⑥
しんとした城の一室に、男と女がいた。
若い女性と、初老の男性だ。
燭台の明かりが男に影を持たせ、月明かりが女に無垢なる権威を与えていた。
古美術品がひしめき、真紅の絨毯が重厚な空気を作り出す広い私室。
女は静かな笑みを浮かべて、長い時間渋面を浮かべている初老の男に言い放った。
「あの子が事を急ぐように催促してきたわ」
男は予測していたのか、焦ることなく頷いたが、次の言葉には溜息も混じっていた。
「たしかに、あのお方が国を追われてから、三年が経っています。行動に移すのなら、今でしょうが……。貴方は、国王に戦いを挑むおつもりですか?」
「貴方もそれを望んでいるのでしょう?」
「今よりも、現状が改善されるのなら、それもやむなしでしょう。しかし、それは最後の手段であるべきだと思います」
「分かっているわ」
女は男の肩を軽く叩いた。うつむいた男は、今の女よりも小さい。
「私も正直なところ、現国王に関しては未知数なの。この体の記憶が断片的に流れこんでくる程度だわ」
女は、部屋の奥に向かって音もなく歩く。
壁の前に置かれていた女神ヴァールを象った石像をどかせた。
ヴァールは、十代の若々しい娘として描かれることが多い。
このヴァールも、その通りに彫りこまれていた。
下が小さな車輪になっているので、簡単に動く。像がなくなった場所には、鋼の扉が出現していた。
「やっぱり無理はいけないわね。少し喋っただけで疲れてしまう。今晩は休むわ」
女はそう言い残すと、椅子にかけてあった紫の肩掛けを羽織って、暗い扉の奥に消えていった。
初老の男は、女が先ほどまでいた位置に立つ。空気が冷たかった。
夜空にある白い月の光が、一人たたずむ男の横顔を、ひっそりと照らしていた。