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ラストウィザード  作者: 森戸玲有
第1章
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 ……一体、自分は何をやっているのだろう。

 エリーは剣の(つか)に手を置きながら、柄の悪い二人の男と対峙していた。 純白の神女(みこ)服を身につけた女性は、エリーの外套をしっかりと掴んでいる。


 ――密命を授かり、王都を出て、南西の方角に一週間。


 徒歩では二週間かかる道程を、馬を飛ばしてようやくたどり着いた。

 サンセクトの町……。

 エリーにとって、初めて訪れる町で、まさかいきなりぶつかった女性に助けを求められるなんて、夢にも思っていなかった。しかし、巻き込まれたとはいえ、エリーにも騎士としての誇りがある。

 かよわい女性を助けるのもエリーの役目だ。大きく息を吸いこむと、エリーは眼光鋭く男たちを睨みつけた。


「何の騒ぎだ?」

「女を渡してもらおうか。騒ぎはごめんなんでね。大人しく渡してくれれば、あんたには危害を加えない」


 中年のヒゲ男が、(はや)る若い男を制してエリーに言う。

 エリーだって目立つのは嫌だった。一応、国王から直々の命令を授けられている身の上だ。こんな所で派手に乱闘騒ぎを起こして有名になるつもりはない。

 しかし、ここで脅えている女性を、騎士として見捨てるわけにはいかなかった。


「渡したら、この女性をどうするつもりだ?」


 エリーは、男たちが手にしている短剣に目を向けた。


「女性一人相手に、随分と手荒じゃないか?」

「この女が金を……」

「だから、ごめんなさいって、何度も謝ってるじゃないの!」


 エリーの背後から、意外に強気な声がした。


「借りたお金は必ずお返ししますから、少しだけ待って欲しいって言ってるだけなのに、どうして私にそんな物騒な(もの)を突きつけてくるの?」

「はあ。借りただと? 綺麗な顔して何言ってるんだ。お前は……」


 若い男の呆れた言葉を遮って、女性が叫ぶ。


「私が悪いのは分かっています! でも、今はお金がないんです。あと少し経ったらまとまったお金が手に入りますから、……ですから!」


 エリーは盛大に溜息をついた。


「金貸し業も大変だと思うが、返済に関しては両者できちんと話し合う必要があるのではないか? 無抵抗の女性を二人がかりで追い回すなんて、男として情けないだろう?」

「うるせえな。女、女って言うけど、あんただって、女みたいな面してるじゃねえか?」

「何だと?」

「女を渡してもらおう」


 男たちは示し合わせたように、二手に別れて、エリーの後ろへ同時に手を伸ばした。

 エリーは慌てずに、まず短剣を突き出してきた若い男の足を引っ掛けて転ばせると、それから中年の男に肘鉄を食らわせ、尻餅をつかせた。

 中年男の伸びた顎ヒゲの前で剣を止めると、男は脅えきった顔でエリーを見上げていた。


「部下の教育はきちんとするものだな。騎士に対して侮辱的な言葉を吐くなんて、身の程知らずもいいところだ」

「くそっ」


 がたいの良い中年男は体を小さくして、両手をあげた。エリーは冷徹な笑みを浮かべて、剣をおろす。

 女みたいだと言われたことが気に入らなかった。女にさえ生まれなければ、こんな町に来ることもなく、エリーは今頃意気揚々と近衛騎士団に入団していたのだ。


「じゃあ、行け。彼女が悪いということは俺も知っている。後日きちんと金は返すように説得する」


 ようやく立ち上がった若い男が渋々頷いて、中年男を抱えて去っていく。

 エリーはほっと一息をついて振り返った。


「今日のところは大丈夫だろう」

「本当にありがとうございました」


 女性は深々と頭を下げていたが、やがてゆっくりと顔を上げた。


 ――うわっ。

 エリーは驚きで、しばらく言葉を失った。

 絶世の美女だった。

 背中まで伸びた金髪に、宝石のように輝く碧色の瞳。神の奇跡と称したいほど、無駄のない部品で作られた女性には、ゆったりとした純白の神衣がおそろしいくらい似合っていた。

 本当に同じ人間だろうか……。

 もしも、エリーが男だったのなら、彼女の色気にどうにかなってしまっていたかもしれない。

 完璧な容姿に圧倒されながらも、ようやくエリーは剣を鞘に戻して、女性と向き合った。


「礼には及ばない。しかし、何だってあんな奴らから金を借りたんだ? 大体、神女(みこ)が一人で旅に出るっていうのも不自然な話だろう。見たところ、供もいないようだし」


 エリーは一度だけ、大神殿に行ったことがある。祭祀の護衛に関しての簡単な打ち合わせだったのだが、団長から神に仕える神女に失礼がないように、一通りの説明は受けた。

 簡単なことしか教えられなかったが、神女の服装くらいなら分かる。


「君の、その白い服は、ヴァール神に仕える神官のものだ」

「別に私は神殿勤めをしているわけではないですよ。『魔術』、今風に言うのなら、『神の奇跡』を勉強しているんです」


 女神のような容姿に、癖のない笑顔を乗せて女性は言う。こんなにも感情豊かな神女(みこ)もいるとは、正直エリーも知らなかった。


「しかし、結局のところ魔女が魔術を勉強しているっていう話だろう?」

「まあ……、そういうことになりますね」


 今でこそ、ヴァールは「神」として崇められ、国民のほとんどが信仰している女神であるが、その昔は、激しい気性から「邪神」として扱われ、信仰者は国から迫害を受けていたらしい。

 現代の選り分けとしては、近代に構築された術を「神の奇跡」、それを実行する人間を「神女(みこ)」、「神官」と呼び、古い時代から伝わる術を「魔術」、古の術の継承者を「魔女」、「魔術師」と呼ぶ。つまり、彼女は「神女(みこ)」でもあるが、「魔女」でもあるのだ。


 エリーは、国王の密命を思い出しながら、目の前の女性に尋ねた。


「……で、君が魔女であることと、あんな奴らから金を借りたことと何の関係があるんだ?」

「この町に来る前に追いはぎにあって、お金は殆ど持って行かれてしまったんです」

「そりゃあ、また何て罰当たりな……」


 仮にも神女を襲うなんてどんなヤツだろうと、エリーは腹が立った。


「連れが故郷からお金を持って来てくれると言うので、私はこの町で待っていることにしたんです。だけど、一週間経っても、連れは戻って来なくて……。滞在費も尽きてしまったので、もうどうしようもなくて」

「いくら借りたんだ?」

「ほんの少しです。連れが戻ってくれば返せる額ですよ」


 エリーは、やっとまともに見ることが出来るようになった女性の顔から、全身を見下ろす。――と、広口の袖からすらっと伸びている白い腕が目に止まった。

 袖口に施されている金色の刺繍のせいではない。

 ――腕輪(ブレスレット)だ。

 黄金の腕輪(ブレスレット)が夕陽の中できらきらと光っていた。


「その……、腕に光っているのは、もしかしてマスターのクロス?」

「まさか、ご存知なのですか?」


 女性は驚いた様子で、袖をめくりあげた。

 露わになった金の腕輪(ブレスレット)を、エリーによく見えるように掲げる。


「魔術を深く研究している人間以外は、あまり知らないと思っていたのですが、マスター資格までご存知だなんて、すごい騎士さまですね」


 エリーだって、知らなかった。フェルディンに説明されるまでは、魔女の世界のことなどこれっぽっちも興味がなかった。


「マスター資格のクロスを持っている魔女っていうのは、グローリア(しん)(とう)協会(きょうかい)が『弟子を持っても良い』と許可した存在だって。試験も難しいって聞いたけど?」

「ああ、でも、私は治癒魔術専門で、やっと資格を頂いただけなんで」


 治癒専門? 

 そこまで詳しい「魔女」の説明は、フェルディンの口からはなかった。

 しかし、彼女が腕にしている金のクロスが本当に「マスター資格」で、彼女が「一流の魔女」であるのなら、エリーはまだこの女性と、ここで別れるわけにはいかない。


 ――いや、……いかなくなってしまった。


「一番、肝心なことを聞いてなかったね。俺はエリオット=クラウディア。君は?」


 暗くなってきた町に、少しだけ陰影を宿した女性の艶やかな笑顔がある。

 エリーは信心なんてものをまったく持っていなかった。

 だからこそ、素直に女性の立ち居姿が「影」の部分を有しているヴァール神そのものに見えたのかもしれない。

 その名前はエリーにとって、雷撃に等しいものだった。


「私の名前はティル。……ティルと申します」

「えっ?」


 エリーは身震いをした。 


『魔女アイリーンと、魔術師ティルを陛下の御前に連れてくること』


 それが国王から下された密命の内容だった。


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