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特異点修復者シリーズ (刑事編)交錯 #22

              22:櫻世界


 地表に晒された桜の木の太い根の中に、ヘンリー・アーヴィングの顔が埋まっていた。

 いや、同化していた。

 護は、一旦分解した植物組織を再構成して作ったようなヘンリーの緑色の眼球を見て、吐き気を感じたが、自分の側にいるレズリーの手前もあってそれを堪えた。

 レズリーは、屈み込み差し出した手で、かっての友人が変化した木の肌と人の肌の中間にある質感を受け止めながら、それを撫で続けている。

 護がレズリーを発見してから何十分もだ。

 それにいつもレズリーの身体から放たれている覇気がすっかりなくなっていた。

 ・・虹色竜がSOSを発した理由が判った。

 そんなレズリーの姿を見ていられなくなって護は視線をそらす。

 周囲は満開の時期を迎えた櫻の木で一杯だ。

 風が吹き渡る度に花吹雪が流れる。

 悲しいほど澄み切った青空。

 おそらく、木の根っ子に仰向け寝るような格好のまま櫻の木に同化した男の緑の瞳にも、この青空が写っているのだろう。

「助けてやらないのか?俺達はその為に来たんだろう。」

 護は自分の問いかけが間抜けたものであることを自覚しながらも、そうレズリー問いかけた。

 そうでもしなければ前に進まないからだ。

 少しでも早くこの任務を終えて、元の世界へ、いや碇に戻らなければならない。

 すっかり自分を見失って失っているレズリーの感傷に付き合っている暇はななかった。

「助けるって、どういう意味、彼は自ら望んでこうなったのよ。見てわからない?」

 ようやくレズリーが反応を返してくる。

 判っているさ、満ち足りたこいつの顔の表情を見れば子供だってわかる。

 これは自殺でさえすらない。

 だが俺達に与えられた指令はこいつの「救出」だ。

 あんただって、俺より一足先に、こいつを見つけた時には、気が動転したんじゃないのか。

 だから虹色竜があんたを追いかけたんだ。

 誰よりも気丈な伝説のリペイヤーが、、自分を見失った。

 それだから虹色竜の奴が気を利かせて俺を呼んだんじゃないか、、。

「・・だったら、この状況を記録して帰還しよう。本部も文句は言わないさ。記録機材は俺のディバイスにあるが、あれじゃこの丘には登れない。あんたの虹色竜でも、それぐらいの事は出来るんだろ?」

「・・・すでにやってる。護、あなた少し黙っててくれない、、。」

 護は肩をすくめて見せて、桜木の幹を背にして座り込んだ。

 レズリーの心が収まるのを待とう。

 こうやって、ようやくいつもの反応が返って来たんだ。

 レズリーが平常に戻るのは、もうすぐだろう。

 無理矢理、この場を離れさせる訳にはいかない。

 それにしても美しい風景だった。

 それに平和だった、思考が停止してしまうほどに。

 もしこんな内部世界があるのなら、人はここから外に出たいと思うだろうか。

 護は今、碇に返りたいと切望しているが、それはそこにやり残した事があるからだ。

 しかしその想いさえ、この内部世界に長くとどまれば、やがて薄まってしまうかも知れなかった。

 リペイヤーは内部世界に長くいると変質を起こす。

 しかしこんな変質なら問題はないのかも知れない。

 自殺ではない。

 胎内回帰のようなものだ。

 しかし内部世界は、それを「見つめる者」、すなわちリペイヤーがいるから成り立つのだ。

 そのリペイヤーが内部世界自体に同化しようとしたらどうなるのだろう。

 リペイヤーの居ない内部世界だけが残るのだろうか、、。

「・・・彼との話が終わったわ。」

「えっ?」

 いつの間にかレズリーが護の隣に腰を下ろしていた。

 すでに日が傾きかけていた。

 櫻世界に取り込まれ、時間を忘れて惚けていたのは護の方だったかも知れない。

「あんた、テレパスの力もあるのか?」

「馬鹿ねぇ、、」

 レズリーは、馬鹿と言ったが先ほどのような刺々しさはなかった。

「あんな風に死ねたら最高だと思う?」

「悪くはないだろうけど、俺はそうしないと思う。」

「私も彼との別れ際にそう言った。」

「死んだのか、でもこの世界は何も変化が起こっていない。」

「死んだんじゃなくて、彼はこの世界そのものになったの、、。」

 護にはその意味が上手く理解できなかった。

 少なくとも一つだけ確かな事は、主の居ない空っぽの内部世界が今、誕生したという事だった。

「・・彼は、自分の相手が、連れて帰れないような侵入者だったら、躊躇わずにその場で殺してしまうようなリペイヤーだったのよ。」

 レズリーは過去を懐かしむような表情で語り始めた。

 レズリーの頬を風に流された櫻の花びらが撫でていく。

 文句なしに美しい光景だった。

「彼の世界の櫻の花びらは、最初はもっと白がかっていたらしいわ。それが地面に流された血で赤みが強くなったんだって。」

「ここに長くいると腑抜けになっちまう。そんな内部世界の持ち主がねぇ、、。昔は随分、ハードな男だったんだな。」

「ある時、女性の侵入者が彼の世界にダイブした。手強い相手で、三日三晩の死闘を繰り広げたらしいけど、最後にはお互いが惹かれ合う状況になったらしいわ。二人とも恋愛についてはとても不器用だったみたい。自分たちが普通の状況だったら一目惚れ同士だったって事にさえ気がつかなかったのね。」

「嘘みたいな話だけど、信用するよ。この世界を見た人間としてはね。ここは美しいのに悲しいからな。それに平和なのに空虚だ。相反するものが美しさで結びついている。」

「彼は、彼女を殺してから、彼女が好きだった事に気が付いたみたい。それからね、彼があまり現実世界に戻ってこなくなったのは。」

「・・・。」

 その話を聞きながら、なぜか護は丹治夫婦の事を思い描いていた。 



 8車線分の道幅があろうかという直線道路を突っ走っていくと、周囲の闇がますます濃くなっていき、その闇はやがてヘッドライトの光さえ切り裂けぬ漆黒となる。

 その闇の圧迫感に耐え切れぬようになった時、急に周りが明るくなる。

 そして出し抜けに、そこが機構本部にある内部世界へのカタパルトである事に気が付く。

 ・・・それが護の内部世界からの帰還パターンだ。

 今回の任務における内部世界と外部世界の「時差」は、機構との通信が回復した時点で予め確認がとれていた。

 6日間で3ヶ月、3ヶ月なら、碇はまだ間に合う、大丈夫だ。

 護は直感的にそう思った。

 何に間に合って、何が大丈夫なのか、口には出来なかったが護はそう思った。

 そして帰還の後、いつもは念入りにやる移動ディバイスの点検確認もそこそこに、護はヘンデルの執務室に向かって直談判をする為に駆け出そうとした。

 そんな護を、トンネルの出入り口前で待っていたのは意外な人物だった。



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