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おお ゆうしゃよ しんでしまうとは なさけない

作者:

勇者が死んだ。

いつもの事だ。

仲間の魔法使いも死んだ。壁が居ないから当たり前か。件の壁役である戦士はとっくに棺桶に入っている。


遠からず、勇者のパーティーは全滅した。

おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない。


さて、この棺桶3つはどうなるのか。というか、誰が死体を棺桶に入れたのか。


答えは簡単。この俺である。

因みに俺は勇者パーティの一員という訳ではない。

俺に与えられた任務は只一つ。全滅した勇者共を王の御前に引っ立てるのみだ。


形容し難き何かになった魔法使いの身体をかき集め、棺桶に詰め込む。棺桶の中身は既にぐちゃぐちゃだが、特に問題ないだろう。だってコイツら死んでるし。文句なら、そこのモンスターに言ってくれ。もっとスマートに殺せと。片付けるこっちの身にもなって欲しい。


『そいつら、置いてけ』


モンスターが喋る。

勿論、人間の言葉ではない。だが、俺には分かる。職業柄仕方ない事だ。


『残念だが、そいつは無理だ。俺はコイツらを持って帰らなくちゃならんからな』


返事をするとモンスターはやや驚いたようだ。ま、モンスターの言葉を話せる人間なんてのはほぼ居ないだろうからな。


『駄目…俺、人間喰う。そいつら、旨そう。だから、置いてけ』


『成る程。食べるのか…食中り起こしても知らねえぞ?…ま、やらんがな』


『なら、仕方、ない。お前、も、殺す』


と発すると奴は鋭い爪を伸ばし、俺に襲い掛かってくる。

その鋭利な爪は容易に鉄を引き裂き、人間を肉塊に変える。はっきり言って、こんな所で遭遇するようなモンスターではない。

そこそこの知性はあるようで、多くのモンスターのように本能任せにするのではなく、ちゃんと考えて行動している節もある。勇者共が全滅するのも当たり前だと思える。

だが、彼岸の戦力差を見極める能力はお粗末なようだ。

頭部を失ったモンスターはヨロヨロと2、3歩進むと力を失い地面に転がる。

なんて事はない。奴が襲い掛かってきたのを確認したと同時に片腕を振るっただけだ。


「はあ、面倒だな」


死体は新たなモンスターを呼ぶ。主に、屍肉漁りの類だ。俺は早急にここを立ち去ることにする。これ以上の面倒事は御免だ。


俺は棺桶にロープを引っ掛け、王都へ歩みを進める。

こらからの行く末を思い、暗い気分になりながら。

まず、如何に内部に防腐処置を施し、中身が腐らないようにしていても、いつ何時中身がゾンビ化するか分かったものではない。親父の曾祖父がこの仕事をしていた時代では、まだ棺桶も現代のような廃スペックな物ではなく、単なる木材の箱に魔を退ける効果があるらしい十字架を意匠として彫った物が主流だった。

当時は死んだ勇者共を運んでいる途中でゾンビ化し、やむなくもう一回殺したという笑い話があるのだ。また、他の連中も起き上がる度に物理的に黙らせていたらしい。


現代の廃スペック棺桶でも万が一という場合がある。今まで一度もそのような自体があった訳ではないが、絶対に無いとは言い切れないのだ。用心しつつ、出来うるだけ早く移動した方がいいだろう。


俺は棺桶を引き摺りながら、野を駆け、山を駆ける。

道中襲ってくる身の程知らずはその場に置いてきた。

と思っている間にも左斜め前方から何かが迫ってくる気配がする。

それが立てる物音で考えると、とりあえず人間ではない。小動物ってところか。


飛び出してきたのは、額に長さ10cm程の角を生やしたモンスター。所謂、角ウサギと言われる奴だ。かなり好戦的であり、しかも肉食だ。ウサギの癖に。

俺は飛び掛かってきたウサギの角を指先で摘まみ、クルクルと回した。


「ふむ…この大きさなら今日の晩飯に丁度いいな」


首が異様に細くなり、口から赤い泡を吹いている角ウサギを革袋に入れ、俺は再度移動を再開した。


俺が王宮に着いたのはそれから二日後の事だ。


「おお ゆうしゃ よ しんでしまうとは なさけない」


王様のいつもの文句だ。


まぁ、戦闘のド素人を捕まえて魔王退治に行かせる理不尽に関して思うところがない訳ではない。せめて、俺に魔王を倒す事が出来ればな…

勿論、魔王を殺す事は容易い。今までにも、5、6回は殺している。

だが、奴は殺しても死なないのだ。いや、その都度生き返ると言えばいいのか。

奴等が生き返るのは闇の因子という物によって、半不死身となっているから…らしい。その闇の因子を無効化し得るのが、光の因子という物と言われている。闇の反対は光とか安直過ぎるにも程がある。

勿論、この光の因子とやらにも闇と同じような効果がある。違いはその効果…呪いは闇の因子との対消滅でのみ消せるって事か。

兎にも角にも、魔王を倒すには光の因子とやらを持った人間でないと倒せないらしい。

そして、その光の因子とやらを持つのが勇者と呼ばれる人間。

今回の勇者は、黒髪黒目の青年。この辺では見ない容姿の男だ。南の方の出身なのかもしらん。


勇者御一行様は王様とその他に激励され、再度旅立つようだ。

回復薬や武具等を再度揃えるつもりらしい。まぁ、先日のモンスターにボコられて装備も何も無いからな。何も準備せずに出て行けば、再度死ぬのは時間の問題と言えるだろう。その時はまた俺が運ぶんだが。


勇者達は宿屋に入っていった。あそこの宿屋は冒険者の斡旋を行っている所だ。

勇者は仲間を増やすつもりらしい。早い話、戦力の増強だな。ま、死んだら死んだで俺の荷物が増えるからな。俺としては少数精鋭で挑んでほしい所だ。

しばらく宿屋の主人や希望する冒険者の話を聞き、どうやら無事に新たな仲間が決まったようだ。


新人は格闘家か。

武器は己の身体のみであり、自らの肉体を極限までに鍛える事で強大なモンスターを凌駕し、白兵戦では無類の強さを誇る化け物。

まぁ、コイツはまだまだその領域には立てていないようだが。


二日後、勇者御一行は再度魔王が居るという城へ向かうべく出発した。


その三日後、勇者御一行はまた王様の前に居る。


おお ゆうしゃ よ しんでしまうとは なさけない。


これで何回目だろうか。

まぁ、実力が足りない内は仕方ない。

研鑽を積み、諦めずに頑張ってほしいものだ。


今度の仲間は僧侶か。いいんじゃないか?支援役が居た方が安定するだろう。

ただ、後衛が一人増えた事によって戦い方を変えなければならないだろう。

今は、壁役に戦士と勇者、ダメージディーラーの魔法使い、残る格闘家は遊撃だ。

ここに、支援役の僧侶が加わる。


さて、勇者御一行はどうするのか。


どうもしなかった。

彼らは、今まで通りの戦法で行くようだ。まぁ、当事者達がやり易いなら問題ないか。

俺が口出しするような問題ではない。


**********


あれから、二年経った。

王都の近くで細切れにされていた勇者達の力は魔王に至るまでになった。


「勇者よ。我と手を組むならば、世界の半分をお前にやろう。我と貴様でこの世界を支配するのだ。なに、難しい話ではない。我と貴様は不死身。対して、奴等は殺せば死ぬ。容易くな。故に、手を組もうではないか。我と貴様でなら、この世界…いや、この宇宙すら支配出来るであろう…」

「断る‼確かに世界の三大美少女とギキャッキャウフフしてみたい気もあるけど!どうせお前を倒せば俺は英雄扱いで我が儘言えるし、そもそも、お前を倒せば世界は俺の物だ‼」


勇者は阿呆だった。

お前、周りをよく見ろ。僧侶とか白い目でお前を見てるぞ。

対して、戦士は勇者御一行様として同じように英雄視されるのを考えてか、目を輝かせている。馬鹿か。


まぁ、ここまで死ぬ思いしてやってきたんだ。世界を救ったら褒美があると考えても良いだろう。

ま、歴代の勇者は英雄となった後に謀殺されたけどな。

魔王を倒し、不死身の呪いから解き放たれた勇者達は為政者にとっては邪魔な存在でしかないからな。まぁ、只の一般暗殺者にやられるような元勇者は不甲斐ないとしか言い様がないが。


「グアアアアァ…馬鹿なこの我が人間ごときにやられる…だと…?」


そうこうしている内に決着が着いた。

魔王は苦悶の声を上げながら膝を附く。

お互いに満身創痍だ。装備はボロボロで、無事な奴は誰も居ない。戦士は片腕が無いし、魔法使いは半死人。僧侶は血の気を無くし地に伏せ、格闘家は棺桶に入っている。


「クソ‼だが、これで終わりと思うなよ‼こうなれば、貴様らを道連れに………ガッ!?」


最後の悪あがきのためにか魔力を纏わせていた魔王は苦痛の声を上げると、魔力を霧散させつつその場に崩れ落ちた。勇者達は何が起きたのか分からない様子だ。


「………ッ!?」


僧侶が声にならない声を発する。

その顔は苦痛に満ちており、生気が無い。近寄るまでもなく、事切れてるのが分かった。


「何が……起きた…!?」


勇者が声を上げる。

俺はいそいそと、僧侶と魔法使いを棺桶に運ぶ。


「…ギャッ!?」


戦士の身体が弾ける。汚ねぇ花火だ。

そこらの瓦礫と同化した戦士を集め棺桶に詰め込む。瓦礫等のゴミと一緒だが特に問題ないだろう。


これで生き残りは勇者ただ一人か。明らかに作為を感じるな。


「…貴方はもう用済みです。初めまして今代の勇者」


新たに現れたのは、人間の女のように見える何かだ。その身体に宿す力は尋常な物ではない。そこに倒れている魔王(ゴミ)がゴミに見える程の力の差がある。

それに美人だ。黒髪黒目であり、もしかしたら今回の勇者と同郷であるかも知れない。しかも、その体に纏うのは半透明の衣のような物だけ。

その容姿に目を取られた勇者は呆ける。

泰然と佇む女からは敵意も殺意も感じられない。

しかし、魔王と勇者以外の者を殺したのは、間違いなく眼前の女である事は明白。


「お前は…一体…?」


勇者は震える声で呟く。


「そうですね…そこの男が魔王と名乗っていたのならば、私は大魔王といったところでしょうか?」


「…大魔王」


勇者はポツリと言う。その呟きは絶望に満ちていた。ラスボスを倒した…と思ったら、真のラスボスが現れた感じだ。やる気を無くすのは頷ける。


「さようなら。勇者。貴方に幸あらん事を…」


瞬間、勇者の身体が吹き飛ぶ。そのまま壁に叩きつけられ、血ヘドを吐く。ズルズルと床に崩れ落ちた勇者は、賢明にも手放さなかった剣を杖代わりに立ち上がる…ところに女が放った火の玉により、消し炭にされる。一瞬だけ肉が焼ける臭いがし、後には黒い何かが残された。

まぁ、変なのが乱入してきたが、俺のやる事は変わらない。

内と外の両面からこんがり焼かれた勇者の破片を集め、棺桶に入れる。水分が無いせいか、いつもより軽く感じる。


こんなんになっても、教会に行けば勇者達は再度甦る。魔王が生きている限り、永遠に。

勇者は魔王を倒すまで死なないし、魔王も勇者に倒されるまで死なない。

その仲間も同じ呪いに犯される。

彼らはお互いを殺し尽くさない限り死ねないのだ。それは、おそらくこの自称大魔王であっても同じ事。ただ、さっきまでの魔王が入れ替わっただけだ。

勇者達は圧倒的な力を持つ、あの女を殺さない限り、永遠をさ迷う事になる。

故に、勇者達は奴を殺すだろう。

人間の良い所だ。何が相手でも諦めない事。研鑽を積み上げ、遥かな高みへと上り詰める。あの女を下すのはそう遠い未来ではないだろう。

それほどまでに、勇者達の魂は強く、美しい。

それでこそ、俺は勇者達を連れ帰る意義がある。

精々勇者御一行には頑張ってほしいものだ。


「…して、そこの貴方は何者でしょうか」


うるせー。こっちは仕事してんだよ。俺は言葉を返すのも億劫に腕を振るう。

水っぽい音と共に女の身体が弾け、壁の花となった。


さて、これから王都まで五人を運ばなくては…


まだまだ俺の仕事は終わらないようだ。

俺はロープを棺桶に結わえると走り出す。勇者のために、世界のために、何よりも俺のために。

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