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特異点修復者シリーズ (刑事編)端緒 #2#3

             2: 特異点内部世界へ


 護は、他のリペイヤー達の「乗り物」を見たことがない。

 特異点内部に進入する為のプラットホームを個別に与えられるリペイヤークラスになると、両者が余程親しくならない限り、お互いの「乗り物」を実際に見る時間も機会もないからだ。

 だが互いの話を総合すると、それらは全て形状が違うもののようだった。

 「乗り物」は、機構本部のプラットホームから特異点に向かって伸びていく「トンネル」を、高速で移動できるものなら、その形状はなんでも良いらしい。

 さらに今、特異点への進入経路を「トンネル」と表現したのは、特異点に向かって自分を移送する「乗り物」を、自動車と表現する護だからであり、飛翔機械を使うリペイヤーは、それを「カタパルト」と呼んでいる。

 特異点への進入経路も、又、なんでも良いのである。

 護の「乗り物」は、昆虫の様な黒い鎧を着たマーコスLM500だった。

 精密に表現すると、マーコスLM500をイメージベースにした水陸両用移動デバイスである、空中もグライダー程度なら、滑空する事も可能だった。

 当然、中身は「自動車」ではない。

 まあ言ってみれば子どもの夢の玩具のようなものだ。

 ただ恐ろしいことに全てが見せかけではなく、本当に、その目的通りに、機能する。

 これらの乗り物が、どういう経緯と技術で製造され、各リペイヤーの元に配備されるのかは、機構の末端であるリペイヤー達には知らされない。

 一説には、特異点内部を支えるテクノロジーそのものを転換・導入して製造しているのだ言う話もあるが、それも定かではない。

 とにかく特異点の内部世界である「異界」に進入した際、到着位置が、地上であるのか、空中であるのか、はたまた水中であるのかは、その度に変化するから、こういった強力な移動デバイスが必要になるのだ。

 特異点内部に進入するだけなら、特異点との親和力に優れたリペイヤーは、トンネルを徒歩で移動し進入を可能にするが、時間がかかり過ぎた。

 それでは、巷で「ダイビングポイント」と呼ばれる特異点の綻びを狙って、決死の侵入を試みる人間達に遅れを取ってしまう。

 移動用デバイスを使おうが徒歩で移動しようが、比較的安定した進入なら、リペイヤーが土中や水中に出現する事はほとんどない。

 しかし、たまたま・・特に緊急発進した場合には、地中深いマグマの中に飛び出すというようなことが、、それも特異点内部なら充分にあり得る事だった。

 もしそうなったら?あとは神のみぞ知るだ。



 残照が残る夕闇の中、滑空するマーコスLM500の右前方に、光をまぶしたデコレーションケーキのような形状の巨大な石積みの建築物が出現した。

 特異点内部に進入した直後に襲われる、強烈な薬物をやっている最中のような酩酊感に揺さぶられつつ、護はそれを見た。

 高空から俯瞰してこれなのだ。

 途方もない大きさだ。その大きさだけで神聖さを感じさせた。

 不思議な事に、誰がどのルートから特異点内部に進入しても、これだけは、ほぼこの形状で見える。

 その外観はリペイヤーによって若干の差があるようだが、個人の妄想世界が具現化した世界ではないかと思われている特異点内部にあって、万人の共通項とも言える巨大遺跡が存在すること自体が驚異だった。

 ブリューゲルが描いた「バベルの塔」とよくにている為、リペイヤー達はこれを「バベルの塔」と呼んでいる。

 護は、その「バベルの塔」を眺めながらマーコスLM500のウィングをたたむタイミングを考えていた。

 ウィングをたたんだ後、マーコスLM500は強力な揚力を失ってしまう。

 その後の数十秒は、マーコスLM500後部に設置してあるジェット噴射による直線的な推力しかない。

 地表に浅い角度で突っ込んで軟着陸するしかないのだ。

 特異点内部の地形は侵入の度に大きく変化する。 

 その度に着地点、あるいは滑走路となりうる直線距離の長い道路を見つける必要があった。

 もし見つけられずに地面に激突するような事があれば、護は特異点の中で、一度死んで「生き返ら」ねばならない。

 特異点にダイビングポイントを利用して進入してくる犯罪者達は、力を得ようとして、意識的に「生き返ろう」とするが、彼らは知らないのだ。

 あの力を得て、まともに生き返る事が出来る人間がごく少数である事を。

 多くの人間は、そのまま特異点内部に展開される、まさに言葉通りの「地獄」に墜ちるのだ。


 「お前には無理かもな。」

 まるで護の心を見透かすような声が呟かれた。

 護は、おそるおそる隣の薄暗い助手席を眺めた。

 そこには、彼が殺した筈のロバート長谷川が座っていた。

 長谷川は、あの試合の際に着用していた胴着を身につけている。

 マーコスLM500内部の各種モニターの放つ光に浮かび上がって、陸軍の野戦服を着た護と、胴着を着たロバート長谷川、、不思議な取り合わせだった。

 幽霊という存在は不思議なものだ。

 体臭や体温、身体を動かした時に起こる微妙な空気の流れ、そういったものが一切ない。

 ないのに、そこに居る事だけは強烈に判るのだ。

 だが幽霊の出現に動転しては居られなかった。

 今、安全な着陸の為の集中力を乱せば、自分自身が死んでしまうことになる。

「お前は、いつも俺を死なせてしまった事を後悔してるんだろう?どうして今更、己の死を怖れるんだ。いっその事、しんじまえば楽になるぜ。」

「・・ああ俺もそう思う。だがつまらない事では死にたくはない。」

 護はそれだけ言って口を噤んだ。

 着陸の時だ。

 このままウィングを大きく広げていると地上からのあおりを受けてしまう。

 薄闇の中で、やっと見つけた道幅のある直線道路が、真っ直ぐ闇の地平線に向かって伸びている。

 両脇には朽ち果てた高層ビルのシルエットや、うずくまった動物のように見える巨大な石造建築の影がある。

 ぐんぐんと近づいてくる地表を見つめながら護は、突き上げてくるランディングのショックに耐えるために奥歯を噛みしめた。

 今は幽霊どころではない。

 一瞬、道ばたでドラム缶のたき火に当たっている浮浪者たちがこちらを見上げているのが見えた。

 勿論、そんな光景はすぐさま後ろに流れ去っていく。

 シートベルトがちぎれ飛んでしまうかと思える衝撃が去った後、護は無事に特異点内部世界に着地できた事を知った。

 助手席の幽霊はもういなかった。

 いつもの事だった。

 幽霊の登場は、護の必然や行動様式になんら左右されないのだ。

 どんな時でも現れるが、同じようにどんな時にでも消え去ってしまう。

 そして幽霊が喋る内容は他愛もない事が多かった。

 護は急いでダッシュボードに取り付けてある通信機のマイクを口元に近づけた。

 直ぐにでも、護がいた現実世界の影響力は薄まり、最後には無くなってしまう。

 今を逃せば、帰還の為の特異点出口に入るまで、現世との通信は一切絶たれてしまうのだ。

「ゲッコ。着いたぞ。そちらではまだ侵入者の捕捉は出来ているのか?」

 特異点の属性を付与された人間は、その時から本部での追尾は不可能になる。

 言い方を変えれば、本部がターゲットを捕捉している限りは、その人間はまだ「普通の状態」であり、特異点の安定を乱す要因となることはないのだ。

 人が特異点内部で力を付与されると捉えるのは、人間側の解釈であって、特異点はその度ごとに不安定になって行くらしい。

 特異点と特別な親和性を持つリペイヤーが、その内部に侵入するのとは意味が違うので有る。

 故に護のようなリペイヤーの一部は、この不安定要素を取り除く為の任務に付く。

 勿論、護はその理屈の本当の意味を理解しているわけではなかったが。


「マモルか。通信状態がもう一つなんだよ。良く聞け。ターゲットは例のジッグラトの方向に移動しつつある。ダイビング直後からこんなに早く動き始めた奴は初めてだ。よほど良質なダイビングポイントの情報を手に入れたんだろうな。繰り返すターゲットはジッグラト・・・」

 唐突に無線が切れた。

 これでもまあまあの出来だろう。

 こちらが無事、特異点に入れた事を報告できただけでも上出来と言えた。

 その報告がないと、現世側は何時までもいらぬ心配をしなければならない。

 逆に通信は途絶えても、不正侵入した人間は、特異点内部では一種の夾雑物であるから、特異点テクノロジーをそのまま拝借した通称「マップ」で、その存在の追尾は可能だ。

 場合によれば、このマップに普通の人間が特異点内部に潜り込む事ができる唯一の「綻び」、つまり、ダイビングポイントが示されることすらある。

 ただしそのマップでも、夾雑物の生死までは判定できない。

 その様に、人の安否が把握しずらくなる特異点内部でのリペイヤーと管理官の関係は特別なものだ。

 管理官とリペイヤーの現場は正に、生死の向こうにある「あの世」であり、それに携わる人間は、常に強い緊張感を強いられている。

 そこには他のどの職種にも見られない独自で奇妙な連帯感が発生する。

 命綱を握り合うような人間関係が熟成されるのだ。


「それにしても不法侵入で、こっちに着いた途端に、あの城塞ジッグラトとはな、、。ツいてる野郎だ。」

 特異点に侵入した人間は、ある特定の場所で「力」を得る場合が多い。

 ゲッコは、護が展開する特異点内部世界の場合、それが「バベルの塔」の東南の方向に位置する、変動しないもう一つの「ジッグラト」だと考えていた。

「・・マモル、ツいてるのは、お前さんも一緒だよ。あのジッグラトなら派手な追走劇を繰り広げる必要がない、、」

 通信が再び回復しかけて、又、切れた。

 確かに、お互いに運がいい。

 本当にジッグラトで、生まれ変わりが起こるとするなら、侵入者もこちらも余計な手間だけはとらなくて済むわけだ。

 ジッグラトというストライクゾーンで起こることは、ホームランか空振りしかない。

 既に力を手に入れた人間を掴まえる事は困難を極めるし、逆に特異点内部における普通の人間は、リペイヤーの敵ではない。

 どちらがホームランを打つことになるのか、後はタイミングの問題だけだ。

 勿論、護は相手にホームランを打たれても今まで何度も逆転劇をやってのけて来たが、それら全ては悲惨な戦いだった。


 護はマーコスLM500のヘッドを、彼が城塞ジッグラトと呼ぶ遺構に向けた。

 エンジンが唸りを上げヘッドライトが闇を切り裂いていく。

 地の底には巨岩を切り崩した石畳が延々と伸びている。

 左右の遠景には荒廃しつくしたような巨大都市の遺構と、それに食い込むように繁殖したジャングルが見える。

 古代都市アスティカと、未来において滅び去った近代都市の混合世界、、それが護の特異点世界の基本型だった。


              3: 切断と接合


 護とゲッコがジッグラトと呼んだ遺構は、城塞の形状を有していた。

「バベルの塔」の場合は、どのリペイヤーもほぼ同じ外見としてその姿を認識しているが、「ジッグラト」に該当するものは、リペイヤーによってその姿形はかなり違ったようだ。

 だが特異点の中にあって、不法侵入者達に「変化」が起こる重要な拠点として、何らかの巨大な建築物が、「バベルの塔」以外に存在するのは共通しているようだった。

 護の「ジッグラト」は、巨大岩の石積み建築で、その頂点を切り取られた円錐型の肌を巻き上げる外壁の階段が目に付く城塞遺構だった。

 それが荒野の中にポツンとそびえ立っている。

 そして壁の所々には、内部空間の充実を感じさせる出窓があり、この建築物が単なる高みだけを目指した存在でないことを意味していた。


 マーコスLM500のドアをゆっくり閉める。

 音を立てない為だ。

 勿論、ここに来るまでのエンジン音は誰からも丸聞こえなのだから、それに大した意味など無い。

 いわば取り組み姿勢の問題だった。

 護はそういう事にこだわる男だった。

 陸軍仕様の野戦服のベルトに吊られた大型拳銃を点検してから大型懐中電灯で城壁を照らし上げる。

 城壁の上には赤黒く染まった雲が重くたれ込めている。

 感覚を研ぎ澄ます。

 そうすると、護はこの世界での異質な存在・夾雑物を自分の感覚で抽出する事が出来る。

 城壁の西の相当高い位置にある出窓に、白いものが浮かび上がってすぐに消えた。

 こちらを見下ろしている顔、、人間だ!

 護はジッグラトに巻き付く階段めがけて走り出した。

 大丈夫だ。

 奴はまだ力を手に入れていない。

 護はこの時点で、対象を自分の感覚に「標的」として捕捉する事が出来ていた。

 恐ろしく長い石積みの階段が始まる辺りに、このジッグラト内部に入るための正式な出入り口がある。

 護はそれを横目に見ながら階段を駆け上がる。

 護は今までもジッグラト内部に、あまり足を踏み入れることはなかった。

 理由は簡単だ。

 ジッグラト内部では何が起こるか予想がつかず、しかも「何か」が起こる可能性はきわめて高かったからだ。

 リペイヤーの間では、「バベルの塔」に準ずるモノ、つまりジッグラトは、リペイヤーの想念によって左右されない、特異点そのものの「システムの可動部分」だと思われている。

 正に異界中の異界なのである。

 見たこともない巨大機械の内部で、回転するギア群に手を差し入れる愚を犯す必要はまったくなかった。


 階段の幅は不規則に変化する。

 最小で人の歩幅ぐらい。

 最大だと車が通れる程の幅になる時もある。

 同じように墜落防止の為にある石積みの柵もあったりなかったり、又、その高さもでたらめだ。

 そこにはなんの建築学も働いていないように思える。

 それでもこの外部階段が、ジッグラト内部に通じ、その高低をカバーする為の移動通路である事は確かで、暫く上っていくと、ジッグラト各階に通じる出入り口に接続されているのが判る。



 護が「それ」に出くわしたのは、侵入者が潜んでいる階まで、あと少しという場所だった。

 女性の悲鳴が聞こえたような気がして、今まではのぞき込む事すら避けてきたジッグラトの出入り口に、護が気を止めたのが事の始まりだった。

 特異点内部世界の異様さや、ロバート長谷川と言う幽霊を見慣れている筈の護だったが、目の前のジッグラトの一室で繰り広げられる光景には、たじろがざるを得なかった。

 反射的に護は腰のホルスターから拳銃を抜いていた。

 音も匂いも質量感も何もない癖に、その存在だけは感じ取れるという点で、薄暗い石室の様なジッグラトで追走劇を展開する人間達は、ロバート長谷川のような「幽霊」に近かった。

 違いがあるとすれば、ロバート長谷川は護を認知しているが、彼らは護どころか、こちらの世界自体の存在を理解していないように見える事だった。

 護に「のぞき見」という理解が一瞬にしてひらめいた。

 彼らは全く別の世界の人間で、自分は何かの拍子でそれをのぞき込んでいるのだと。

 全身を西洋鎧に身を包んだ若い女性の様に見えるそのモヤっとした存在は、長剣を構えて、自分に追いすがって来る男達を牽制しているようだった。

 しかしそれも長くは続かず、外への出入口側に、つまり護がいる場所へ追い詰められ始めていた。

「ジャンヌダルク?俺は過去の時空を覗き込んでいるのか?」

 護は自分の持っている乏しい歴史知識からそんな事を考えたが、今目の前で起こっていることは、レイプ現場を目撃しているような生々しさを持っていた。

 鎧姿の女性に対して、男達は緩やかなケープのようなものを身に纏っているようだ。

 どの男も極度に興奮しているのが気配で判った。

「ジャンヌダルクじゃないな、サクリファイス王女なんてのは、どうだ?生け贄王女、いかにもって感じだろ。」

 ロバート長谷川の幽霊が護の隣に、突然、出現してそう囁く。

 護はその出現のタイミングに飛び上がる程、驚いた。

 そうしてる間にも男達に追いつめられた女の背中がどんどん護に近づいて来る。

 護は思わず目を閉じた。

 そうすれば半透明のそのビジュアルは、ロバート長谷川のように、護の身体をすり抜けて行くはずだった。

 しかし思いも寄らぬ衝撃がやって来た。

 実体を持たぬ筈の女の身体が、護にドシンとぶつかったのだ。

 その瞬間、護の意識は白くはじけ飛んだ。

 なんの構えも無かった護は、その女と共に、転落防止の石積み柵をもんどりうって落下した。

 ジッグラトの壁は垂直ではなく、裾野に向かってなだらかに広がっている。

 何とか落下から逃れようと、護の腕が無意識に手近なモノを掴もうとした。

 空中を泳いでいたその手が、巨岩の石積みの縦の割れ目に偶然はまりこむ。

 左手からの恐ろしい程の激痛と引き替えに、護は落下から逃れる事が出来た。

 岩の割れ目に偶然はまりこんだ左手は、一瞬のうちに落下する全体重を不自然な角度で支えたのだ。

 左手首の骨は完全に骨折しているだろう。

 護は痛みに遠のきそうになる意識をなんとか集中させ、自分の置かれている状況を確認した。

 地面までには、相当の距離があるが、その代わりジッグラトの壁の角度も緩やかさをましている。

 落下スピードがこうやって一旦殺された状況下なら、ここから再び墜ちたとしても、悪くて骨折程度で済みそうな気もした。

 そして自分の右下側に見えている出窓のひさし、、左手を中心にして壁にぶら下がっているような護が、その痛みを堪えて身体を左右に振って反動をつければ、右手の指先が辛うじて、そのひさしの縁に届くかもしれない。

 どのみちここから滑り墜ちるしか脱出方法がないとするなら、一度あの出窓に取り付くことを試みてみても、、そう考えた時、その出窓に一つの頭が突き出され、護の方を見た。

「おまえが話に聞いてたリペイヤーか。自分ですっころんで割れ目にツッコンだ腕が抜けないとはな。ずいぶんな、間抜け野郎だぜ。」

 護は反射的に腰の拳銃に手を伸ばした。

 だが、そこに拳銃はなかった。

「・・なんだよそれ、さっきチャカは自分で抜いて失ったじゃないか。もう惚けちゃったのかい。」

 男はうれしそうな顔をして、護の見覚えのある拳銃をベルトから抜き出して見せた。

 拳銃はあの階段の踊り場で、サクリファイスとぶつかった時に落としたようだ。

 つまりこの男は護の転落を一部始終観察しており、しかも護が身動きとれなくなったのを見定めてから、ここに姿を現した事になる。

「特異点にダイブしてからの勝負は二つあると聞いていたんだぜ。一つは化けられるかどうか、、まあこれは仕方がないな。そいつの運命ってヤツだ。もう一つはお前らリペイヤーの存在だ。化ける前に連行されるほど悔しい事はねぇからな。所がだ、俺の場合は、超まぬけなリペイヤーに出くわした訳だ。幸先がいいねぇ、、運があるんだ。本当の運ってのはギリギリの所で判るもんなんだよな・・ついでだ、もう少し楽しませてもらうよ。おたくも自分の運を試してみるといい、、。」

 男は拳銃をしまうと、ベルトにくくりつけてある弾倉クリップのような固まりを一つ外し、表面を弄ったかと思うと、それを護に見せつけた。

「タイマー付き爆弾だ。逃げるとき、押し込みをするとき、結構役に立って来た代物だ。度胸なしとまぬけににゃ使いこなせないがな。ここにダイブしてからの身の安全の為にと持ってきたんだが、、、。」

 男は言葉をきって、何がおかしいのか低く笑って、それを出窓の奥に置き、今度は護に最も近い出窓の位置に身体を寄せた。

「それにこいつだ。特異点の中はジャングルやブッシュが多いと聞いてたんでな。良く切れるんだぜ。」

 男は出窓の平坦な手すりの上に、いかにも凶暴そうな大鉈をグリップを護の方に向けて置いた。

 護は男の顔を訝しそうに見る。

 大鉈は、護が思い切り手を伸ばせば、もしかすると届く距離にあった。

「ふん、勘だけは良いようだな。そうだよ。爆弾は4分後にセットしておいた。相当な威力だぜ。あんたは勿論、吹き飛ぶ。逃げ道はあるさ。この大鉈で自分の手首を切り離せばいい。爆弾が爆発する前に、下に落っこちる事が出来れば、なんとかなる。もっとも痛みで失神でもしたら、爆発からは逃れられても出血多量とかでおっちぬかも知れないがな。いずれにしても根性勝負だよ。あんたに出来るかな。、、じゃあな、先を急ぐんでな。」

 男は笑ったのかも知れない。

 これ以上もなく顔を歪めると、その場を立ち去った。

 護は再びの激痛を覚悟して、隙間にはまりこんだ左腕を引き抜こうとした。

 腕からはなんの感覚もかえって来ず、その位置も微動だにしなかった。

 斜め上にある大鉈の刃が鈍く光っている。

 男の言った事が本当なら爆弾の破裂まであと3分も残っていないだろう。

 腕時計は左手首に巻いてある、実際の時間は確認できない。

 残り時間で出来る事を考えて見た。男の言った事しか出来そうになかった。

 しかし男が言ったことがまったくのデタラメだったら、、。

 爆発もないままに護は、男の嘘の為に自分の手を切り落とす事になる。

 しかし自ら自分の手首を切り落とす痛みと、自分の命、比べモノにはならない筈だ。

 それでも護は躊躇し続けた。ためらっている間にも時間は刻々と過ぎていく。

 自分で引き起こす壮絶な痛みと、不可避なる爆発による死。

 生き延びたいならどちらを選ぶか、やはり答えは決まっている。

 「根性勝負だよ。」という男が残した言葉と共に、あの時のロバート長谷川の顔が浮かんだ。

 護は雄叫びをあげながら、左手を中心に身体を振り出し、身体を目一杯開いて、右手で大鉈のグリップを握り取った。



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