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ラストウィザード  作者: 森戸玲有
第5章
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 暁に向かって、ジルを乗せた馬車が消えて行く。

 それを見送るスタンリーの背後に、風のように家臣が現れた。


「幸い、負傷者は少なく済みましたし、城の修復もそんなに時間はかからないでしょう」

「……それは、良かった」


 スタンリーは、安堵の息を吐いた。

 城中は、無人の部屋が多い。

 本来、家臣は領主の城に詰めているものだが、スタンリーは戦後、詰めていた家臣を城下に住まわせることにしていた。

 今、常駐しているのは長年仕えてきた女中と、庭師くらいなものだ。だからこそ、この程度のことで済んだのだろう。


「分かった。お前は修復の指揮を執りなさい」

「御意」


 仰々しく頭を下げる家臣の白髪頭に一瞥くれながら、スタンリーは城の外に出て行った。

 坂の下は森になっている。

 朝日が綺麗なこの時間、森を散歩することがスタンリーの趣味だった。一人にして欲しいと、厳命しているので、いかに重臣でも追いかけて来ない。


 スタンリーは迷っていた。

 本当にこれで良いのかと、自問自答をする時間が必要だった。


「貴方を責めるつもりはない」


 ジルは笑いながらそう言った。

 ……到底、理解できるものではない。

 スタンリーはエリーを逃がそうとした。

 大臣の意向を無視したのだ。

 通常ならここで関係は断ち切られてしかるべきだ。正直死も覚悟していたとのに、大臣はスタンリーを罰しないと言うのだ。


「私は貴方の何なのでしょう?」


 スタンリーの質問に、当たり前のようにジルは答えた。


「――同志よ」


 笑ってしまう。目的も手段も異なっている二人が同志であるはずがない。

 現実的に考えて、ジルを筆頭にした勢力が今の新体制を覆すことは難しい。

 アリスタだって馬鹿ではない。基盤が整いつつある新体制を潰すような真似は、ユスティナの手前出来ないだろう。


 だから、スタンリーの目的はむしろ、この国の切実な現状を国王ウィラードに投げかけることにあった。

 娘のジュリアを甦らせるなんて、荒唐無稽な願いよりも、自分が娘のもとに行くほうが遥かに早いことを、スタンリーはとっくに気がついていたのだ。


 もっとも、ジルのやろうとしていることは理解しているし、その目的も間違っていない。

 理想論だとしても、それでうまくいくのならアリスタに賭けてみるのも悪くないと思っていた。


 スタンリーは、今まさに苦しんでいる民を放置しておくことができなかった。 平等に救いたいと思った。

 そのために、サンセクトの住民を苦しめる結果になったとしても……、やむを得ないことだと感じていた。


 ヴァール神を熱狂的に民が信仰するのは、国政が落ち着かないせいでもある。

 奇跡を待つことしか出来ない民は哀れだ。


 だが……、


 スタンリーはエリーに出会ってしまった。


 彼女に父はいない。

 戦争で失ったと言っていた。

 クラウディアという姓から察するに、生粋の貴族に違いない。


 古代から女神を信仰していたキアロ大陸では、国の名にも女神の名をつけている。ユスティナ、アリスタ、グローリアはすべて女神の名前である。

 他の国では、失われてしまったのかもしれないが、グローリアではいまだに姓に女神の名がつく貴族が圧倒的だ。


 もしも、時代が良かったのなら、深窓の令嬢として、苦労も知らず生きることが出来ただろうに、彼女は今騎士として戦っている。

 どんなに生まれた時代が過酷であっても、強く生きようとする前向きな意志を持った男装の騎士。

 誰かを恨むのではなく、ありのままに受け入れて、自分の生きる道を堂々と歩いている。

 難しい理屈をつけて、国王を嫌悪して、娘に心を囚われたままの自分とはまったく違う。

 あれが現国王ウィラードの持つ力の一部だとしたら、スタンリーは何かを見誤っていたのかもしれない。


 ……彼女は傷を負いながらも逃げたらしい。


 ならば、必ず大臣の前に立ち塞がるだろう。


 今回の「ヴァール祭」は表向きだ。実際は中立派をこちらに取り組むのが目的だった。その目的は概ね成功したし、反国王派は今頃軍備を整えているに違いない。

 大臣は即急に兵を挙げるつもりだ。

 まず、サンセクトにアイリーンを置き、アリスタの軍勢と合流させて王都を目指す。

 そして、自らは領地のイリカから反国王派と共に王都を制圧するつもりだ。

 国王は挟撃される。

 今から国王が戦の準備を始めたところでもう出遅れている。

 アリスタが動くのなら、敗北も有り得るかもしれない。


「私は、どうしたら……」


 スタンリーは城の前で、朝日に沈む自分の影をまじまじと見つめていた。

 ……そこに、


「このままで、良いのでしょうか?」


 まるでスタンリーの胸中を察したかのような透徹した声だった。

 導かれるように顔を上げる。


「君は?」


 いつの間にか、目の前の木陰に、アイリーンと同じ格好をした女性が柔和な笑顔と共に佇んでいた。体が透けている。

 しかし、腕に輝く金色の腕輪(ブレスレット)がスタンリーにこれが現実であることを告げた。


「魔女……、いや、神女(みこ)というべきか」


 女は静かに頷いた。


「ここに君の本体はない。思念を飛ばしている?」


 初めて目の当たりにしているが、そういう術があるということをスタンリーは知っていた。


「私の体は、サンセクトの山道を馬車で駆けている所ですよ」


 ――どうして?

 などとは聞く必要もなかった。スタンリーは女の言わんとしていることが分かっていた。


「貴方にお話したいことがあるんですが……」

「何……だね?」


 スタンリーは無防備な姿勢で女に近づいた。


 これから自分が起こそうとしている行動の「きっかけ」を、見つけたような気がした。


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