特異点修復者シリーズ (刑事編)交錯 #17
17: 拳銃とキャンディ
「なんとかするんだよ、、、か。」
護は手の平にあるブロンコの銃端を見つめながら呟いた。
ウォールナットの木製カバーの中央には竿立ちした野生馬をレリーフにした鋲が埋め込まれてある。
丹治が、どうせ署に帰ってくるのだから、長期持ち出しにしておけばいいと言って別れ際に寄越した銃だ。
勿論、制度上は「長期持ち出し」などはない、署に残った丹治が適当に処理をするのだろう。
「どうした?それは警察からの土産かね。」
執務室に戻ってきたサーフスターが護に声をかける。
「ある男からの餞別代わりですよ。所で、時間指定で人を呼び出しておいて、待ちぼうけを食わせるというのは、いくら上司でも、あまりやらない方がいいんじゃないですかね。」
この男、外の風に当たってかなり図太くなったとサーフスターは思いながら、護が沈み込んでいるソファの前に座った。
自分には未だに違和感があるネクタイが、この男には似合っている。しかもくたびれた感じでだ。
更に、1年2年と出向していたのならいざ知らず、たかが数ヶ月の警察現場での体験で、これ程、人の風貌が強く変わるとは、碇の腐敗ぶりは噂に違わない、と思った。
「ドクターヘンデルに呼ばれて、それを断れる人間が機構にいるかね。第一、その内容は君に関する事柄だ。」
護はそれに応えず、ブロンコを脇下に吊ってあるフォルスターに戻した。
サーフスターはその無礼な態度を咎めようとしない。
護が、機構から放逐される事を願っているのを知っているからだ。
「君が要望してきた件について、お許しが出た。かいつまんでなら話してもいいそうだ。君が知りたがっていた、藍沢護という男が今回の任務に必要不可欠な理由だ。」
護は、今度のミッションに自分が必要だとされる理由を聞かない限り退職をすると言い切っている。
もし政治的な理由で、警察への出向が中止になったのなら、話は大きく違ってくるし、それならば丹治が護を署に戻す為に、裏で動ける余地があるかも知れなかったからだ。
「君は、自分の特異点内部で死にかかっている所を、別の特異点から移動してきたレズリー・ローに助けられている。」
「その通りです。それが重要だ。俺は助けられたのであって、助けたのではない。」
「ドクターヘンデルは、ある仮説を立てられていて、実際それについてリペイヤー達の日常任務の範囲の中でだが検証もされている。勿論、グレーテルの方は既に結論を得られていたようだが、、ヘンデルは、ああいうお人だからな。何事にも慎重だ。その仮説が、君を呼び戻すことになった一番の理由だ。」
その「仮説」自体については説明するつもりはないがと、サーフスターの目が囁いている。
「ところで君は、リペイヤー各個人の内部世界が、特異点の中でどう組み込まれているか考えた事があるかね?ちなみにリペイヤーが同時に特異点に入った過去の最高人数は三十人だ。昔の話だ、異常事態が起こってね。あの時は、それをやらなければ仕方がなかった。」
特異点への進入路は全部で30。管理管制官は10人。無茶をやれば管制官は、一人で最高同時に3人のリペイヤーと組める。
確かにリペイヤーをフルに出動させればそうなる。
「リペイヤー個人の内部世界は、世界の果てが無く無限に広がっていると考えられていたけど、レズリーがそうじゃない事を俺の救出で証明してみせた。しかもそれぞれの内部世界は隣り合っている可能性がある。つまり内部世界は有限であり、それを納めている特異点も又、有限である可能性がある。でもそれはあくまで可能性。もし有限だとしたら、その大きさは、少なくとも無限大と感じられるような規模の内部世界を、最低、三十個は詰め込める途方もないものだ。そういう事ですよね。」
護はわざと酔っぱらった時のような口調で言ってみせる。
サーフスターの先の言葉を繰り返しただけで、護の考えは入っていない。
こんな解釈にどんな意味があるというのか?
「、、うむ。そういう事だ。それともう一つ、侵入者達は各リペイヤーの内部世界に墜ちてくるわけではない。それは表面だ。彼らはあくまで特異点そのものにダイブするという事だ。ちょっと待ってろ。」
サーフスターは、そういうと自分のディスクに戻り、引き出しから円筒形のガラス瓶を持ち出して帰ってきた。
護の前のテーブルに置かれたのは、キャンディが半分ほど詰まったガラス瓶だった。
「私は昔からこのコーラ味のキャンディが好きでね。疲れが溜まると時々これを舐めるんだ。」
サーフスターがガラス瓶のふたを開けて指を突っ込む。
「ちょうどこの指が侵入者に当たる。瓶の口が小さいから、キャンディをいくつも取るわけにはいかない。わかるかね。瓶の中には沢山のキャンディがあるが、摘み取れるのは一つだけだ。つまり侵入者の指に近いほうの一つだな。そしてキャンディは丸い、キャンディ同士は隣接しているが、その接点は正に点でしかない。そんなふうに一つ一つのキャンディは隣接しているわけだが、一つ向こう側にあるキャンディとは直接繋がっているわけではない。その間には、キャンディ一個分の直径の距離があるわけだ。」
「単純なんですね。」
「ドクターヘンデルによると、どんなに複雑に見える事でも、その本質の総ては単純なんだそうだ。特異点の構造もまたしかり、、。受け売りだがね。」
サーフスターは、つまみ上げたキャンディを暫く見つめ、やがて肩をすくめてそれを瓶に戻した。
「さあ、これで判ったろう。君はあるキャンディの中で死にかけている男の真横に位置するキャンディを持ってる。そして君のキャンディの反対側には、レズリー・ローのキャンディがくっついている。男を助けるのはローだ。あの時、君を助けたようにローが今度もそれをやる。だがローは君のキャンディを経由しないと、そこにたどり着けない。」
「どうして俺の内部世界が、その男の内部世界と隣接してるって判るんです。この俺自体が判らないのに。」
「・・知らないな。私が今、喋ったことが君に教えられる精一杯だ。君には詰まらない話だったかも知れないが、さっきの内容でさえ、特異点の情報を欲しがっている連中からすれば超弩級のネタなんだぞ。」
サーフスターは、珍しく憤慨したような口振りだった。
これだけの情報を上層部から引き出すのに相当苦労したのか、あるいは逆に、総てを把握しているヘンデルあたりに、この事で彼自身が悪戯半分で弄ばれたのかも知れない。
ヘンデルなら、やりそうな事だった。
「判ったら、すぐに任務に就きたまえ。私は君のくだらない要望や質問など聞いてやる必要などないと思っているのだが、ドクターヘンデルは、驚くほど君の事を気に掛けておられる。理由はわからんがね。」
「多分、ヘンデルもグレーテルもこの俺を使って、途方もない実験をしようとしてるんですよ。でなきゃ、リペイヤーを警察の現場に送り込んだりはしなかった筈だ。」
サーフスターは、少し面食らったような顔をした。
自分の目の前にいる男は、全くの馬鹿ではなく、多少の推理力を持った男だったのだと発見したからだ。
「最後に一つ、、、この任務が終わったら、もう一度、警察に戻れますか?先のミッションは、色々な意味でまだ完結していない筈だ。もしかしたらヘンデル達だって、俺がそう言い出すのをまんざらじゃないと思っているかも、、。」
「そうかもしれん。実は私もそんな感触を持っている。そうでなければいくらドクターヘンデルといえど、碇程度の警察署に自ら電話をかけたりしなかっただろうな、、。だが出向が打ち切られた最大の理由は、今度の救出に時間がどれくらいかかるかわからないからだ。これについては裏も表もない。君は特異点の中の時間流がこちらの現実の時間流と同一では無いことを知っている筈だな。」
「もちろん、でもその誤差で、問題が起こった事は一度もない。それぐらいの微々たるものだ。」
「・・・これだから、リペイヤーは浮き世離れしてると言われるんだよ、、たとえ微々たるものでも、異なった時間が流れている事自体が異常中の異常なんだよ。」
「何を今更、それだからこその、特異点なんでしょうが。」
「はっきり言おう。君とローは、今度の任務で浦島太郎になる可能性がある。今までのようにリペイヤーが各自の特異点内部に行って戻ってくるのとは訳が違うんだ。救出の為の移動行程の中に、もう一人のリペイヤーの内部世界が挟まっていて、しかもその内部世界は極めて不安定だ。」
「でも俺が、レズリーに助け出された時は、、」
「向こうとこちらで時間流に大きなズレはなかったと、思っているのかね。」
「・・・まさか?」
「時間流の遅滞はある条件下で拡大される、この推論は、君の救出ケースから割り出されたものだ。どうだ、良く考えてみろ、。答えは君が意識を失っていた時間だ。君自身にはそれを証明する方法はないだろう?周りが言うことを信じるしかない。あの時、君の一日は、我々の二日だったんだよ。二日だ、それが君の言う微々たるものかね。その誤差とその意味を知っていながら、ドクターヘンデルは、今までそれを機構の各部署に圧力をかけて封印されて来たのだ。ゲッコやカグニもそれには逆らえない。理由は例によって我々には知らされていないがね。さあ、もういいだろう。正直言って、私もこれ以上は知らないんだよ。とにかく仲間を助けてやれ、君もそれには異存はないんだろう。」
「。。。判りました。」と護は応えるしかなかった。




