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座敷親父  作者: 成宮カナタ
第壱章
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第伍話:お夕食を作りませう

 下校中、ピリリリリ、と携帯の着信音が鳴る。

 咲希が制服のポケットから携帯を取り出して確認してみると、幸子からの着信が入っていた。


「あ、私だ。小夏、ごめん、出ても良い?」


 一緒に帰っていた友人に携帯を掲げて見せて、許可を求める。小夏は「良いよー」とあっさり頷いてくれた。

 「ありがとう」と礼を言ってから、着信ボタンを押す。幸子が何の用なのか、大体の予想はついていた。


「もしもし」

『あ、もしもしー?咲希ー?』


 向こうから、大分のんびりした幸子の声が聞こえる。咲希の予想では、彼女は今物凄く忙しいはずなのだが、何故こんなに余裕そうなのだろうか。


「どうしたの?」

『あのね、今日、帰り遅くなっちゃうから、お夕飯作っといてー』


 やはり、電話は咲希が予想していた内容に間違いなかった。

 何しろ、これが初めてではない。

 咲希は思わずため息を吐いた。


「わかった」

『肉じゃががいいなー』

「はいはい。材料あるの?」

『全部あるわよー』


 のほほんとした声音。本当に忙しいのか、と疑いたくなる程だ。


「分かった。じゃあ、仕事頑張って」

『ごめんね、ありがとー。じゃあねー』


 プツッ、と通話が切れる。

 別れを口にしてから即座に切ったあたり、本当に忙しいのだろうと思う。

 咲希はふぅ、と息を吐いて、携帯を制服のポケットへ突っ込んだ。


「お母さん、帰り遅くなるって?」


 小夏がこちらを覗き込むように首を傾げる。彼女は小学生からの友達なので、咲希の家の事情は大概知っている。が、別に互いの家は別にたいして近くない。同じ小学校出身だからと言って、家がとても近いとは限らないものだ。


「うん、そう」

「じゃあ、夕飯は咲希が担当か。何作るの?」

「肉じゃが」

「いいね、肉じゃが。あー、食べたくなってきた」


 小夏が腹を押さえる。

 すると、ちょうど小夏の腹が鳴った。

 咲希は思わず吹き出す。


「何と言うタイミング!」

「ヤバい、今、押さえた瞬間に鳴った…!」

「いやー、小夏さん流石っスわー」


 ゲラゲラと二人で爆笑しながら道を歩く。

 次の角が別れ道だ。咲希は真っ直ぐで、小夏は右。「また明日」と手を振って別れる。

 帰ったら、着替えてさっさと肉じゃがを作り始めよう。そう考えて、咲希は頭の中に肉じゃがの作り方を思い浮かべる。

 最初に幸子に夕飯を作る様に頼まれたのは、中学一年生の時だった。

 小学生までは、幸子も多恵に頼んでいたのだが、咲希が中学生になると、「もう任せても大丈夫よねー」と咲希に夕飯を任せる様になった。

 任されるのは幸子の帰りが遅くなる時だけで、毎日ではない。だが、珍しい事でもない。頻度は結構高かった。

 なので、最初の内は多恵に手伝ってもらっていたが、割とすぐに慣れてしまった。

 おかげで、中学の調理実習では大活躍だ。今では、レシピを見ずに作れる料理のレパートリーも大分増えた。

 自宅に着き、副菜は何にしようかと考えながら、門を開ける。

 案外広い庭には、毅が作った小さな畑がある。退職後、する事が無くて暇なのが嫌だったとか言っていた。

 庭を抜けて、「ただいま」と言いながら靴を脱いで玄関から家に入り、真っ直ぐ自室に向かう。

 自室に入ると、スクールバックを部屋の隅に置き、制服を脱いで、楽な格好に着替えた。脱いだ制服のスカートはハンガーに掛けて、ワイシャツは洗濯物行き。

 次に、台所へ向かうと、肉じゃがの材料を台の上に並べた。冷蔵庫の野菜室を探ったらほうれん草があったので、副菜はほうれん草のおひたしに決定。作るのも楽だ。

 エプソンを着けて手を洗うと、早速、じゃがいもの皮を包丁で剥いていく。最初はピーラーで剥いていたが、何度か包丁で剥いていたら慣れた。今ではピーラーを使うよりも包丁を使った方が早い。

 鼻歌を歌いながら、気分良く皮を剥いていく。


「お、今日は肉じゃがか」

「ほっぎゃ!!」


 さぁ次は玉ねぎだ、と思った瞬間に後ろから声を掛けられ、咄嗟に妙な声を上げてしまった。微妙に恥ずかしい。

 振り返れば、喜助がまじまじと台の上の材料を覗き込んでいた。


「急に現れないで下さいよ」

「別に気配は消してなかったぞ」

「気配とか消せるんですか」

「まぁな」


 材料から顔を上げた喜助が、今度は前屈みになって咲希の手元を覗き込んでくる。

 距離が近い。少し動けば、喜助の胸元に肩が当たりそうだ。間近にある綺麗な顔に、頬が自然と熱くなる。

 逃げたくなったが、包丁を持っているので、あまり下手に動く事も出来ない。


「幸子の料理も美味いが、お前のも美味いからな」


 何だか微妙に嬉しそうな声音に、頬がさらに熱くなった。

 不覚にもときめいてしまう。悔しい事に、心臓の鼓動が速くなった。今のは不意打ちだ。急に褒めてくるのはズルい。


「私の料理、食べた事あるんですか?」


 照れ隠しにそんな事を言ってみたが、声が若干裏返りそうになって逆にヒヤヒヤした。

 喜助が身体を起こし、咲希から少しだけ距離が離れる。

 その事にほっとしつつも、何故か残念に思っている自分に咲希は「どうした!気は確かか!?」と叫びたくなった。


「あるぞ。まぁ、夕飯を共にした事はねぇが」

「じゃあ、いつ食べたんです?」


 心臓を落ち着ける様に、しかしドキドキしていた事が喜助にバレない様に然り気無く深呼吸しながら首を傾げる。

 確かに、喜助の姿が見えなかった昨日までの間に、箸が浮いているのは見た事がない。それはつまり、喜助が夕飯を共にした事はないと言う事だ。

 だが、咲希は三回の食事の中で夕飯しか担当した事がない。

 皆が食べ残した分を、咲希のいない昼の時間帯に食べたりでもしたのだろうか。


「お前が見てない隙に、つまみ食い」

「たまに、いつの間にか量が減ってるなと思ったら、お前か!!」


 悪びれる様子もなく、堂々と言ってのけた喜助に、咲希は包丁の柄を握る手に力が入る。

 言われてみれば、何度か作ったばかりのおかずの量が減っている事があった。

 その時は、喜助の存在など知らなかったためおかしいとは感じつつも気のせいだと思っていたのだが、犯人は彼だったらしい。


「つまみ食いするくらいなら、夕飯一緒に食べて下さい!」

「いや、一応、お前に俺の姿が見えない間は自重しようと思ってだな」

「目の前でビール飲んでおいてそれを言うか!」


 思い切り矛盾した行動に、咲希は勢い良く突っ込んでしまう。

 ついでに言えば、昨日はケーキも一緒に食べていた。まぁ、アレは咲希にも既に姿が見えていると思っての行動だったのかも知れないが。

 随分と適当な気遣いだ。むしろ、気遣いになっていない。

 咲希は思わずため息を吐いた。


「じゃあ、今日から喜助さんの分も夕飯用意しますから」

「良いのか?」


 喜助の顔が、小さな子供の様に嬉しそうに輝く。

 また、少しだけドキッとしてしまった。

 昨日から気だるげな雰囲気しか出してなかったくせに、こう言う時だけ無邪気な反応をしないで欲しい。


「……い、良いですよ。どうせ、いつも多く作ってますし」


 喜助からフイッと視線を反らした。この妙な気恥ずかしさは、一体何なのだろうか。


「よし。ありがとな」


 ポンポンと、頭を撫でられた。

 不意の事に、咲希は小さく肩を跳ねさせてしまう。

 まるで喜助を意識しているかの様で、無性に恥ずかしかった。顔が真っ赤に染まっている事が、彼にバレないよう願う。

 昨日存在を知ったばかりの相手にこんなにも動揺している自分を、叱り飛ばしたい気分だ。

 玉ねぎを手に取って、むしる様に皮を剥く。


「……あ」


 と、そこで、喜助に言わねばならない事があったのを思い出す。

 慌てて振り返ると、喜助はちょうど台所を出て行こうとしているところだった。


「喜助さん!」

「ん?」


 喜助が足を止めてこちらを振り返る。

 咲希は一旦包丁と玉ねぎを置いて、彼に駆け寄った。


「あの、朝言ってた事なんですけど」

「朝?」


 喜助が眉間に皺を寄せる。

 自分で言ったくせに、忘れてしまったのだろうか。


「ほら、良い匂いだとか言ってくる奴には気を付けろ、とか言ってたじゃないですか」

「……ああ」


 喜助はしばらく視線をさ迷わせていたが、思い出したのか不意にポンと手を打った。


「言ったな。言った言った」

「…………」


 何とも頼りない。咲希は思わず胡散臭いものを見る様な目で喜助を見てしまう。

 朝早く起こしに来てまで言ってきた事なので、相当重要な事なのだろうと思っていたのだが、彼の態度を見ている限り、ただ考えすぎなだけな気がしてきた。

 咲希は疑心を抱きながらも、一応、報告だけはしておく事にする。


「それでですね。今日、それ、学校で言われたんですけど」

「はっ?」


 言った途端、喜助がギョッと目を剥いた。昨日から見た中で、一番大きく表情が動く。

 予想外に大袈裟に反応され、逆に咲希が驚いた。

 喜助はすぐに真面目な顔になると、勢い良く咲希の両肩を掴んでくる。


「ひょわっ!?」


 ドクンと、咲希の心臓が大きく跳ねる。

 喜助の真面目な顔が異常に格好良いのと、再び彼との距離が近くなった事に、顔が一気に熱くなった。

 真正面から顔を覗き込まれ、咲希は喜助から顔を反らす。とんでもなく恥ずかしいのは何故だろう。


「何て言われた」

「え、」

「何て言われたんだ」


 喜助はどこか焦ったような声音で確認してきた。

 咲希は心臓をドキドキ、頭をグルグルさせながら、大神の言った台詞を思い出す。


「えーと、良い匂いがする、美味そうな匂いだ、って」


 そう、確かに、そう言われた。

 ついでに、それを言われた後、気付くと大神がこちらを見ていた事も思い出した。

 あれは辛かった。大神の視線が気になって動きは固くなるし、それを友人たちに不審そうな目で見られた。感じた精神的疲労は物凄い。


「……あー……」


 喜助は咲希の肩から手を離すと、頭痛がすると言った風に額を押さえた。ついでに、大きなため息まで吐く。

 これは一体、どう言った反応なのだろう。疲れたと言うか、勘弁してくれとでも言いたげと言うか、そんな感じだろうか。

 どうでも良いことなのだが、ため息がめちゃめちゃ艶っぽかった。


「あの、喜助さん?」


 絶望している、と言っても過言ではない喜助の様子に、思わず不安げな声が出る。


「……相手は誰だ」

「え、隣の席の男の子」

「隣……」


 はぁー、と喜助は再度大きなため息を吐く。

 悩ましげな表情がこれまた色っぽい。不謹慎かも知れないが、咲希の拍動が速くなる。

 たかがため息に、何故そこまで色気を発する事が出来るのか謎だ。その色気を、少しで良いので分けて欲しい。


「……相手、名前は」

「えーと、大神 (スグル)君」


 多分、フルネームはこれで合っているはずだ。入学して一週間の間は、クラスメイトの名前を覚える事に無駄に全力を注いでいたので、間違っていないと思う。

 咲希の答えに、喜助は考え込む様に顎に手を当てた。何か思い当たる節でもあったのだろうか。

 数秒黙り込むと、彼はすぐに何かを否定する様に首を振る。


「………………いや、ねぇだろ」

「はい?何がですか?」


 ボソッとした喜助の呟きに、咲希は首を傾げた。

 話が全くもって見えてこない。一体何を否定したのか。

 結局、彼が注意してきた理由も、まだ良く判らないままだ。


「夕飯の後に説明してやる」


 喜助はそれだけ言うと、またため息を吐きながら、何だか沈んだ様子で台所を出ていってしまった。


「……?」


 一体、何だと言うのだろうか。

 謎だけ残して去って行った喜助に首を傾げながら、咲希は再び夕飯の準備に取り掛かった。

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