特異点修復者シリーズ (刑事編)出向 #14
14: 狂犬か飼い犬か
護がジェミニに接近した瞬間、三人の男達はジェミニを守るようにして前に出た。
彼らには、相当、アルコールが入っている筈だが、それなりの場数を踏んでいるのか,その動きに無駄はなかった。
先ほど護達の車を見ていたジェミニの視線は、黒いサングラスのせいで、どこに当てられているのかがよく判らなかったが、気のようなモノが自分に向けられていることを護は感じた。
だがそれは暫くの間だけの事で、このジェミニの気はやがて護の背後に流れていった。
彼は車で待機している丹治を気にしているのだ。
護は、丹治が車の中で銃でも構えているのだろうかと、気になったが、今、後ろを振り向くわけにはいかなかった。
「なんだぁ?お前は、、。」
三人の内、中央にいた肩幅の異様に広い短躯の男が口を開いた。
どう応えて良いのか判らぬ護は、「碇署の藍沢護だ。」ととりあえず言って、今朝、碇署の署長から手渡されたばかりの仮発行された警察バッジを見せた。
非常事態ではないから、まだ護の立場は警視正扱いにしか過ぎない。
「お前達を麻薬販売の容疑で逮捕する」と思わず続けそうになるのをぐっと飲み込む。
三人のガードマンとジェミニの内の一人が、警察バッジと護を交互に見比べる。
ただ一番最初に護達の車に注意を払ったジェミニは、依然と丹治の動きを注視し続けているようだった。
「見かけねぇ顔だな、サツの新顔か。お前、この街での俺達の売り出し方を知ってるか?」
ジェミニの内の一人が口を開く。金髪の方だ。
その異様な見栄えからは、想像も出来ないようなちんぴらぶりだった。
だがもう一人のジェミニの銀髪男は、依然と護の肩を越えて丹治を見つめている。
まるで、この場で彼が見つめるに値するのは丹治一人と言った風情だった。
「答えてやろう。最初のはイエスで後のはノー、、というよりお前達のことなど、どうでもいい。」
「ふん、その口の効き方も後悔させてやる。この街の悪達は、みんな丹治に尻尾を振る。表では俺こそボスだって偉そうな顔をしてるくせにな。この街で丹治に堂々と唾を吐くのは俺達だけだ。その意味判るか?」
「つまり、お前達は低脳だってことか。」
ボディガードの3人が殺気立つ。
「面白いことを言う奴だな。・・俺達は先月、三人の警官を叩きのめした。それで仲間の一人は速攻で務所行きだ。だが、後一人は裁判で奪い返した。」
金髪の後で、会話に加わった形になる銀髪はそこで言葉を区切る。
その沈黙が三人のガードマンが飛びかかってくるのを止めているようだ。
金髪より格が上なのだろう。そして銀髪の注意はこうしている間も丹治に注がれている。
「まあ・・別にそんな事はどうでもいいか。大切なのは、俺達は誰にも媚びずにやることをやるってことさ。」
銀髪のその台詞を待っていたかのように、三人の男達が護に飛びかかってきた。
だが護は風のように彼ら三人の突進の間をすり抜け、銀髪のジェミニの片割れに近付いた。
銀髪男は、唖然とした表情を浮かべ、その場に凍り付いている。
次の瞬間、護が繰り出した左の掌底突きが、ジェミニの顔の中央にヒットした。
サングラスは吹き飛び、ジェミニの身体は少し空に浮かんでからその場に崩れ落ちた。
普通の掌底突きならここまでの威力はない。
「左手」だからだ。それにしてもジェミニ達は無防備すぎた。
どうやらジェミニ達が特異点で得たという能力は、身体的なものではないようだった。
金髪のジェミニが急いで地面に倒れた銀髪のジェミニを抱え起こす。
護にすり抜けられた形の三人の男達が、ようやく振り向いて護の身体を捉えようと手を伸ばしてくる。
それは攻撃と言うより、ジェミニ達から護を引き戻そうとする動作だった。
しかし三人のそれに対応する護の動きは、完全な先制攻撃のものだった。
護はこの展開を読んでいたのだ。
その差が出た。
自分の身体の一部をつかみ取ろうと伸びてきた敵の手首を、逆につかみ取った護は、それを支点にして相手の動きの勢いを利用し投げた。
その様子を間近で見て、状況をようやく把握し体勢を整え始めたもう一人の男には、容赦のない蹴りをたたき込む。
頑丈そうな身体をした男だったから、いかに護でも通常なら一撃では仕留められなかっただろうが、護のスピードに押された男は完全な防御体勢に入り切れていなかった。
結果、男の身体も嘘のように折れ曲がりその場に崩れた。
だが最後に残ったガードマンは完全に体勢を立て直していたし、背後で相方の介抱に関わっている筈の金髪の男の動きにも変化の気配があった。
護は躊躇せず、伸縮自在の金属警棒を、懐から左手で引き抜きそれを打ち出した。
左手なら金属警棒の一振りに「気」を乗せて放てる。
もし金髪の男が銃を使う気なら、悠長に体術を交わして目の前の男と戦っている暇はない。
使い慣れない金属警棒を、護が必殺の気を乗せて振り回せば、相手の男に手加減など出来ない。
男は重傷を負うだろう、「左手」を使うのだ。力の差がありすぎる。
場合によっては殺す事になるかも知れない。
だが勿論、護は己に向かって発射された銃弾をよけられるようなスーパーマンではない。
死傷者が出ようとも、ここは一気に勝負を決めなければ護自身が危なかった。
「そこまでだ!皆の衆!」
総ての動きを停止させる威力を秘めた鉄錆のような声が響いた。
そこには、いつ車から降りたのか丹治が銃を構えてうっそりと立っていた。
署に帰還しようとする車の中で、護は正体の判らない怒りを必死に堪えていた。
運転は丹治に代わっている。
丹治はクラブ前の騒動を、数分で調停し終えていた。
ジェミニの一人が無様に打ち砕かれた事と、丹治が「対抗すべき相手」ではなく、「調停者」としてあの場に現れた事が有利に働いたのである。
丹治は、今夜この場で起こった事を誰にも喋らず、無かった事にすると約束して、双方を引かせたのである。
この騒動の火付け役が丹治自身である事をジェミニ達は勿論、知らない。
「あの時、なぜ一直線にジェミニに攻撃をしかけたのですかな?それが兵法だとはいわせませんぞ、警視殿。」
ふざけた口調だった。
丹治は勿論、護の怒りの対象が自分自身にある事を知っている。
判っていながら「判らない」で、物事を押し流していこうとしているのである。
『正直に言えば・・それはあんたに嫉妬を感じたからだ。他の男に惚れている女を自分に振り向かせようと馬鹿な行動に出る男の心境だったんだよ。』と、護は吐き捨てるように腹の中で呟いた。
丹治に対する怒りが湧くのは、ある意味、護が先の戦闘から冷静になりつつある事の証でもあった。
その冷静さが、『いつまで子供のように膨れ面をしてるつもりだ。この男に自分のそんな姿を見せても侮られるだけだぞ。こいつは逆だ。こいつは逆に、人間のまっとうさに弱い男だ。それが今日一日かけての収穫だろ』と護に教える。
「フルコンタクト空手をやっていた。だが始めは本気じゃなかった。本気になったきっかけを、さっきのトラブルで思いだした。」
「、、、。」
丹治は意外にも真剣に聞いているようだった。
「高校に入り立ての頃だ。ロバート長谷川という男が常勝のチャンピオンだった。ある大会で俺は、その長谷川に最も近いところにいると言われていた選手と当たった。トーナメント表を見ると、俺との試合の後が二人の試合だった。実際、長谷川は俺達の見える位置に正座をして俺達の試合を見ていた。試合内容は最低だったよ。実力差が開きすぎていたんだろうな。それに相手が手を抜いていた。後の試合の為に、ロバート長谷川に手の内を見せるのも嫌だったろうし、力も温存しておきたかったんだろう。それはいい。俺でもそういう立場になったら、そうしてたかも知れない。」
護は一旦、言葉を切って、後は吐き出すように続けた。
「・・まあしかし、それは頭の中だけの話だ。試合中、奴は何度も長谷川の事を見ていた。俺を適当にあしらいながらだ。それが俺に火を付けた。俺は狂った。何故だか判らない。そういう性格だと言えばそうなんだろうが、、。試合の最後には死にものぐるいの猛攻をかけた。奴に、お前の見るべき相手は、この俺だと認めさせたかった。と言うより俺の方は、もう喧嘩だな。そして最後の最後、虚仮の一念さ、相手がたじろいた瞬間を突く決めの一撃が打てた。だが、怒りの為に俺はそれを止められなかった。当てじゃなく喧嘩の拳だった。速攻で反則負けになった。それからだな。俺がフルコンタクト空手を死にもの狂いでやるようになったのは、、。恥ずかしい動機に、恥ずかしい心根だと思う。だが、それが当時の俺だったんだ。・・今日は、それを思いだした。」
「うむ。」と丹治は意外にも、小さくうなずいただけだった。
そして暫くすると、「物事の評価は、動機が全てではないさ。私などは、自分の若い頃考えていた事を思い出すと、体中がむず痒くなる。」と、進行方向を向いたままで丹治は言った。
その朝、響児は緊急に狩り出された夜間の張り込み開けの状態で、署に出向いた。
自宅に帰れば一時間半ほどの睡眠がとれそうだったが、中途半端に眠るとかえって怠さを訴える自分の身体をよく知っていたし、この日は香坂と組む日だったので、いっそのこと勤務が始まるまで署で時間つぶしをしようと思ったのである。
響児は署に付くと、一番最初に銃器保管室に向かった。
任務が切り替わる度に、拳銃携帯許可の申告をやり直す必要があるからだったが、響児の目的はどちらかというと、それより保管室の近くにある休憩室のコーヒーが目当てだった。
響児がとりあえず申請を済まそうとブースに入った時、そこに先客がいるのを発見した。
護だった。
護は、隣のブースでぼんやりと拳銃保管用のシャッターボックスの操作パネルを眺め、何かを考え込んでいる風情だった。
護の前のシャッターボックスのシャッターは既に開いており、そこにブロンコの黒い鋼の肌が横わたっている。
響児は、護を発見して、挨拶をするかどうかを躊躇した。
このタイミングなら護と顔を合わせず、そっと退室する事も可能だったのだ。
人なつこい響児にしては、非常に珍しい逡巡だった。
一時はあこがれの念を抱いていた人物であるとはいえ、相手は年下で警官としては自分より新米だ。
いや、だからなのかも知れない。
着任早々、街で悪い評判をとり続ける護と話を交わすような事になれば、かっての憧れに対して、ついつい非難がましい言葉を面と向かって吐いてしまいそうな自分が怖かったのだろう。
「ホントに噂通り、ブロンコを使っておられるんすね。」
響児は各ブースを区切る低い衝立の上から、護の手元を覗き込むようにして言った。
結局、響児は我慢が出来なかったのだ。
護が不審げに、響児のすっとぼけた表情を見る。
「鉄山響児です。これでも警視殿と同じ課に所属してます。」
「ああ、香坂さんが面倒を見てる新人さんだね。」
「面倒見て貰ってるのは確かですが、もう新人じゃないっすよ。少なくとも警視殿よりは経験を積んでる。」
響児は不敵に笑いながらそう応えて、自分の銃の手続きに入る。
護はその間に、手続きを終えてブースから離れている。
「でも驚きだな。どうして香坂さんの事を?警視殿はてっきり丹治オンリーかと。」
護を追いかけるようにして響児もブースから出てきて彼と並んで歩き始める。
「こちらに来て二週間になる。署にいる時間だってない訳じゃない。だが誰も話しかけてこない。唯一の例外が、香坂さんだった。」
「、、、なるほど。香坂さんらしい。ねっ、一緒にコーヒーでも飲みませんか。通常の勤務なら、まだ時間があるでしょ。」
「いいだろう。」
響児の顔が綻んだ。
半ば護から気難しい答えが返って来るのではないかと思っていたからだ。
「俺、コーヒー取って来ます。警視殿は座っててくださいよ。あっ、ついでにドーナツなんてどうです。自販機から出てくる割には結構いけるんすよ。」
「ああ、よろしく頼むよ。」
護はプラスチック製の白くて丸いテーブルに付いた。
ほどなく響児が二人分のコーヒーとドーナツを持って来て席に付く。
「さっきのブロンコ、警視殿が選んだんですか?」
「いや、丹治警部が薦めてくれた。」
「ふーん、相当、警視殿は丹治さんに評価されているんだ。ブロンコはイイ銃だけど、名前の通り、じゃじゃ馬だ。乗り手が良くないと振り落とされてしまう。」
「丹治警部も、そのような事を言ってたな。」
護がコーヒーカップの飲み口から熱いコーヒーを啜る。
「で、ブロンコを今まで使った事は。」
「ここの現場では無いな。、、特異点では違うのを使ってたが、それも少し前に使うのを止めていた。だから射撃訓練は時間があればやっている。」
「でも、拳と蹴りだけなんでしょ?」
ドーナツに手を伸ばしかけた護の動きが止まる。
拳と蹴りと言った響児の言葉に非難の色が混じっていたからだ。
護は、響児の顔を正面から見る。
「ここからは正直に言いますよ。警視殿。俺は昔、警視殿と同じフルコンをやっていた。俺にとっては、年下だがロバート長谷川と藍沢護は一種のヒーローだった、、、その藍沢護を、街の連中がなんて呼んでるか知ってますか?」
「なんと呼んでいるんだ?」
「丹治の飼い犬。丹治は狂犬を飼い犬にしてる。丹治が犬の散歩をさせる時は気を付けろ、すぐにその犬に噛みつかれるぞ。ってね。」
「丹治の狂犬か、、。」
「おかしいじゃないすか、藍沢さんはそんな事をする為にフルコンやって来たんすか。それに言っちゃなんだけど、ここ二週間の藍沢さんの行動は、俺達の仕事の研修にもなんにもなっちゃいない。ただ丹治に命令されて街のチンピラを痛めつけてるだけだ。」
「君は丹治警部が嫌いなのか?」
「ええ、あの人は、はっきり言って腐りきっている。」
「その事を面と向かって言ったことは?」
「、、、、。」
「、、、俺は言ったことがあるよ。まあ君と違って、階級的には俺の方が丹治警部より上だからな。」
「だったら何故、丹治の言いなりになってるんです。警視殿はこの仕事が初めてだからよく判っていないかも知れないけど、藍沢さんが今、街でやっているような事を他の署でやったら即刻、首ですよ。暴行の重犯で、とっちめられるのは藍沢さんの方だ。丹治さんが片っ端からそれをもみ消してるのに気が付かないんですか?」
「世間知らずのリペイヤーでも、それくらいの事は判るよ。」
護の表情はあくまで穏やかだった。
そして穏やかに席を立った。
「そろそろ時間だ。飼い犬とすれば、尻尾を振りながら、ご主人様をお出迎えしないといけないからな。コーヒーとドーナツ、ありがとう。今度は俺がおごるよ。大体、この時間にはここに来てる。」
響児は肩すかしを食らったような表情を浮かべて椅子に取り残される格好になった。
「どうも釈然としないんすよね。」
響児が車の中で、今朝の出来事を香坂にぼやいていた。
「、、それにしても、我らが警視殿のデビューぶりは凄いらしいな。お前さんの時とはえらい違いだわ。わずか2週間で街の悪党共はピリピリしてる。最近じゃ、3分間で4人のしたらしいぞ。3分っていや即席麺の出来る時間だぞ。」
香坂は冗談めかして響児のぼやきを混ぜ返す。
護は、ジェミニとの交戦を皮切りに、この二週間の間に、具体的には十一件の暴力沙汰を起こしている。
しかしそのいずれもケースにおいても、護が銃をまったく使用していない意味に、響児は想いを至らせてはいない。
それどころかフルコンを汚しているといったニュアンスで捉えている。
「・・いずれ混沌王の兵隊になりそうな奴とか、隠れ先兵を叩くんなら、それなりにやってる事が判るんだけど、そうでない奴らまで、因縁吹っかけて、締め上げてるらしいですよ。」
「ほう、一応刑事らしい分析もしてるんだな。」と笑いながら香坂。
「今日は、もっと刑事らしくしろよ。碇でやってるやくざ紛いの事じゃ通用せんぞ。」
この二人は、これから湊の一等地にあるエマーソン製薬湊支社に聞き込みに出る。
支社と言っても、特異点の出現によって主要都市のバランスが崩れ去った今、湊のそれは本社と変わりなかった。
エマーソン製薬社は名前こそ製薬会社だが、その実態はエマーソンという巨大複合企業の背骨ともいえる優良にして強力な存在だった。
このエマーソンに、彼らがたどり着いたのは、ジョーキングがナックルファイターといて活躍していた頃、熱心なタニマチ的存在がいて、それがエマーソンの重役級の人物だと判ったからである。
「わかってますって。でもエマーソンが混沌王のバックに付いてるなんていくらなんでも、、。」
「捜査はあらゆる可能性を調べ上げ、消去していく引き算だと教えた筈だろう。それにこの情報元は大沢の親父だ。何か含んだものがある筈だろ?」
大沢は香坂達の熱意にほだされる格好で、つい最近この情報を彼らに漏らしていた。
「そういう思いこみで、捜査するなと教えてくれたのも香坂さんすよ。」
「思いこみじゃないさ。大沢の親父が未だにジョーキングを大切にしてるのは、お前の方がよく判っているんじゃないか。だが、親父は混沌王の遣り口には否定的だ。」
「・・結果、大沢の親父は、ジョーキングを後ろで操っている黒幕が憎い。確かに、混沌王の動きは、巨大なバックの存在を感じさせる。でもそれもジョーキングが混沌王だっていう仮定上の話でしょ。」
響児は只のお調子者ではない。頭はそれなりに切れる。
「真実がその姿を現すまで、総ての事が仮定だよ。」
二時間後、碇署を出た彼らの姿はエマーソン製薬湊支社の応接室にあった。
彼らに対応しているのは、李香瞑支社社長だった。
大沢ジムの会長が、かってジョーキングのタニマチだったと漏らした人物である。
「で、具体的にはどういったご用件なのですかな。私もそれなりの立場にいる人間だ。刑事さんの訪問を断ったとあれば、その話に色々な尾鰭がつく、だから詳しいことも聞かず正々堂々と、あなたがたをお迎えした。しかしこの場の設定のためにどれほどのスケジュールを私が調整したか、おわかりかな。」
「、、そのご努力に値する我々の質問であればよいのですが、、。」
李の福顔に、さっと血が上った。
目の前の刑事には、李がかけた遠回しの圧力が、効かなかったようだ。
「貴方はジョーキングという男をご存じですか?」
「、、、私がその男を知っているとして、ここに来たのだろう?」
「ジョーキングは連戦連勝のナックルファイターでした。彼が戦った相手は重傷を負うか数ヶ月後に命を落としている。したがって彼の試合は、その勝敗は賭にならず、対戦相手が何ラウンドでマットに沈むかが、賭の対象になった。勿論、ナックルファイト自体も賭も違法行為です。」
「、、、、」
「もう一度重ねてお聞きします。貴方はジョーキングという男をご存じですか?」
今度は香坂が圧力をかける番だった。
「、、、、時間が勿体ない。取引の条件は何だ?」と李が言った。
「我々はジョーキングに付いてのあらゆる情報を知りたいのであって、貴方の過去に興味があるわけではない。取引という程の事ではない。」
「・・ジョーキングが、突然姿を消したのは、私があのファイトに入れ込んで3年目の事だ。別に力が衰えたというわけでもなかったし、経済的には私のような人間が数人いた。ファイトマネーも大したものだったから、彼はかなり裕福だった筈だ。なぜナックルから身を引いたのかは、私にも理由が判らない。」
「タニマチとして、どんな関わりを持たれていたんですか?」
「ガウンだとか、トランクスだとか、そういったものを特注で揃えてやったり、他は主に飲み食いだな、、まあこちらの方はジョーキングを連れて歩く事によって箔が付くわけだから、一概に私が金を注ぎ込んだだけ、とは言えないがね。」
「個人的な賭に彼を使わなかったのですか?」
「どういう、意味だね?」
「我々は貴方以外にナックルファイトに出入りしていた大立て者の名を列挙できる。驚いた事に全国レベルの人物の名前が大勢混じっていた。彼らが単にナックルファイトで通常成立する賭事で満足しているとは到底考えられない。つまりもっと際どいと言うか、我々一般の人間では想像できないような賭博が行われていたのではないかと。例えばジョーキングに挑戦したカリオストロの時なんかはどうですか?」
「・・・確かにカリオストロはゴドー貿易の会長が立てた選手だ。だがあの試合に我々が何を賭けたかはいえんな。そこまで調べたいなら、君は勿論のこと、警察のお偉方連中もかなり腹を括ってもらわんといけなくなえる。」
「我々がお聞きしたいのは、そう言った賭の中で、ジョーキングはどんな様子を示していたのかという事です。あなたにとっては、どうかは知りませんが、我々にとって他の件は取るに足りないことだ。今のところはね。」
「・・彼は根っからのファイターだった。自分がどんな賭の対象になっているかなんて考えることも影響されることもなかった。又、そんな人間だからこそ、常勝チャンプでいられたんだと思うよ。」
「・・判りました。ではもう一つ。ジョーキングは貴方との関わりのなかで、麻薬に付いて話をした事はありませんか?」
「ああ、あるよ。彼の両親は麻薬に殺されたようなものだからな。飲みに行くと彼はその話を良くした。金が貯まったら、その金で、自分と同じ麻薬孤児達をなんとかする為の基金のようなものを作るつもりだともな。」
聞き込みは二十分足らずで終了した。
正確には追い出されたといった方が正しい。
「大した収穫はありませんでしたね。」
帰りの車の運転をしながら、響児がため息混じりに愚痴をもらす。
「そうでもないさ。奴さん、こちらが何も言わないのにジョーキングが失踪した時期から話を始めた。つまりそれを一番意識してたんじゃないか?」
「つまりジョーキングの失踪とあいつとは関係があると?」
「あくまで可能性だがな。」




