘れ物は二つある。
一つは移動デバイス、もう一つは命欲しさで切り捨てた自分の左手だった。
昨夜、護は夢の中で、自らをグレーテルと名乗る神に打擲される虫けらのような自分の姿を見た。
神は、虫けらでさえ全うできる筈の事柄を成しえなかった護に怒っていたのだ。
しかしその「成しえなかった事柄」とは一体何なのか?夢の中の神は、それを護に教えることはなかった。
ならば自らその答えを見つけるしかない。
失くした左手はその象徴なのだろう。
「上層部は、時期を見て、お前の新しいデバイスを用意すると言ってただろうが、」
「そんな恥ずかしいものでこれから仕事を続けろってのか。他の奴らに笑われる。」
「笑われたっていいじゃないか、首になってたっておかしくなかったんだぞ!」
「よかぁないね!」
護は査問のウェイトがレズリーにあった事をゲッコに伝えていない。
護が謹慎処分を受けているとすれば、銃を奪われ侵入者にみすみす逃亡を許した事実に対する処罰より、むしろ報告に関する虚偽罪だろう。
しかもそれはヘンデルからの暗黙のプレッシャーとして護に働くものでしかない。
公式には護はなんの処罰も受けていないのだ。
護はトンネルの中を走り出した。
「おいおい、本気かよ、、」
ゲッコの情けない声が疾走を続ける護の背中を追いかける。
護の目の先にあるのは移動デバイスの強力なヘッドライトでも切り裂けない真の闇だった。
それが特異点内部への入り口だった。
一瞬、護はダイビングポイントから特異点に飛び込もうとする人間達の気持ちが、少しだけ理解できたような気がした。
彼らは生まれ変わる為に、特異点に飛び込むのではなく、本当の自分を取り戻す為に、特異点に飛び込むのだと。