②
ミルディアの城。
普段ほとんど使用しない謁見の間の豪華な椅子には、黒髪の男が大きな体躯を窮屈そうにして、座っていた。
その姿はふてぶてしく、格好も貴族というよりは、今にも戦闘に旅立ってしまいそうな武人そのものだった。
……この男が反乱軍を率いて政権を奪い、玉座を勝ち取った男。
レヴィ=ウィラード。
本物なのだろうか?
スタンリーにはまだ信じられなかった。
「……国王陛下。こんなに近くにいらっしゃったとは、まったく気付きませんでした。数々のご無礼を、どうぞお許し下さい」
本心は許してもらうつもりなどなかった。
それでも、あえて非礼を詫びたのは、ウィラードがどう出るか、見極めたいだけだった。
……私は死罪か?
スタンリーはここ数日、アリスタに何が起こったのか知っている。
勝ち目などない。最初から分かっていたことだ。
ウィラードは、反乱に手を貸そうとしたスタンリーを許しはしないだろう。
ここでスタンリーを殺せば、今の政権に不平不満を持つ貴族たちにも良い見せしめになる。それで良いと、スタンリーは思っていた。
直接、ウィラードに面会できたことを幸運として、せめて国内の過酷な現状を伝えよう。それで、少しでもウィラードの心に変化を及ぼすことができたのなら、自分がやってきたことは無駄にはならないはずだ。
「陛下……?」
スタンリーはおずおずと顔を上げた。ウィラードの言葉が余りにも長く返って来ないからだった。
ウィラードはスタンリーを見ようとはせずに、砕けたアイリーンのクロスを掲げて、見つめていた。
……何をしているのだろうか?
「一年……、いや二年か?」
「はっ?」
スタンリーにとって、まったく予期してない一言だった。
今、ウィラードは何と言ったのか?
そこで初めてウィラードはスタンリーの方を向いた。
「あんたが名君として復活できるまでにかかる期間だ。サンセクトの住人は、当分あんたを恨むだろうが、あんたが懸命な町政をすれば、必ず認めてくれるだろう」
「何をおっしゃっているのか、私には皆目分かりません」
「そうだな。俺も回りくどいのは嫌いだ」
ウィラードは緋色の椅子から立ち上がると、スタンリーのもとにやってきた。目の高さが同じになる。
ウィラードは跪くと、スタンリーの傍らに事も無げにどっしりと座った。
「しばらくの間、統轄大臣は空位にする。あんたが復帰できると分かった時点であんたを据える予定だ。それまではあんたはミルディア領主の務めを大いに頑張ってほしい。そういうことだから、よろしく」
何が「よろしく」なのだろうか。理解が出来ないスタンリーは立ち上がった。
「わ、私が今回どのようなことをしたのか、陛下はご存知ではないのですか?」
「知ってるよ」
開き直ったかのようにウィラードは即答する。冗談にしても性質が悪かった。
「私は大臣と共に貴方を弑逆しようとしていたのですよ」
「そうみたいだな」
あっさりと肯定する。
ウィラードは欠伸をしながら、瑣末なことのように言い捨てた。
「しかし、あんたはそれをしない。サンセクトからここに来る途中、俺は何度あんたに隙を見せたか分からない。今だって、わざわざ護衛を下げてまで二人になっているっていうのに、あんたは俺を殺そうとしないじゃないか。……むしろ」
ウィラードはスタンリーの白い衣装を引っ張った。
「自分が死ぬ準備をしているようだな」
……その通りだった。
他の街は知らないが、ミルディアでは死出の衣には白色を用いる。
スタンリーの目的は、ウィラードにはお見通しだったのだ。
「ミルディアに沢山の難民が押し寄せているのは、俺の政治がまだ行き届いていないからだ。だが、まあそれも間もなく解消される。難民のほとんどは北部の貧しい村の住民だ。俺は彼らを故郷に帰すべく政策を取る。まず住む場所を提供することと、北部の地場産業を充実させること。その二点は間もなく準備が整う」
「――そんなことは知りません。聞いてもいない」
「統轄大臣があんたにそんなことを言うはずないだろう。あんたの善政は、むしろ他の領主の嫉妬の対象だったのさ。だから、他の領主もあんたが困窮していることを知りながら手を貸さなかった。――ひどい話だ」
「……それなら、陛下も同様だと思いますが? 私が謁見を申し込んでも一度も会おうとはして下さらなかった」
スタンリーは子供のような恨み言だと自嘲しながらも、言わずにはいられなかった。
「俺はあんたから相談を持ちかけられれば、あんたを助けてしまうだろう。それではいけなかったんだ」
「意味が分かりません」
ウィラードはスタンリーの機敏な対応に、相好を崩した。
……どうやら楽しんでいるようだ。
スタンリーにはこの男がさっぱり分からない。
「俺はいまだ前国王の影響力を引き摺ったままの王宮にいるんだ。俺があんたに肩入れしたら、あんたは俺を批判する貴族たちに潰される対象になっただろう。それはいけない。あんたは次代に必要な人材だからな」
「何を今更……」
「最初、あんたと統轄大臣が組んだと聞いた時は、俺は安堵したものだった。大臣の下にいれば、俺を煙たがっている貴族たちも、あんたには手が出せない。あんたと大臣が親密なその間に、俺は反旗を翻しそうな貴族を仲間に取り込んだり、追放したりする時間をもらった。……時期が来るのを待っていたんだ」
「私たちが反乱を起こすのを待っていたというのですか!?」
「もう少し早く止めても良かったんだが、アリスタの情勢がなかなかうまく運ばなくてな」
スタンリーは一気に脱力した。何をどういうふうに考えれば良いのか分からなかった。
「ジュリア=スタンリーのことはよく知っている。俺の直属の部下ではなかったが、彼女は優れた看護兵だった。本当は剣で参戦したかったようだけど、この国の宗教観でそれはまだ出来なかった。だが、それで彼女は落ち込むことはなく、魔術を覚えようと必死になっていた。色々と鋭い助言をしてくれた、頭の回転の早い女性だったよ」
「娘のことを取り上げて、私を引き入れるおつもりですか?」
……まあ、そういうことだな、とウィラードはさっさと認めた。
どう対応して良いのか分からない。
スタンリーが今まで会ってきたどの人物とも、この男は違っている。
「あんたはこれで死ねば、ジュリアのもとに逝けるのだと思っているんだろうが、実は俺もそんなことを思っていたんだ」
スタンリーは、ウィラードの手中に抱かれた金のクロスに目を落とした。
ウィラードは少しだけ黒い瞳を細めて、微笑む。
演技とは思えなかった。
「俺はいつ死んだって構わないと思っていた。でも、やっぱりそういう訳にはいかないらしい。……今回の件で思い出したよ」
「何をですか……?」
「――お前の目指すところに私はいる」
ウィラードは颯爽と立ち上がると、大きな声でそう言った。
「アイリーンの遺言さ。そうアイツは俺に言ったんだ。酷なことを言うだろう。だから、俺は常に理想を目指さないといけない。そうしないとアイツには会えないらしい。笑えるだろう?」
ウィラードは本当に自分で笑っていた。
「たったそれだけのために、俺は国王をやっているのさ。情けないと自分でも思っている。でも、あんたはそういう人間の方が好ましいんだと、自惚れたいんだ。いけないか?」
スタンリーは目を見開いて、ウィラードをまじまじと眺めた。
大人と子供の中間にあるような澄んだ瞳をしていた。
本当に馬鹿げていると思う。情に訴えるなんて、子供で思いつくような幼稚な説得方法だ。それで国王などやっていけるのだろうか。
しかし、同時にスタンリーは、こんなことにも気が付いていた。
―――そういうのは嫌いではない。
「元々私は罪人です。命が欲しければ私に選択の余地などないのですよ。陛下」
精一杯虚勢を張った答えだった。
しかし、ウィラードにはスタンリーの真意が伝わったらしい。
躊躇なく大きな手を差し出してきた。
臣下に握手とは何を考えているのだろうか。だが、スタンリーは立ち上がってその手を握った。
微笑むしかなかった。逃れられない……と悟ったのだ。
本当は憤慨すべきところなのかもしれない。お前の手足になるくらいなら、死んでやると言う者もいるかもしれない。
しかし、スタンリーは不思議とこの男に憎しみが抱けないのだ。
それでは、仕方ない。流されてみるしかないだろう。
きっと、それが自分の運命なのだ。
「……さてと、次の問題だな」
問題というわりには、人の悪い笑顔を浮かべているウィラードに、スタンリーは何のことだか直ぐに察しがついた。
「エリオットくんをここに!」
手を叩いて人を呼ぶと、入れ替わるように男装の騎士エリオットが現れた。
「陛下! 領主!」
待ちきれないくらいに、気にしていたらしい。エリオットは、スタンリーの無事な様子を見てほっと息をついた。
「ティルはどうした?」
ウィラードは椅子にふんぞりかえって、肘掛けに頬杖をついていた。
エリオットはそんな主にも、律儀に膝を折って答える。
「ティル=フォーレストは行方不明です。途中まで一緒にいたのですが、いつの間にか消えてしまって……」
エリオットの声が沈んでいるのは、勘違いではないとスタンリーは気付いていた。
「君は今回の件で大変活躍した。その功績は、誰にも文句がつけようもないだろう。正式に近衛騎士団に配属……と、いきたいところなんだが……」
「……陛下?」
白々しい演技をするウィラードは、絶対ワザとやっているのだろう。
だが、エリオットは慇懃な姿勢で、ウィラードの言葉を受け止めていた。
……この娘は苦労するな。スタンリーは密かな同情を抱いていた。




