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無能の能力

鈍色(にびいろ)の扉が軋みながら開かれた。

薄暗い部屋に光。そしてその中に立つ影が伸びる。

ドサリと落とされた肉の塊。

視線の先、人の形を成したそれは微動だにしない。

再び聞き慣れた唸り声と共に暗闇が訪れる。

時間どおり。なんてことは無いいつもの事(にちじょう)だ。

またか、と冷たい床に寝転がったまま視線だけを向ける。

この鋼の壁に囲まれた場所に運ばれる(すてられる)のはもうすぐ処分されるか、はたまた手を下さずとも死ぬと判断された個体だけ。

一方で僕はどうも死ねなかったようで、こうやって沢山の死体や死にかけに囲まれて元気に生きているのだが。

いや、元気ではない。指一本動かせないくらいに体は重い。


だらりと伸ばした腕の先、指がかすかに触れるか否かの距離でそれは動いた。

流れる髪はそれ、もとい少女の肩より少し下で乱雑に切り取られていた。

研究所(此処)にいるにしては小綺麗な装いをしていて、不揃いな毛先が違和感を放つ。

目の前に転がった僕には気づかないようで、

上半身を起こした彼女は危なっかしく揺れながらもまだ闇に慣れない目を細めて周りを見渡していた。

突然彼女は立ち上がる。

なるべく痛みを避けよう、踏まれまいとして動かした手。

必然的に少女の意識は僕を捉える訳で。

ばっちりと視線が交わった。

彼女の口がゆっくりと開かれた。

「………………あなたは……失敗作?」

灰色の低い空を見上げ横たわる僕の視界を遮るようにして言った。

濃い藍色で、でも透き通るような髪が揺れる。

「…僕は………能無しだよ」

「…ごめんなさい。いきなりこんな聞き方をして。不快にするつもりじゃなかったの」

丁寧な言葉遣い。こんな場所でどこか余裕のある態度。語調ははっきりと強く感じられたが不快ではなかった。

「私の名前は ✕✕✕ 。あなたチカラがないのね。お願いします。私を殺してください。」

きっぱりと、でも懇願するように告げられた言葉。

僕は四肢を投げ出したままぼんやりとその文字を反芻する。

彼女は続ける、

「…ごめんなさい。名前も知らないあなたに頼むようなことじゃないのでしょうけど…私は能力を使いこなせなくて此処に廃棄されたの。でも、この能力は使えればとても強力らしくて…。あ、ごめんなさい、順番が交互しちゃったけどこの能力を開発したのは私の母で、えっと、ここの人達に悪い事に使われるのは嫌なの。だから私を殺して(たべて)欲しいの。」

(なま)った脳は次々と積み上がる言葉についていけずただただ都合の良い言葉だけを聞き取って。

何も返さない僕に不安を感じたのか、少女はまた言葉を紡ぐ

「えっと毒とか病気とかはないわ、あとは、あ、私は使えないけど、能力は、受け継がれるかもしれないけど……」

空腹は生命の危機、などと言い訳じみたことが頭をよぎる。

少女の肩に爪を立てた。


人間は思ったより脆くて、腕のチカラは強いんだなぁ。

彼女は柔らかかった。

部屋を満たす鉄の匂いと化け物の産声。


口元を汚したままに呆けていると、ぞくり。

背中を刺すような恐怖。

どす黒い気配に弾かれたように振り向くと血溜まりから湧き出る異形。

能力を科学力で具現化したと言われる機械、ヴィエラ。

冷たい身体をもつそれの、目に当たる位置に見覚えのあるもの。通称『ウィド』が仄かに赤く発光している。

闇に溶け、大まかな影しか見えないがどうやら浮かんでいるようだ。

不意に手を模した影が捕らえようとするように伸びてきて、

その頭部は僕の喉元に噛み付いて。

ずるりと躰の中身が動いて、まるで白い機械(ヴィエラ)を飲み込んだかのような感覚。

鋭い痛みの中で僕の意識は途切れた。


聞こえたのは足音。

眠りを妨げるほどではないが、僕は意識を取り戻した。

今は亡き少女を『取りに』来たようだ。

まさか姿形さえないとは思ってもいないだろうけれど。

とても頭は冷静で、

目が冴え渡って。

久しぶりに空腹が満たされたから、なんて理由だけではないような気がした。

さっきまでの事が夢のようで、

だけど喉の痛みは鮮明で。

本能的に分かってしまうのは、どうやらこの能力は僕を気に入ったらしい、という事。

何も知らない筈なのに頭の中では声が響く。

その声もはっきりと聞こえる訳では無いけれど、体が勝手に動く。

明らかに自分の中に他の存在がいることを実感する。

重い鋼が開かれた時、僕はすべるように外へ出た。


上下左右そして向かう先まで全てが純白で何処までも続くかのような廊下を走る。

走れ、走れ、走れ、足を動かせ、速く。

追いつかれてはならない。

彼女の覚悟はどうなるのだ。無駄にするな。

心臓が早鐘を打って急かす。

多分これは自己保身だ。自分勝手な罪悪感だ。

彼女の意思を継ぐことは強要された訳では無いし、つい先刻までーーーいや、今でもほぼ赤の他人である彼女との間に義理も何も無い。


背後からはバタバタと揃わない靴の音が追ってくる。

道順など、まして行き先など分かるはずもない。

只々直感を頼りに進む。とりあえずこの箱庭から逃げ出すのだ。

あるかもわからない出口を探して駆ける。

幾つ目か忘れてしまった角を左に曲がると突然視界は赤に染まった。



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