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座敷親父  作者: 成宮カナタ
第壱章
7/20

第陸話:忠告の理由

 夕飯の後片付けを終えると、咲希は駆け足で居間へ行く。

 襖を開けると、喜助が畳の上にごろんと寝転がっていた。


「喜助さん。食べた後すぐに寝転がるのは、お行儀が悪いですよ」


 傍らに座り、ゆさゆさと喜助の身体を揺らす。


「あー、はいはい……」


 彼は適当な返事をしながら、緩慢な動きで身を起こした。面倒なのか眠いのか、どちらともつかない顔で首の後ろを掻く。

 欠伸をしているあたり、眠いのかも知れない。


「で、喜助さん。大神君の話ですけど」


 咲希はズバリと話を切り出す。

 例え喜助が眠かろうが、話を聞き出すまで寝かせるつもりはない。もし彼が話の途中で寝たら、叩き起こすくらいのつもりだ。

 夕飯の支度の際、朝の注意は何だったのか説明するどころか、大神に対して何か思うところがありそうな雰囲気だけ醸し出しただけだった。色々と気になるので、今日のうちに聞き出してしまいたい。

 喜助は「あー……」と気だるげな声を上げてから、片膝を立ててそこにもたれ掛かり、見上げる様に咲希を見てきた。

 彼から溢れ出ている艶っぽさが、尋常ではない。

 咲希は思わず目を反らした。ドキドキして仕方がない。

 これだから美人は。


「何から言うかなー……まず、何が聞きたい?」

「えーと、忠告の理由、ですかね」


 動揺が声に出ない様に、必死に取り繕いながら答える。

 なるべく不自然に見えない様に気を付けながら、鼓動を落ち着けるために然り気無く深呼吸を繰り返した。

 この努力が、喜助にバレない事を全力で祈る。


「理由、なー……まぁ、簡単に言えば、妖怪から見てお前は『格別に美味そうな人間』だからだ」

「すぐ理解出来ないあたり、ソレ簡単に言えてないと思います」


 何かが一気に冷めた。

 しかし、一応、視界に喜助は入れない様にする。

 見たらまた、拍動が速くなってしまいそうで怖い。

 せめて、もう少し漂う色気が控え目になるような体勢になってくれないと、見る事が出来ない。と言うか、もう顔を隠しておいて欲しい。サングラスをかけてくれるだけでも良い。これだから美人は。


「いいか。妖怪ってのは、もともと結構人間を食べたりする存在だ。正確に言えば、魂が定着した体ごと、な」


 ため息を吐く声が聞こえた後、喜助は何だか恐ろしい事を言い出した。


「で、人間の味の質は、育った環境に左右される」

「環境?環境って、家庭環境ですか?」


 咲希は首を傾げる。

 母子家庭は、味の質が良くなる条件に入っているのだろうか。

 微妙に気になる。入っていたら、ちょっと嫌だ。


「いや、どちらかっつーと、空気とか、雰囲気とか、あとは本人の性質……あー、なんつーか、性格?てか、性質ってか、根本的なものだな」

「……何か、抽象的ですね」


 思わず眉間に皺を寄せてしまう。

 空気とか雰囲気って何だ。根本的なものなんてさらに意味が不明だ。基準の解り辛いものが来た。


「例えを出すと、家族関係のギスギスした人間とか、排気ガス吸いまくりの人間とか、性根の腐ってるヤツは不味い」

「……あぁ」


 納得して頷く。

 どうやら、大気汚染的な空気と、家庭などの対人関係における雰囲気と、その人の思考原理を指しているらしい。

 雰囲気や思考原理の方は何となくしか解らないが、空気の方は同意出来る。確かに、排気ガス吸いまくりの人間など、不味そうだ。


「で、だ。この家の空気は、これ以上ねぇ程に綺麗だ」

「え?何でですか?」


 家の前の道路は、そこまで立派なものではないが自動車やオートバイが普通に走っている。

 なら、排気ガスだって出している筈だ。まさか、家の前を走る車が全て電気自動車である訳がない。

 これ以上ない程に綺麗だと言うのは、さすがに有り得ないのではないのだろうか。


「俺がいるからな」

「…………はい?」


 思わず、まじまじと喜助の顔を見つめてしまった。彼は、何でもないかの様な顔で上目遣いに咲希を見ている。

 当然、視線が交わる。案の定、咲希の心臓がドクンと跳ねた。考えていた事が、一瞬だけ全て吹き飛んでしまう。慌てて目を反らした。


「ど、ど、どう言う、意味ですか」


 勢いで口を開いたが、動揺を隠しきれず、どう考えても不自然な感じにどもってしまう。

 猛烈に恥ずかしい。更に顔が熱くなった。


「俺、っつーか、座敷童子がいるからだな」

「はい?何ですか、座敷童子は空気清浄器か何かですか」


 羞恥を誤魔化すために、つい早口になる。

 先程どもってしまったと言うのに、何故学ばないんだと咲希は心の内で自分を叱咤した。


「まぁ、似たようなモンだ。座敷童子は、住み着いた家の空気を浄化する」


 咲希本人にも明らかに自分の様子はおかしいと言う自覚があるのに、喜助は特に何も突っ込んで来ない。

 普通に話を続けているのが、喜助の配慮なのか、それとも本当に咲希の異変に気付いていないだけなのか、咲希には判らない。


「で、おまけにこの家の家族関係は良好だ。それとお前の血筋的に……つーか、この家の住人が悪人な訳ねぇからな」

「……で、結果的に、私は妖怪にとって美味しそうだ、と」


 鼓動が大分落ち着いてきて、まともな思考能力が戻ってくる。

 成る程、それで喜助は、朝からあの様な忠告をしてきたのだ。

 「良い匂い」だとか「美味そう」だなんて言ってくる輩は、妖怪で、しかも咲希を食べようと狙っている可能性が高いと言う事なのだろう。


「……ついでに言えば、狙われやすい体質持ってるしな、お前」

「……わー、嬉しくない」


 どこか遠い目をしながら呟く喜助に、咲希も同じように遠い目をした。

 狙われやすい体質って何なんだ。そんな体質があるのか。


「でも、別に大神君は妖怪じゃないと思うんですけど」


 まさか、クラスメイトに妖怪がいる訳がないだろう。しかも、大神はどう見ても人間にしか思えなかった。

 そう考えて発言したのだが、喜助に思い切りため息を吐かれる。


「阿呆」


 しかも呆れた様な声音で罵倒された。

 イラッときて、思わず喜助を睨んでしまう。

 しまったと思ったが、彼は先程までと体勢を変え、胡座をかいて腕組みをしていた。

 色気が控え目になっている。相変わらず美人過ぎてドギマギするが、見ていられない程ではない。微妙にほっとした。

 くそう、何で彼を視界に入れるたびに無駄に緊張しなければならないのだ。


「人型の妖怪とか、人間に化ける事の出来る妖怪だっているんだぞ」

「……あぁ」


 言われて納得する。目の前に良い例がいた。

 しかし、そうなると、大神が何かしらの妖怪かも知れないと言う事になる。

 そう考えていると、ふとある考えが頭に浮かんだ。


「……あの、喜助さん」


 物凄く馬鹿馬鹿しい考えだが、言ってみるに越した事はない。

 一応言うだけ言ってみようと、咲希は発言権を求めて手を挙げた。


「何だ」

「まさか、狼男だから名字が大神とか、そんな事ないですよね……?」


 口にしてから、やはり馬鹿馬鹿しいと再認識する。

 短絡的過ぎだ。そんな単純な訳がないだろう。


「……うん、ない。ないですよね、やっぱ!」

「……いや、正直言えば、俺もさっきそう思った」


 苦笑いを浮かべて否定したところで、まさかの賛同を得た。

 ギョッとしながらも、あぁ、やっぱり他にも同じ様に考える人がいるんだな、と思う。

 喜助は何かを思い出す様に、顎に手を当てながらどこかへと視線を泳がせた。


「考え着いた瞬間にはそりゃねぇだろと思ったが、思い出してみりゃ、知り合いに猫又だからっつって『猫田』とか名乗ってる奴がいてな。あり得ん話じゃねぇ」

「……わぁっ」


 棒読みな感嘆の声が出る。

 それもそれで短絡的と言うか、適当に名乗ってます感が満載だ。仮にも自分の名字なのに、そんなに適当で良いのだろうか。

 ともかく、これで「大神狼男説」が浮上した。どうでも良いが、音だけ聞くと「おおかみ」を二回繰り返している。

 喜助が不満顔で疲れを全て吐き出そうとするかの様にため息を吐いた。


「……まさか、忠告したその日に言ってくる奴が出るとは思わなかったな」

「……私もです」


 咲希も同じようにため息を吐く。

 忠告された時は、そんな事を言ってくる奴など滅多にいないだろうと、どこか楽観視していた。おそらく、忠告の理由が解っていなかった事が原因の一つとしてある。

 理由が解った今、大神が実際には妖怪でないにしろ、警戒しなくてはならない。


「でも、大神君、隣の席になっちゃったんですけど。避けようにも避けられません」

「……あー」


 咲希の発言に、喜助は頭痛がすると言った風にこめかみを押さえ目を閉じた。ついでとばかりに、眉間に皺が寄っている。

 頭痛がするのは咲希だって同じだ。むしろ、危険に晒されているのが自身である分、さらに頭が痛い。

 休み時間など、自由に動く事の出来る時間は良い。大神を避けて回れば済む。

 問題は、授業中や、授業が終わってすぐの時間帯だ。

 授業中などは、警戒すると決めた相手が強制的にずっと隣にいるのだ。さぞ心労のする事だろう。

 さすがに授業中に手は出されないとしても、授業終了後すぐに捕まったらそれで終わりだ。

 そう考えて、咲希はかなり憂鬱な気分になる。

 喜助が薄く瞼を開け、まるで流し目を送るかの様な視線を咲希に向けてきた。

 そんな場合ではないのに、ドキリとする。微妙に、彼はわざとやっているのではないかと思った。


「次の席替えはいつだ」

「担任の気分次第です」

「…………」


 喜助が無言で頭を抱える。そうしたいのは、こちらの方だ。


「……私のせいでは、ないですよ?」


 何故か弁解などしてしまう。

 別に、咲希も席替えの頻度の問題は全面的に自分のせいではない事くらいは解っているのだが、喜助の様子を見ていると、何となく責められている様な気分になったのだ。

 そのくらい、喜助は深刻そうな顔で頭を抱えている。


「……お前の責任じゃねぇ事くらい、解ってるっての」


 どこか疲れた様に呟くと、彼は再び大きなため息を吐いた。

 ため息を吐くと幸せが逃げると言うが、それが本当なら、この数分でかなりの幸せが喜助から逃げて行っている事だろう。

 まるで他人事の様にそんな事を思うが、彼がこんなにもため息を吐いているのは、紛れもなく咲希に関する事のせいだ。罪悪感を、感じなくもない。


「……えーっと、何か、ごめんなさい」

「……?何で謝んだ」

「え、何と無く」


 何と無く、謝らなければならないと言う気分になっただけだ。


「何か、ため息ばっかり吐かせてごめんなさい、みたいな……」


 とりあえず思い付いた理由を言ってみる。

 と、そこで、今までしかめっ面ばかりしていた喜助が、一瞬目を丸くした後、何故かふっと優しく笑った。

 半ば反射的に、咲希の心臓が大きく跳ねる。

 喜助は柔らかな笑みを浮かべたまま、無造作に手を伸ばし咲希の頭を無遠慮にわしゃわしゃと撫でた。


「え?え?」


 何故いきなり頭を撫でられているのか、咲希にはさっぱり訳が分からない。

 困惑しながらも、心臓は激しく拍動し、じわじわと顔の熱も上がってくる。

 確実に髪の毛がボサボサになっているであろうが、そんな事を気にしていられる余裕はない。


「馬鹿。変な事気にすんな」

「え、あ、はい?はい」


 すっとんきょうな声が出た。

 それに対して、喜助が小さく「ふっ」と声を出して笑う。

 恥ずかし過ぎる。元はと言えば喜助のせいだと、咲希は頬を染めたまま彼を睨み上げた。


「怒んなよ」


 喜助は笑いながら、自分でボサボサにした咲希の髪をとかして直す様に、するすると何度も指を滑らせる。

 その手付きが気持ち良いと共に、いつ絡まるかと気が気じゃない。


「怒ってません。イラッとしてます」

「どう違うんだよ、それ」


 笑う喜助の指が、優しく咲希の髪をすいていく。心地好くて、どうしても止める気になれない。


「度合いが違うんじゃないですか」

「それ、結局怒ってんじゃねぇか」

「怒ってるってほど、怒ってません」


 と言うか、むしろ怒っていない。睨んだのなんて、ただの照れ隠しだ。

 しかし、そんな事を正直に言ってやる気はない。言ったら余計に恥ずかしいだけだ。

 すっ、と喜助の手が離れて行く。最後まで髪が引っ掛からなかった事に心の底から安堵すると共に、妙な物足りなさを感じた。


「まぁ、これやるから、機嫌直せよ」


 喜助は自分の服の袂をごそごそと漁り出す。そして、そこから赤くて小さな可愛らしい巾着袋を取り出した。

 咲希は思わずギョッと目を見開く。喜助の袂は先程まで、何も入っていないかの様にひらひらしていた筈だ。どこにあんな物が入っていたのだろうか。

 取り出した巾着袋を、喜助はズイッと咲希の眼前に突き出した。


「ほら」


 さぁ受け取れとでも言わんばかりに、彼は咲希の目の前で巾着袋をゆらゆら揺らす。

 受け取っても良い物なのかどうか微妙に悩むが、一応礼を良いながらそれを受け取った。

 受け取る時、巾着袋の中から、ジャラ、と何かが擦れ合う様な音がする。


「?」


 一体、何が入っているのだろう。

 疑問に思った咲希は、試しに巾着袋を振ってみる。先程と同じように、ジャラジャラと音がした。

 何と無く、ビー玉の擦れ合う音を連想させる音だ。

 好奇心が疼く。


「開けてもいいですか?」

「おう。まぁ、開けなきゃ使えねぇしな」


 許可をもらい、咲希はわくわくしながら巾着袋の口を開けた。

 中には、群青色をした、ビー玉の様な小さな玉が幾つも入っている。


「……?」


 何故か、違和感を覚えた。

 巾着袋の外見を眺め回し、次に中を覗き込む。

 巾着袋は、あまり膨らんでおらず、パッと見そんなに多くの物が入っているようには思えない。

 が、中には、かなりの量の玉が入っているように見える。巾着袋の見た目からは、考えられない程に入っているようにも見えた。

 明らかに、おかしい。


「喜助さん、何か、巾着の見た目と中身が釣り合ってないように思えるんですが」

「ああ、そりゃそうだ。そう言う巾着だからな」


 喜助はあっさり頷いた。驚いている様子は微塵もない。そもそも喜助の持ち物だったのだから、彼が驚く筈もない訳だが。

 咲希は巾着袋と喜助とを見比べながら、困惑気味に眉を下げた。


「え、何?どう言う事ですか?」

「その巾着、見た目より入る様に、妖力使って作ってあんだよ」

「えっ!?すごっ!」


 まじまじと巾着袋を眺める。

 所謂、中は四次元とか、そんな感じなのだろうか。見た目からでは、そんなに凄い物には思えない。可愛らしい、ただの巾着袋だ。

 思わず感心してしまった。


「はー……あ、これ、中身取り出してみて良いですか?て言うか、これ、手、入れても大丈夫ですか?」


 群青色をしたビー玉の様な物が気になるのだが、そんな特殊な巾着袋に簡単に手を突っ込む気にはなれない。

 得体の知れないものに手を突っ込むのは、勇気がいる事だ。少なくとも、咲希にとっては。


「大丈夫だっての。あと、本題は中身だ」


 喜助は「むしろ早く出せ」と急かす様な言い方をした。

 彼が大丈夫だと言うのだから、大丈夫なのだろう。若干躊躇いを感じながらも、咲希は巾着袋の中に手を突っ込み、中身を取り出した。

 それは、透明感のない、すべらかな表面をした玉だった。先程見た通り、鮮やかな群青色をしている。


「……何ですか、コレ」


 咲希は無駄に色々な角度からその玉を眺め回した。

 見た目は完全にビー玉なのだが、持ってみた感じが違う。ガラスの様な質感ではないし、思ったより軽い。

 しかし、綺麗だ。アクセサリーに加工したら、おそらく可愛いだろうと思う。


「それは、『君の家の座敷童子をいつでもどこでも呼べちゃ~う丸薬』だ」

「……はい?」


 喜助の口から飛び出した言葉に、咲希は思い切り怪訝な顔で彼を見てしまった。

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