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ラストウィザード  作者: 森戸玲有
第4章
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 ……しまった。

 エリーが自覚した時には、鼓動が早鐘のようになっていて、薄着をしているはずなのに、冷や汗がとめどなく流れていた。

 部屋を出る際に、気絶したスタンリーの様子に目がいってしまったせいだろうか、飛んでくる矢をうまく避けられなかった。それでも肩に少し掠った程度だったので、楽観していたのだが……。

 さすが、町長。どうやら、毒を矢の先端に塗りこめていたらしい。


「油断したな。騎士殿」

 

 背後で町長が嘲笑している。いつもなら軽口を叩く余裕くらいは、持っているエリーだったが、今は走ることで精一杯だった。町長とその手下二、三人ならば、うまく撒くことができると考えていた。

 しかし、そんなことはなかった。エリーが不審者だという情報はとっくに流れていたらしい。追っ手の人数がどんどん膨れ上がっている。

 せっかく手にしたアイリーンのクロスも隠し部屋の中で落としてしまい、事態は最悪の状況に進んでいた。こんなことなら、宴会場にでも逃げ込めばよかった。

 ひっそりと逃げるつもりでいたので、華やかな場所から余りにも離れすぎてしまった。外に出たものの、退路を確保するほどの元気がない。しかし、追っ手はエリーの体調など知りもせずに向かって来る。

 飛んでくる矢は、足元ばかりに落ちているので、生け捕りにしろという指示が出ているのだろうが、それでもエリーは、おめおめと捕まるわけにはいかなかった。

 低い生垣を飛んでひた走る。しかし、長い礼装(ドレス)が足に絡まって思うように走れない。


「ったく、女になんかなるんじゃなかった」


 心底後悔するエリーの瞳に、高い壁が飛び込んできた。どうやら、行き止まりらしい。

 とうとう、終わりか。何だかやけにすっきりとした気持ちで、エリーは片手にぶら下げていた短剣を両手で握って振り返った。


「さあ、相手は誰だ? お前か!」


 突然の逆襲に、たじろぐ追っ手の中へエリーは飛び込んで行った。

 エリーをただの女だと思って、侮っていたのだろう。屈強な男達は、次々とエリーの短剣と体術によって、赤子のように倒されていった。

 ……あと、三人。

 辛うじて動いている体を、エリーは引き摺り、走ろうとする。

 だが、重心がぐらっと傾いて、やがて目の前が真っ黒になった。


「――――あっ」


 エリーはそのままの速度で自分が突っ伏したことを、新たに擦りむいた腕の痛みで自覚した。おそるおそる、衛兵たちがエリーに近づいてくる。


「矢が掠ったんだ。毒が回っているんだろう」


 町長の下卑た声に、エリーは必死に四肢を動かそうとするが、どうにもならなかった。

 抵抗できない……。

 それを感じ取った男達は、エリーに向かって獰猛に走り寄ってくる。

 ……何たる失態だ。

 エリーは自分が情けなかった。

 もっと、何か方法があったはずだ。

 なのに、あまりにもエリーは無力だった。

 湿った芝生の草の匂いに、朦朧とする意識を辛うじて繋ぐ。気力だけで、落とした短剣の方へ指先を這わせていると、頭上にふわっと風が起こった。

 揺れる自分の黒髪を意識して、エリーは顔を上げた。やはり、ぼんやりとしか見えない。ただ、誰かがエリーの探していた剣を持っていることだけは分かった。


「見えないのか……」


 低いが、よくとおる優しい声音だった。

 ……男だ。

 それは分かる。だが、エリーにはまったく聞き覚えのない声だった。


「あんた誰だ?」

「そんなことより、脱出が優先だ」


 男はそう言うが早く、エリーの胸元にあった首飾りをはずした。


「何を?」

「いざというときの備えさ。宝石というのは、自然の力を引き出してくれる良いものだよ。たとえ偽物であったとしてもね」


 毒のせいだろうか。男の話す言葉の意味がエリーにはまったく分からなかった。

 しかし、次の瞬間の出来事だけは、エリーの消えそうな意識にも、鮮烈な色彩のまま飛び込んできた。

 男が石に向かって何事か小声で呟いた。

 ……その瞬間、エリーの視界は真っ赤に染まった。


「火薬……?」


 ――違う。


「……魔術」


 やっと、エリーは気がついた。


 ――もしかしてコイツ?


「あれ? ちょっとやりすぎた。――て、これはおおいに予想外な展開だな」


 疑問を口に出せないまま、エリーの意識は遠のいていった。


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