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ラストウィザード  作者: 森戸玲有
第4章
30/40


 深く寝入ったエリーに外套をかけてから、そっと馬車を軋ませ外に出る。

 静かにすることだけを心掛けていたティルに向かって、飛んできた一言は痛烈だった。


「やはり、アイリーンは死んだんだな」


 シザ山中の獣道。道なき道を突き進んでいた馬車が停車しているのは、鬱蒼とした藪の中だった。

その低木の下に陣取り、真っ先に眠っていたはずのウィラードが立ち上がって、ティルを見ている……らしい。

暗くてよくは見えないが……。


「や、やあ、御者さん」

「お前、国は広しと言えど、俺を御者として使った男は、お前くらいだと断言できるぞ」


 ティルが話をそらすと、ウィラードは律儀に乗ってきた。


「仮眠を取ってたんじゃないの?」

「男と女が二人きりで密室の中で会話をしているんだ。盗み聞きしない手はない」

「相変わらずだな。その性格」


 まとわりつく視線を無視して、魔術で手燭に火をつける。案の定目が合った。


「明かりなんて、つけなきゃ良かった」

「さて、はぐらかされるのは、そろそろ飽きてきた。質問にはしっかり答えるべきだぜ。ティル=フォーレスト。そうやって三年前もお前は曖昧なまま、俺の前から姿を消した」

「あ、あの時はまだアイリーンは生きていたから!」


 必死な形相で言い放つと、ウィラードは腕を組んだまま、不敵な笑みを浮かべていた。


「知ってる」

「……そんな」


 狼狽するティルとは対照的に、ウィラードは冷淡なくらい、穏やかに言った。


「お前は戦争が終結したその日に姿を消した。俺は追いかける気満々だった。何しろ、お前はアイリーンのことを、すべてが終わったら話すと約束していたからな。約束違反も甚だしいだろ」

「仕方なかったんだ。真っ先にアイリーンに戦勝を知らせてから、お前に伝える予定で」

「……で、お前が駆けつけた時には、息がなかったと……」

「どうして、アイリーンの死を知ったんだ? 看取ったのは私だ」

「死の直前、アイリーンが俺の所に来たからな」

「とうとうおかしくなったのか?」


 茶化しながらも、ティルはウィラードの言わんとしていることが分かってしまった。


「――まさか、術で……」

「いまわの際に頑張ったみたいだ。俺の所に来て遺言していったよ。お前を助けた後、アイリーンは意識不明の重体だった……、らしいな」

「意識はなくても、アイリーンは四年近く生きていたよ。お前に伝えなかったのは……、その、私の勝手だ」


 アイリーンが最期にそんな魔術を使っていたなんて知らなかったティルは、ここに来て少し落ち込んでいた。


 ……やはり、自分の判断は間違っていたんじゃないのか。


 いくらアイリーンが倒れる直前、弱った姿をウィラードに見られたくないと懇願したとしても、ウィラードに知らせるべきだったのだ。

 ……ただ、ティルはウィラードを落胆させることを怖れていただけだ。


「魔術は誰に習った? 大臣にはアイリーンが師匠だといっていたが、違うだろう?」

「アイリーンの師匠に習った」

「ふん。そういうことか……」


 ティルが溜息をついてうなだれると、ウィラードは声をあげて笑った。


「ざまあみろ。お前がそうとは知らずに、後ろめたさ一杯で俺を避けているから、つきあってやったんだぞ。三年もな。まあ、まさかその間にお前が女装の趣味を覚えて、変な方向に成長しているとは、密偵の報告を受けるまでは、信じられなかったが……」

「余計なお世話だ」

「だが、ここまでだ。ティル。『魔術使いは影であれ』っていう教訓はごもっともだが、魔術師が術を使えないんじゃ意味がない」

「お前、本当性格悪いな」


 ウィラードの洞察力に辟易しながら、ティルは襯衣(シャツ)胸衣嚢(ポケット)に入れていた首飾りを取り出した。中心部分の青い宝玉がひび割れているのが哀れだった。


「エリオット君を助けるのに使ったんだな。自然の力は、術を使う上で力になるからな」

「ああ、エリーにあげた首飾りだ。しかし、気分悪いな。魔術師でもないのに、何で私が術を使いきれていないことが分かった?」

「激しすぎなんだよ。エリオット君を救うには爆発の規模が大きすぎだ。制御が利かないからって、あんな爆発起こして……、城が吹っ飛んだら、いくら俺でもお前を庇えないぞ」


 ティルはまじまじと宝石に見入った。


「私もまさか、あそこまで大きな爆発になるとは思ってもいなかったんだ」


 ティルは城で起こした一連の騒動を思い返していた。追っ手を撒くのに魔術が咄嗟に使えなくて、エリーの首飾りを手にした。炎系の魔術を使ったのは確かだったが、庭全体に黒煙が上がって、視界が曇るほど、激しいものになってしまった。ウィラードが城の外で待っていなかったら、自分の魔術のせいで、余計に脱出に手間がかかったかもしれない。

 がっくりと肩を落とすと、ウィラードは弛緩しきっていた笑顔を引っ込めて、いつになく真摯な顔つきでティルを睨んでいた。


「何だよ?」

「――最悪ついでに宣言しておくが、俺は魔術も満足に使えない魔術師を、魔術師と認めるわけにはいかない」

「別にお前に認めてもらおうなんて、思ってないよ」

「――いつまでもお前を遊ばせてやるつもりはないって、言っているんだ、ティル。お前が魔術師であるのなら、俺にはその生き方を変えさせる方法はない。だが、お前が魔術師でなくなったとしたら、俺は一国民であるお前に命令する権限があるはずだ」

「何、それ?」

「一人で逃げようと思うなよ。俺一人貧乏くじ引いたみたいで最悪じゃないか。魔術師として使い物にならないなら、俺を手伝え。いいな。肩身の狭い思いを味わわせてやる」

「どこまで子供なんだ。お前は!」


 苦笑しながら突っ込むと、ウィラードは言いたい放題で満足したのか、左手に持っていた外套を羽織って、ティルに背中を向けた。


「それで、そんなことで、エリーを巻き込んだんだっていうのか?」

「彼女は騎士だ。彼女自身がそう言っているんだ。辞めさせるのは酷だろう」

「そうじゃなくて……」

「ティル、お前が逃げ続けているからいけないんだ。今回の件だって、彼女がいなかったらどうだった? お前は最後までこの一件に絡む覚悟があったのか? 俺が登場したことを幸いだと思って、手を引いたんじゃないのか?」

「そんなことは……」

「ないとは言わせないぞ、ティル。俺は三年間、お前が自主的に俺のもとにやって来るのを待っていたんだ。それなのに、お前は俺の所に来なかった。俺が捜さなければ一生お前は逃げ続けたのか? その答えは、お前自身が分かっているだろう」 

「しかし、彼女は関係ない」

「彼女はお前にない強さを持っている。彼女がいれば、お前は必ず前線に出て来ると思っていた。だって『まかせておけ』だなんて、今日日(きょうび)の男でも使えん台詞を、あっさりと使うんだからな。あー、くそっ。予想通りとはいえ、何か腹立つな」


 ウィラードは一人でそんなことを言って、勝手に悔しがっていた。

 だが、それを言うなら、ティルのほうが最低な気持ちのはずだ。

 確かにティルは、エリーが絡んでなかったら、これ以上この件に干渉しようとは思わなかっただろう。ウィラードがすべて気付いているのなら、自分は必要ない、そう感じて身をひいたかもしれない。元々アイリーンのクロスだって、手にしたら恋人だったウィラードに返すつもりでいた。

 しかしエリーは違う。こんな目に遭っても、ウィラードの役に立つように、これから先も力を使い続けるのだろう。本当、ウィラードに見事に利用されている感じだ。

 ……エリーも自分も。


「もういい。疲れた」


 どうでもよくなってきたティルは、緩やかに頭を振った。自慢の金髪は激しい魔術のせいで、ぐじゃぐじゃだし、責める気力もない。元々ティルの心の弱さから端を発しているのだから、ウィラードを責めるのは間違っているのだ。

「なあ、ティル」

「まだ何か用?」

「俺は神殿で、偽アイリーンを観賞したぞ」

「――知ってる」

「そうか」


 淡々とした会話。

 ティルはその時から知っていた。神殿の中でおかしな仮面を発見した時から、ウィラードが来ていることに気付いていたのだ。

 だから、何て言葉を掛ければ良いのか迷う。

 ティルはたどたどしく言葉を紡いだ。


「苦しかった……だろ」

「そうか?」


 驚くほど明るい声が返ってくる。


「俺にとっては、刺激的だったぜ。あの姿、あの声で俺を罵る愛しい恋人。怪しい趣味に目覚めそうなくらいにな」

「ウィラード……」


 どこまでが本気で嘘なのか、昔からいまいち分からないのがこの男の特徴だった。


「俺は俺の仕事に帰る。お前はお前の世界で仕事をしろよ。ティル」


 そう言い終わるや否や、ウィラードはそのまま鬱蒼とした闇の中に姿を消してしまった。抜かりないあの男のことだ。おそらく近くに迎えが来ているに違いない。


「励ましだったのか?」


 訳の分からない捨て台詞だった。

それも、さきほどティルがミルディアの城に入る時、エリーに投げかけた言葉と微妙に似せていて、嫌味な感じだった。

どうやら、国王なんて肩書きがウィラードを変えることはまったくないらしい。


 ティルはいよいよ本物のフェルディンの苦労を思い知ったような気がしていた。



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