特異点修復者シリーズ (刑事編)決着 #24
24: 特異点のゴーストタウン
護はアクセルをゆっくりと踏み込んで車を発進させた。
・・・アクセルをゆっくり踏み込むだって?!こんな風にディバイスの運転を意識したのは、初めてこの車に乗った時以来の事だ。
護は管制室とのチャンネルを開くために、無線のスィッチを入れながらそう思った。
勿論、その原因は分かっている、隣の助手席に座っている丹治のせいだった。
碇に初めて赴任した日、丹治が車の運転をし、護が助手席に乗り、街を案内された。
今は立場が逆転している。
しかし、丹治が総てを知り尽くした碇の街を案内したのに対して、護は特異点内部世界の事を、丹治のそれ程にはよく理解していなかった。
自分の意識が作り出した世界だというのにだ。
だがこの旅は常人の誰もが体験できるものでもない、、リペイヤーがいて初めて成り立つ旅だ。
行けばなんとか丹治の役には立つだろうと護は思った。
「ゲッコ、いつも通りの手順でいいのか?今日はお客さんがいる、、。」
「大丈夫さ、それにお客さんを乗せるのは、初めてじゃないだろ。」
「夾雑物は客じゃない、あれは、内部からひっつかまえて戻ってくるんだ。一般人を乗せて特異点に入りこむのは初めてだよ。」
「心配するな、技術部門のリペイヤー達は、素人さんの科学者や技術者を、何度も内部へ連れていって帰って来てる。事故が起こったなんて話は聞いたことがない。いつも通りでいいんだよ。」
リペイヤー達は、科学者や技術者達を連れて行く同僚の内部世界の事を「機械部屋」と呼んでいた。
そういったリペイヤーが数人存在するから、機械部屋A、機械部屋Bと言った具合だ。
確かにそこでのトラブルは聞いたことがない、、。
しかし護の場合は、ゲッコが言ったように・・・いつも通り、にはならなかった。
特異点内部世界突入後、マーコス LM500の右前方に現れる筈の、光をまぶしたデコレーションケーキのような形状の巨大建築物が無かった。
しかし、特異点内部に進入した直後に襲われる、あの薬物をやっているような強烈な酩酊感はいつもと同じだった。
隣を見ると丹治も同じ様な表情を浮かべている。
それなのにリペイヤー達が、特異点内部の唯一の共通項として認識している「バベルの塔」が見つからないのだ。
いつもならその「バベルの塔」を眺めながら、マーコス LM500のウィングをたたむタイミングを考えている頃だ。
ウィングを半閉すると、マーコス LM500は強力な揚力を失ってしまう。
その後の数十秒はマーコス LM500後部に設置してあるジェット噴射による直線的な推力しかない。
後は地表に浅い角度で突っ込んで軟着陸するしかないのだ。
それなりの着地点、あるいは滑走路となりうる直線距離の長い道路を見つける必要がある。
いつもなら、「都合良く」それは出現した。
だが今回は、それもなかった。
眼下に広がっているのは、いつものように薄闇の世界ではあったが、その様相がまったく違った。
まるで夕暮れ時に、突然、大停電に見舞われた都会。
そしてそれは、どこかで見覚えのある都市の姿だった。
「ほう、警視殿の内部世界とは、碇のことなのですかな?」
その嫌み口調は変わらなかったが、丹治は、驚いていたようだ。
確かに、護が今回突入した内部世界は、「碇」によく似ていた。
丹治はサーフスターか誰かに、事前段階で特異点内部の様子についてのレクチャーを受けていたようだが、そこから考えても、この光景に二重の意味で驚きを感じただろう。
護には、それに応えている暇はなかった。
「ゲッコ、応答してくれ!ゲッコ!応答しろ。」
いつもならまだ通信が可能なタイミングだった。
しかし何の反応もない。
明らかに内部世界に入り損ねている。
そう考えて、護は更に混乱した。
ではここはどこなのだ?
レズリーのように、自分も他人の内部世界に入れる力が備わったのか、、、いや、それより当面問題なのは、着陸地点を見つけることだ。
それにこの世界は妙にリアルだ。
ディバイスごと地面に激突もありうる、、。
「丹治警部、碇の一番長い直線道路は、何処でしたっけ?」
丹治の手前、悲鳴は上げられない。
護の口から無意識の間抜けた質問が飛び出る。
ここは碇ではないのに。深い考えがあって言ったわけではないのだ。
先ほど丹治が指摘したように、この内部世界が碇にそっくりだったからで、・・溺れる者は藁をも掴むの心境が、護にそう言わしめたのだ。
「条件的には湾岸高速が一番だが、もし胴体着陸を考えてるなら、碇港の西にあるR86が良いだろう。あそこは距離はあまりないが道幅が異様に広いし、失敗したら真横の海へ飛び込める。、、なにせ湾岸高速は高架だからな、着陸に失敗したら大事故に繋がる。右へ旋回して、、暫く滑空が出来るんなら、もうすぐR86が視認できる。もっともここが碇ならばの話だがね。」
驚くべき事に、丹治はこんな場面でも冷静だった。
いや、ここが碇にそっくりの世界でなければ、さすがに丹治でもこんな反応ではなかったのかも知れない。
護は微かに、自分の内部世界に案内出来なかった事を悔しく思った。
丹治の言ったとおり、右に旋回して暫く都市の滑空していると、真っ黒で巨大な鏡面の様に見える海とその額縁のように見えなくもないねず色の直線が見えた。
R86、そこまでの距離を、護はマーコス LM500が飛んでいられるぎりぎりだろうと読んだ。
つまり、逆に言えば、着陸の為の他の候補地はもう選びようがないという事だった。
「シートベルトを!」
「何?」
「シートベルトをして下さい。」
護は自分のシートベルトをして、ディバイスの操縦を全自動にする。
自分の内部世界で、やるような操縦をしても、上手く行かない気がしたからだ。
小型モニターに映し出された眼前の光景に着陸地点をマーキングしてボタンを押すだけだ。
これがどういう仕組みで作動しているのか知りたければ特異点テクノロジストに聞くしかない。
「今、何をした?」
丹治はシートベルトをしながら目敏く護の動作を見ている。
「着陸準備、、全自動のね。」
「警視殿がこのスーパーカーを運転するんじゃないのか?」
「自信がないもんで。」
「そっちの方が安全なんだな?」
「いや・・初めてやります。」
この答えに丹治は嫌みを返せなかった。
その時は、すでにディバイスが地面と接触して激しく振動し始めていたからだ。
ウィングはすでに折りたたまれている。
タイヤが焦げる匂いがした。
ディバイスはアスファルトの上を疾走している。
だが道路はその行き先を数十メートルまでで途切れさせていて、その端からは、真っ黒な鏡面のように見える海があった。
これが通常の内部世界なら、ディバイスは道路を突き抜け、海の上を滑走する筈だ。
だがここではそうならないだろう。
海面への激突あるのみだ。
護はブレーキペダルを思い切り踏み込んだが、スピードは衰えない。
全自動着陸の制御が未だに効いているのか、それとも、全自動は着陸成功の時点で解除されているのか。
ダメだ、ここは本当に俺の、いや俺のどころか、特異点内部世界じゃない!
ディバイスはもう「スーパーカー」ではなくなっている。
海が目前に迫っている。
護はハンドルをきる。
右へ。
今、走っている直線道路がクランクカーブしている方向へ。
ディバイスはテールを大きくふりながら、進行方向を変え、右側へ伸びている道路に入り込んだ。
そしてそこで独楽のように三回転してやっと止まった。
「おめでとう、警視殿。いやこのスーパーカーの頭脳を褒め称えるべきかな。」
丹治はシートベルトを解除して、ディバイスの外に飛び出る。
このディバイスの更なる異変を恐れてか、それともこの内部世界をいち早くその足で観察したかったのか。
それを追うように護もマーコス LM500の外にでる。
タイヤの焦げている匂いがした。
「いや全自動が効いていたのは、着陸までのようでした。」
護の方を振り向いた丹治は、肩をすくめながら微妙な表情を浮かべた。
「そうか、最後は私たちの得意な、碇流だったってわけだ。」
大和が潜んでいる屋敷は大きかった。
通用門こそ、周囲家屋の配置のせいで、こじんまりとして平均的な間口に見えたが、その内部は中規模な寺社仏閣程度の広さがあった。
回廊式を模したその和洋折衷の建物群は豪華ではあったが、取り留めがなく悪趣味とも見える。
「けっ!」
響児が屋敷に対して侮蔑の声を放った直後、薄闇にうずくまった巨獣のように見える母屋のあちこちで、火薬が発火した時のような煌めきと点滅、そして様々な轟音が続けざまに聞こえた。
まるで屋敷のあちこちで、幾つかのチーム同士が同時に銃撃戦を繰り広げているように見えた。
実際は、カルロスがたった一人で瞬間移動を繰り返しながら、攻撃を仕掛けているのだろう。
どうやらカルロスの獲物は機関銃のようだった。
やはり護から盗んだ大型拳銃一丁では勝負にならないらしい。
響児は、その弾幕の中に、飛び込んでいくことを一瞬、躊躇した。
玄関前で待機している筈の警官隊達がいなかった。
香坂らは既に突入を敢行したのだろう。
こうなった以上、自分一人の力では、香坂を守ることは出来ない。
むしろ遅れて参加すれば、その事でかえって足手まといになるかも知れなかった。
だが香坂の危機を前に、じっとしている事が響児には耐えられなかった。
「おやおや、刑事さん、遅刻じゃないのかね?」
走り出す前に、拳銃の点検をしようとした響児の背後から声がかかる。
ジョンリーが玄関前の植え込みの中に立っていた。
「邪魔をするな!」
シリンダーの中の装填された銃弾を確認し終えた響児は、銃の引き金にかけた指を離さないまま、銃口を真下の地面に向けた。
響児達が乗っていた車の前への出現の仕方といい、今回の出現の仕方といい、ジヨンリーは「半なり」の可能性があった。
「あんた、いい目をしてる。みすみす、死にに行くのをほっとけなくてな。」
「けっ、お前、ホモか、お前なんかに用はない。」
「大和の居場所を教えてくれたら、無駄死にする人間の数が減る。そう思わないか?お前達警官も、やくざ者の為に命を落としたくはないだろう?」
「そう思ってるさ、だがこれは職務だ。」
「職務ねぇ、、一体、誰の命令だ?」
「、、、、。」
響児はジョンリーを睨み付ける。
「丹治か?なぜあんな奴の命令を聞く。それでカルロスへの復讐を手助けしてるつもりか?」
勿論、形の上では、この命令はもっと上の階級から下されたものだが、実際は丹治の命令であることは碇の警官なら誰もが知っている。
「警官の妻と娘が殺されたんだ。当たり前だろ。」
「カルロスは引き金を引いただけだ。その引き金を引かせたのは丹治だよ。」
「誰が自分の妻と娘を他人に殺させる、つまんねぇこと言ってんじゃねえ。」
もうこれ以上は時間の無駄だだと、響児が玄関に飛び込んでいこうとするその背中に、ジョンリーの言葉が再び浴びせかけられる。
「碇に、ビターシュガーを持ち込もうとしたのは、丹治だぞ!」
振り返った響児の手の中には拳銃が握られており、その銃口はまっすぐジョンリーに向けられていた。
「いい加減に、うぜえ野郎だな!カルロスへの連絡がつくんだろ、、今すぐ俺を助けに来いって言うくらいは待ってやるぜ。俺にしてみりゃ、一石二鳥だ。」
「丹治は、製薬の会長にツテがあるんだ。もちろん製薬の目的はヤクじゃない、特異点テクノロジーだ。丹治の方もヤクの販売自体に興味があったわけじゃない。新たに勃発する麻薬戦争を上手くコントロールして、碇に巣くう犯罪組織を一掃するつもりだったんだろう。だから丹治は、自分が総てをコントロール出来るように、碇での新麻薬の販売ルートやなにやらを、製薬と組んで、裏で全てお膳立てするつもりだったらしい。製薬も丹治も、次の段階に進む為の足がかりを、ビターシュガーに求めたってわけだ。しかし、そこに横やりが入った。製薬内の第二勢力と、俺達、混沌王ファミリーさ。上手く行ったさ、なんせ、お膳だては総て丹治の旦那がやってくれてたんだからな。俺達はそれを乗っ取るだけで良かった。情報は製薬内部から筒抜けだし、碇の事を隅から隅まで知っているのは丹治だけってわけじゃないからな。」
そこまでの内容を、ジョンリーは一気に喋った。
頭もいい、胆力もある男だった。
「そんなのは、警部が蘭丸親子を見殺しにした理由になんねぇ。」
そう言いながらも響児は別の事を考えていた。
碇に現れる特異点蜃気楼・犯罪者達だけに出回る流通構造がよく判らない特異点に向かう為のマップの存在・そして丹治の大それた計画、本当に丹治は碇から犯罪を一掃する為に、偽の麻薬戦争を仕掛けようとしたのだろうか?
丹治ほど、麻薬犯罪の根深さを知り尽くした男は居ない筈だ。
「だから最後まで聞けって。製薬の大本の狙いは、あくまで特異点テクノロジーだ。だがこの期に乗じて、食い込んできた製薬の第二勢力の思惑は別の所にあったんだよ。テクノロジーを理解しつつその利益に与るなんて、悠長な事をせずに、その果実だけを頂こうって考えだな。当然、製薬内でも争いが起こるわな。蘭丸ってのはお上品な本流勢力の筆頭旗頭だったんだよ。自分らのやってる事で妻と娘に危害が及んではいかんと、丹治は二人を実家に帰した。しかしそれが大誤算だったってわけだ。製薬の第二勢力ってのは、素人さんのくせに、俺たち顔負けのあくどい連中だった。俺たちを使って、製薬内の主流派の連中に脅しをかけまくってた。一番、圧力をかけられたのが蘭丸さ。それに、これは俺たちも後で知った事だが、どうやら丹治にも、妻子を殺されたくなかったら、この一件から完全に手を引けとまで脅しを入れてたらしい。混沌王ファミリーも千載一遇のチャンスに沸き立ってた頃の話だから、それに簡単に乗ったって話だ。まあ俺なら、丹治みたいな野郎に火を付けるような阿呆な真似はしないがな。この俺が後で混沌王ファミリーに送り込まれたのは、マネージメント上のそういう弱さや背景もある。」
「・・・警部は、その脅しに乗らなかったのか。」
「おいおい、、乗らなかったんじゃなくて、乗れなかったんだろうが。妻も子も裏の事情なんて何も知らない。単に、夫との不仲で別居したんだと思ってる。第一、事が公になって困るのは、丹治や製薬主流派の方だ。それに実家に戻しておいた方が、自分の側にいるより遙かに安全だと思っていた筈だからな。・・・お前、知ってるか?カルロスが自分の知らない場所には飛べない事を。」
「今更。どういう意味だ?何が言いたい。」
「蘭丸親子の居場所や生活の行動パターンを詳しく知ってる人間からカルロスへ情報が流れたってことさ。製薬関係の人間、特に表面上は主流派と思われている人間なら、そんなことは簡単に判る。それに奴らは、ファミリーには瞬間移動ができるヒットマンがいて、そいつに情報を流したらあっと言う間に、人死が出るなんて思ってないはずだからな。そこはやっぱり素人さんて事だ。そいつが脅かされて密告したのか、自らやったのか、単にお喋りだったのか分からないがな。とにかくさすがの丹治も、そういう人間の朝墓さや、カルロスの存在まで、気が回っていなかったという事さ。」
「なんで、そんな事を俺にばらす。」
「あんたが丹治嫌いだって事は、碇じゃ有名だ。この情報、好きに使っていいぜ。他の奴らにばらすつもりはない。せいぜい有効利用する事だ。まあ出来れば、見返りに大和の居場所を今すぐ教えてくれれば有り難いがね。」
「お断りだ。」
響児は拳銃の引き金に力を込めた。




