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座敷親父  作者: 成宮カナタ
第壱章
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第肆話:席替えに気を付けろ

 ちょんちょんと、何かが肩に触れる感覚で咲希は目を覚ます。


「んー……」


 ぐずる様な声が口から漏れた。まだもう少しだけ眠っていたい。

 再び、ちょんちょんと肩に何かが当たった。


「おい、起きろ」


 どうやら、誰かが起こしに来たらしい。寝起きでぼんやりしている咲希の耳に、呼び掛ける声が入る。

 朝日が目に滲みて、なかなか目を開けられない。薄く開けては瞬きを繰り返した。


「……もうちょっと」


 却下される事は判っているのに、ついそう言ってしまう。

 咲希は寝返りをうって身体を丸めた。


「……面倒臭ぇな」


 ぼそりと呟く声が聞こえる。

 その声に、寝惚けた頭で疑問を抱いた。誰だ。男の声だが、毅のものではない。

 微妙に嫌な予感がして、咲希はハッキリと目を覚ました。


「──起床」

「のわぁッ!?」


 自力で身を起こす前に、何かに操られる様に身体が勝手に跳ね起きる。

 勢い良く横を向くと、予想通り、至極億劫そうな顔をした和服姿の喜助が、咲希に言霊の方向指定をした体制のまま立っていた。


「何してんですか!」

「生きてる……待て、枕を掴むな」


 咲希が枕を投げようとガッと鷲掴みすると、喜助は降参する様に両手を上げて見せる。無表情なせいで、反省している気配が微塵も感じられない。

 投げつけるのは止めたが、枕は掴んだまま咲希は喜助を睨み付ける。


「女の子が寝てるところに、入って来ないで下さい」

「何だ、別に襲わねぇから安心し、ぶっ」


 喜助の顔面に、容赦なく、思い切り、全力で枕を投げ付けた。

 衝撃で喜助が若干ふらつく。ボトリと、彼の顔面を直撃した枕が畳の上に落ちた。


「誰もそんな事言ってません!!」

「地味に痛ぇなオイ……何だ、そう言う意味じゃねぇのか」

「違います!この変態オヤジ!!」


 微妙に赤くなった鼻を押さえて、意外そうに言ってのける喜助を罵倒する。

 鼻が高いから、より衝撃を食らったのだろう。そう考えると、何だか妙にイラッとした。くそ、この美人オヤジめ。


「寝起きの姿なんて、男性に見られたくないんです!悟って下さいよバカ!」

「何だ、恥ずかしいのか?」


 咲希の言葉に、喜助は楽しそうにニヤッ、と笑うと、隣にしゃがみ顔を覗き込んでくる。

 羞恥心からか何なのか、瞬間的に顔がカッと熱くなった。喜助との距離が近い。

 ヨダレを垂らしていないかとか、目やには着いていないかとか、寝癖はどうだとか、色々な事が瞬時に頭を駆け巡った。気になるけれど、確認する術はない。


「真っ赤だぞ」

「~~ッ」


 もう一度枕を叩き付けてやろうかと思ったが、枕は喜助の後ろに落ちている。手を伸ばそうとすれば、より彼に近付く事になってしまう。

 しかし、何もしないのも悔しい。喜助のニヤニヤ顔が無性に腹立たしかった。


「そう睨むなって。怖くねぇぞ」

「ッ、」


 半ば反射的に、咲希は喜助の服を掴む。そのまま、距離の近さを利用して、思い切り頭突きしてやった。

 ゴッ、と鈍い音がする。実行した咲希自身も、物凄く痛かった。


「ッてぇな!ってお前も痛そうにしてんじゃねぇよ」

「うるさいですよ……!」


 じんじん、ヒリヒリする額を押さえてひたすら悶える。痛みで目尻に涙が浮かんできた。攻撃方法に頭突きをチョイスした咲希本人の自業自得なので、どうしようもない。

 痛みが和らいできた頃に、涙目のまま睨み付ける様に喜助を見ると、痛そうに顔を歪めて額を擦っていた。


「喜助さん、起こしてくれた事にはお礼言いますけど、着替えたいので出てって下さい」


 さぁ出ていけとでも言うように、廊下に出る襖を指差す。

 寝起きの姿を、これ以上異性に晒していたくない。本当なら、今すぐにでも姿見の前へダッシュしたいくらいだ。しかし、彼の見ている前で身支度を整えるのは嫌だ。恥ずかしいなんてもんじゃない。

 すると、何故か喜助にため息を吐かれた。


「待て、俺はただお前を起こしに来た訳じゃねぇぞ」

「……何しに来たんですか」


 警戒心を丸出しにして、何かあったらすぐに立ち上がれるよう、身体を支える腕と足に力を込める。

 部屋でも荒らしに来たのだろうか。わざわざ咲希を起こしてから行動に移ろうとするあたり、タチが悪い。


「そう警戒すんなよ。少し注意しに来ただけだ」

「は?注意…?」


 咲希は思わず眉を寄せる。

 昨日初めて認知した様な相手に、もう注意されてしまう何かをしただろうか。多分、してないと思う。もしかしたら、咲希がまだ喜助を認知出来ていない時に何かやらかしたのかもしれないが。

 喜助は「そうだ」と頷いて立ち上がった。見上げる形になり、正直首が痛い。


「いいか?『良い匂い』とか『美味しそう』だとか言ってくる奴がいたら、なるべく関わるな」


 上司が部下に命令する様な、と言うより、親が子供に言い聞かせる様な言い方だった。


「いや、言われずともそんな変態とは関わりたくありませんが」

「あー、まぁ、変態もそうなんだが……んー……ま、良いか」

「今、絶対何かの説明を放棄しましたよね」


 良いかって何だ。何が良いんだ。何かあるのなら、ちゃんと説明して欲しい。

 喜助は無表情で「あー……」とか面倒臭そうな声を上げながら、首の後ろを掻いた。


「まぁ、後々説明してやるから」

「……そうですか」


 正直、本当に説明してくれる気があるのかどうかは怪しい。全く信用出来ないが、一先ず頷いておいた。

 言いたい事を言い終えたのか、喜助はくるりと踵を返す。


「じゃあな。俺は寝る」


 ヒラヒラと後ろ手に手を振りながら、彼は部屋を出て行った。

 堂堂と二度寝宣言をして行ったあたりが羨ましい。出来る事なら、咲希だって二度寝したかった。

 咲希は枕元、いや枕は先程投げ付けたせいで定位置にはないのだが、いつもの位置的には枕元に置いてある携帯を確認した。アラームはまだ鳴っていない。普段起きる時間より、数分だけ早かった。

 アラーム機能を切り、立ち上がって大きく伸びをする。

 まさか喜助が起こしに来るとは思っていなかった。彼のせいで、朝から疲れてしまった。

 ふぅ、と軽く息を吐き、布団を押し入れに片付ける。手早く制服に着替えて、姿見の前に立った。目立った寝癖はないし、ヨダレの後もない。目やにもなかったので、心底ホッとした。

 障子とガラス戸を開け、朝の空気を部屋に入れる。

 空はよく晴れてはいるが、雲の姿は結構ある。快晴とまではいかない様だ。

 咲希はもう一度大きく伸びをしてから、部屋を出る。朝食を食べて、学校へ行かなくてはならない。

 昨日の座敷童子 (オッサン)登場からの、唯一いつも通りな事に、咲希は若干感動した。





 * * * *





「席替えするぞ」


 LHRの時間、咲希の担任である永田は教室に入って来るなり、笑顔でそう告げた。

突然だ。本当に、何の前触れもなかった。

 しかし、生徒にとって席替えは娯楽の一種だ。大半が嬉しそうな声をあげ、教室内が一気に騒がしくなる。

 咲希も、かなり嬉しい。どこの席になるのか、隣には誰がくるのか、考えるだけでワクワクする。


「やった!ねぇ愛莉あいり、席替えだって!」


 前の席に座る友人の背中を、ツンツンとつつきながら話しかけた。

 愛莉が振り返る。彼女の垂れ気味な目が、嬉しそうに細まっていた。


「うん、お別れだな咲希!」

「オイそこ何でちょっと嬉しそうなんじゃい!」

「次は離れてると良いな!」

「泣くぞコラァ!!」


 愛莉の散々な物言いに、咲希は机をバシバシと叩きながら抗議する。

 本気ではない事は分かっているが、どうしてこう、扱いが雑なのか。

 入学して一ヶ月くらいしか経っていないと言うのに、もういじられキャラになってきたとでも言うのだろうか。何たる事。


「よーし、お前ら、クジを引け!」


 永田は教卓の上にドンッと筆立ての様な物を置いた。

 ペットボトルの下半分を切り取って、色テープでぐるぐる巻きにした様なそれには、大量の割り箸が入っている。

 おそらく、あの割り箸がクジになっているのだろう。このクラスの生徒数である三十二までの数字を、ちまちまと割り箸に書いている永田の姿を想像し、咲希は吹き出しそうになる。


「いいかー、クジを引いたらこの紙で席の位置を確認しろ」


 永田はA4サイズの紙に生徒の視線を集める様にぴらぴら振ると、それをクジの横に置く。


「いいか、引いたクジは戻すなよ。よし、並べ!早い者勝ちだ!」


 永田の声を合図に、生徒たちが一斉に立ち上がり、教卓の前に並び出す。

 咲希もわくわくしながらその列に加わった。微妙に出遅れたせいで、前には既に結構な数の人が並んでいる。


「どこになるかな?」

「一番前は絶対嫌!」

「近くなるといいねー」


 列の至るところから、そんな会話が聞こえてくる。

 クジを引き終えた人は、席の位置を確認して「あ、窓際」だの「ゲッ!前!」だのと、各々の感想を呟きながら今の自分の席へ帰って行く。

 咲希が引く番になり、逸る気持ちを抑えながら割り箸を一本引いた。

 書いてある番号は、十三。紙で位置を確認すると、中央の列の一番後ろだった。


「お、やった」


 なかなか良い位置だ。真ん中の列と言うのが何だか微妙だが、一番後ろなのは良い。

 引いた割り箸をペットボトル筆立ての横に置き、自分の席へ戻って全員がクジを引き終わるのを待つ。


「咲希、席、どこになった?」


 クジを引き終え戻って来た愛莉が、何かを期待している様なそう顔で尋ねてきた。

 咲希は「あそこ」とクジで引き当てた場所を指差す。


「え、一番後ろ?良いなー」

「はっはー、良いだろ。愛莉は?どこ?」

「私、そこ」


 愛莉は廊下側の列の後ろから二番目あたりを指差した。

 咲希からは近い様な遠い様な、微妙な位置だ。


「まぁ、そんなに離れてないね」

「チッ」

「舌打ちした!?ねぇ、今舌打ちしただろ貴様!」

「よーし、お前ら移動しろー!」


 愛莉に文句を言っていると、永田がそう声を張り上げた。どうやら全員クジを引き終えた様だ。

 咲希は愛莉にブーイングをしながら、ガタガタと席を動かす。愛莉には鼻で笑われた。物凄く腹立たしい。

 大体の人が新しい位置に移動が終わり、周りに仲の良い子がいて歓喜する声などが聞こえてくる。

 それを「良いなぁ」とおもいながら、咲希は隣の人を確認した。

 ツンツンとした、固そうな髪が目に入る。


「あ、大神くん」

「お、時久トキヒサ。よろしく!」


 彼は、にぱっと笑いながら咲希に向かって手を上げる。咲希も「こちらこそ」と笑顔を返しながら席へ座った。

 勝手ながらに、咲希は大神の髪質にシンパシーを感じている。彼は咲希よりも固そうな、獣の様な髪だ。一度ついた寝癖を直すのは、さぞ大変であろう。

 大神は、髪に加えて黒目がちなつり目や八重歯も相まって、どこか獣っぽい印象を抱かせる男子だ。

 ただ、意外に人懐っこい。咲希はまだ彼と数回話した事がある程度だが、その時、よそよそしさは全く感じられなかった。何だか、ペットの犬の様なのだ。本人には絶対言えないが。

 入学式から最初の一週間くらいは、近付くと噛み付きそうな雰囲気を放っていたのに、どういう心境の変化があったのだろう、と咲希は常々思う。


「……ん」


 不意に、大神が鼻をヒクヒクと動かした。

 犬だ。犬にしか見えない。

 咲希はそれを見て、吹き出しそうになるのを必死に堪えた。

 ふんふんと、匂いを嗅ぎ回る犬の様に鼻を動かしながら、大神は徐々に咲希へと近付いてくる。

 このままでは、自分の匂いも嗅がれる。本能的にそう悟った咲希は、若干椅子を後ろへ引いた。

 が、その途端に両腕をガシッと掴まれ、動きを封じられる。


「えっ!?ちょっ、何っ!?」


 大神の押さえる力が意外と強く、暴れる事もままならない。


「!」


 咲希の腕をガッチリ掴んだ大神は、何に驚いたのか一瞬目を見開いた。驚いたのはこっちの方だ。

 大神は「へぇ……」と呟くと、予想通りそのまま咲希の胸あたりに顔を近付け、ふんふんと匂いを嗅いできた。

 匂いを嗅がれている事、大神が近い事、そのどちらもが恥ずかしくて、咲希の頬は自然と熱くなる。


「やっ、あのっ、ちょっ、大神くん、放して……!」


 抵抗しようともがくが、大神はものともせず鼻を動かしていた。

 ひとしきり嗅いで気がすんだのか、彼はパッと咲希の腕を放して離れた。

 咲希が心底ほっとしていると、大神はニヤリと笑う。


「お前、良い匂いするな」


 吹き出しそうになった。


 朝に言われた、喜助の台詞が頭の中に蘇る。



『いいか?「良い匂い」とか「美味しそう」だとか言ってくる奴がいたら、なるべく関わるな』



 いたよ!マジで!と、咲希は心の中で叫んだ。

 まさか、本当に言われる事になろうとは、思ってもみなかった。

 困惑する咲希に、大神はさらに言葉を続ける。


「美味そうな匂いだ。それに……」



 ──はい、完全アウトー!



 咲希の脳内で、サッカーの審判の様な格好をした人が、ピーッと笛を吹きながらレッドカードを掲げている。

 何て事だ。喜助の言う条件に、とてつもなく当てはまってしまう人がいるとは。

 咲希は思わず苦笑いを浮かべる。

 しかし、困った。

 喜助には、そう言った人物とあまり関わるなと言われたが、隣の席の人と関わらずにいるのは結構難しい。

 しかも、大神は気軽に話しかけてくるタイプの人物だ。難易度はかなり高い。

 咲希は身体を前に向け、チラリと横目に大神を見る。

 見ない方が、良かったかも知れない。大神は、咲希を見て舌なめずりをしていらっしゃった。

 咲希は勢い良く大神から視線を反らす。

 先程大神の言いかけた、「それに」の続きが微妙に気になるが、とても聞ける雰囲気ではない。

 咲希の中で、一気に大神危ない人疑惑が浮上した。今までは、気さくな良い人だと思っていたのに、この数分で大神に対するイメージがガラリと変わってしまった。

 喜助に、相談した方が良いのだろうか。

 咲希は微妙に悩む。正直、まだあまり喜助のことを信用しきれていないのだが、そもそも彼に忠告されたのだから、彼に相談するのが妥当だろう。

 それに、喜助は「この注意には理由がある」的な事を言っていた。それも聞きたい。

 再度、チラリと大神に視線を向けてみる。

 大神は相変わらず妖しい笑みを浮かべながら、穴が空きそうな程に咲希を見つめてきていた。

 視線が痛いとは、この事だ。咲希はサッと視線を反らす。ついでに、大神がもはや視界に入らない様に、若干大神と反対側に顔を背けた。


「おーし、明日からは暫くその席だからなー。間違えんなよー!ちなみに、次の席替えは俺の気が向いた時だ」


 ──何だと!?

 永田の台詞に、咲希は我が耳を疑った。

 永田の気が向いた時と言う事は、ずっとこの席のままと言う可能性もあると言う事だ。

 割とすぐに席替えをする可能性もなくはないが、あまり希望は持てない気がする。

 咲希は懸命に大神を視界に入れない様にしながら、帰ったらすぐに喜助に相談しようと決めた。

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