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ラストウィザード  作者: 森戸玲有
第4章
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「一月ぶりかしら? 陛下」


 一歩踏み出して、恭しく、ジルが頭を下げた。


「いえ。二月ぶりですよ。統轄大臣殿」


 皮肉っぽくウィラードがジルのことをそう呼ぶ。統轄大臣とは、フェルディン執務官並みに権威のある役職だった。

 全国の領主を管理する役職である。反乱の可能性もあるような領主たちを一手に任せるなんて、その人間を信頼していなければ授けることの出来ない仕事に違いない。


 ――だが、外交からは遠い。


 内政の管理者という役職は、外国に目を向けていた彼女には閑職に思えたのかもしれない。

……それにしたって。


「まさか、陛下が偽名でいらっしゃるとは思ってもいなかったので驚きましたわ」

「あれ、気付いていたんですか?」


 ウィラードは、外した仮面を振り回しながら、残念そうに眉を顰めた。


「フィルセ領主のご子息はもっと大柄ですわ。最初から、おかしいと思って注意していましたのよ。まさか陛下ご本人とは……思ってもいませんでしたが、中庭での舞踏(ダンス)を見物して確信しました。だから、ここで彼と話していれば、必ず現れると思っていたんです」

「なるほど、せっかく変装していたのに、目立ち過ぎたってわけか」

「馬鹿」


 せっかく間抜けな仮面で変装していても、無意味だったわけだ。


「そんなにお休みを取ってしまって、(まつりごと)は大丈夫なのですか?」

「ご心配には及びませんよ。実は今夜、俺は何者かに、命を狙われるらしくてね。どうせなら、直接犯人と思しき人の所で問い質してみるのも、面白いかなと思ったのです」

「……何をおっしゃっているのか、私には分かりませんわ」

「まあいいでしょう。どうせ証拠はないんですから」


 物騒な会話が社交辞令のように軽くかわされる。化かし合いの繰り返し。

ティルにとって馴染み深い、陰鬱な世界だった。


「やはり、思っていたより頭の回転の早い方だったみたいですね、陛下。正直、この三年、貴方の実力がまったく分からずに、私は常に出方を窺っていたような気はします」

「そんなことが俺を狙った理由なのかな?」 


 ウィラードは笑顔だったが、黒い瞳にはじわりと諦観の色が広がっていた。

 この男は何度、そんな理由で命を狙われてきたのだろうか。

 ティルが覚えているだけでも膨大な数だ。

 ティルは、皮肉な笑みを浮かべた。

 ……裏切りの連鎖。

 常人だったらとても耐えられないだろう重圧の中で、それでも激昂せずに微笑むことが出来るのは、ウィラードが何年もかけて培ってきた強さに違いない。

 どうして、ジルはウィラードを裏切ったのだろう。

 この男にこんな顔をさせるのだろうか。

 彼女だって、こんなことでウィラードを殺せるなどと思っていない。ただ単純にウィラードがどう出るか見たかっただけなのだ。


 ……随分な自信じゃないか。


 ウィラードがおいそれと自分に手を出せないことを知り尽くしているに違いない。

 ジルは室内に入って、置いてあったグラスに酒を注いで、露台(バルコニー)に戻ってきた。ティルとウィラードにそっとグラスを差し出す。


 ――そして。


「手を組みませんか? 陛下……」


 流れるようにそう言った。

 優しい声音に、毒が込められている鋭い一言だった。

 ウィラードは腕を組んで、小首を傾げた。


「本気ですか? 俺には貴方が正気とは思えない。酔っ払っているのですか?」

「いいえ……」


 否定するジルの顔つきは、今までと何ら変化がない真摯なものだ。ウィラードは益々困惑しているようだった。


「貴方自身の保身を考えるのならば、俺は十分な地位も名誉も元王族に恥じない権利を貴方に与えているはずだが? それともやはり追放された息子が気がかりですか?」

「ご存知なの?」

「偶然です」

「おい、ちょっと待て。ウィラード、一体どういう?」


 早い展開についていけないティルを見兼ねて、ウィラードは小声で説明した。


「あまり、私的なことに付け入る趣味はないが、これは厳然たる事実だろう。彼女と前国王の間に生まれた子供、それがアリスタに追放となった皇太子アデル様なんだ」

「そ、それって、つまり……」


 口にするのも憚られるような内容だったが、ジルは二人の会話をしっかり聞いていて、きっぱり告白した。


「貴方の言う通りですわ、陛下。前国王は私の兄。母親は違いますが、れっきとした兄妹です。アデルは兄妹間に生まれた不義の子です。私はあの子を懇意だった兄の側室に託して、アセンフィートに嫁ぎました。まさか兄に、他に子供が生まれることもなく、あの子が第一位の王位継承者になるとは思ってもいませんでしたが……」

「それこそ不自然ですよね。ウィラードと手を組んだら、皇太子は王位に就けません。貴方は皇太子を国王にしたいのでしょう?」

「それは、違いますわ」


 ジルはこちらがたじろぐような、ぞっとするような微笑を浮かべた。


「息子に国王の器があれば、それが私にとっては一番でしょうけど、その器でないのだから、仕方ないでしょう」


 ウィラードが目を丸くしている。この男が驚くことは珍しいことだった。


「今、貴方は息子を介してアリスタと親密になろうと思っているのでしょう? 貴方の息子の妃がアリスタの姫君だから……」

「それが一番有効な手段だと思っただけのこと。あくまで私の目的はアリスタと当面手を組むことなのですから。しかし、貴方は何度私が進言しても耳を貸して下さらなかった」

「それで、こんな馬鹿げた真似を?」

「こんな真似でもしないかぎり、貴方は私と向かい合おうとはされなかったでしょう?」

「まったく、意味が分からない。大体、組んでどうするんですか。まずグローリアが攻め込まれておしまいなんじゃないですかね? もしくは、追い詰められたユスティナがグローリアを襲うかもしれない。三国は三国で対等な付き合いをしているからこそ、平和が築いていけるのではないでしょうか?」

「陛下……。グローリアは長い戦争のせいで疲弊している。三国と同じようにつきあおうなんて考えていたら、いつまで経っても国は潤いません」

「まあ……、確かに。悪くない考えですよ。共同統治という名目で和平関係を築けば、アリスタの目は自ずとユスティナに向き、グローリアからは外される。その間にグローリアはアリスタの優れた科学技術を盗み、発展していくって筋書きなんでしょうけど。……しかし俺は、内政も覚束ない段階で、火種を抱える趣味はないんですよ」

「やっと本音を聞けたのだと喜びたいけれど、月並みな回答ね。だから、私に外政をやらせて欲しいと再三要請したのよ。陛下。現段階で優れているのはアリスタ。私の息子が気に入らないのなら、貴方がアリスタから妃を迎えたって良いじゃないの?」

「貴方は、アデル様に愛情はないんですか?」


 ティルは黙ってられずに問いかけた。ティルにとって大切だったのは、国事などよりも、親子の関係の方だった。


「あら、可愛いことを聞くわね。神官さん。でもね。息子だからって国王に向いているとは限らないのよ」

「ふーん。親子愛より国政か。……本気だな」


 ウィラードは眠そうな瞳をジルに向けた。興が失せてきたらしい。


「じゃあ、俺に反乱するつもりで貴方についている貴族の方々はどう説得するんです?」

「私は統括大臣の仕事をしたんです。反乱者の名簿が欲しいのなら、貴方に贈って差し上げますわ。私はあくまでアリスタと協力することを目標にしているだけ。繋がりを深めるために武器を買ったんです。もっとも、アリスタとしては私が反乱することを期待しているんでしょうけど」


 ――何を言っているのだろう。

 ティルは怒りをぶつけるように、ジルの考えを一蹴した。


「なぜ、せっかく何とかなってきている国を揺るがすようなことをするんですか。貴方が口にしていることは、あくまで権力者側の勝手な押し付けだ。あの戦争で一体何人が犠牲になったことか。しかも前線で戦ったの名もない人だった。何の苦労も知らない貴族が。これだから、私は権力者が嫌いだ」

「アイリーンのクロスを返して欲しくはないの? 神官さん」


 感情にまかせて部屋を去ろうとしていたティルは、ぴたりと足を止める。

 苦々しく振り返ると、月明かりを逆光に背負って、悠然とグラスを傾けるジルがいた。


「なぜ、私がアリスタと手を組みたいか貴方なら分かるでしょう?」

「まったく分かりません」

「―――奇跡の実践者だからよ」


 分からない、知らない。出来ればティルはそう言いたかった。

 しかし、分かっている。ジルの言いたいことは、高位の術者であれば、誰でも気付いていることだ。


「この国は『神の奇跡』、魔術が普及している。だからこそ、これ以上の発展が望めない」

「俺にはよく分からないな」


 ウィラードが肩を竦める。魔術の実践者ではないウィラードには、もとより分かるはずもない話だろう。ジルは手摺りに寄りかかるウィラードに、丁寧な解説を始めた。


「術というのは、万能ではないのです。出来ることもあれば出来ないこともある。精神的要因や、その土地柄などで発動規模も変化する。いざとなれば神官や神女に縋ろうと思っている民衆がこの国に多くいる時点で、文化の発展はないに等しい」

「だから、アリスタに頼ろうと? アリスタの技術を国民に知らしめることで、グローリアに技術革命を起こそうと思っているんですか? そりゃあ、圧倒的な人口で勝負しているユスティナより、小さな国土、少ない人口で、技術力を磨いて大国になったアリスタの方が我国にとって魅力的なのかもしれませんがね……。しかし、貴方は神統協会の人間じゃないですか? 何にしても、ご自身の立場と、やっていることがめちゃくちゃだと思うんですけど?」


 ウィラードは酒を一口で飲み干して、呆れ顔でティルを見た。だが……。


「ねえ、貴方になら分かるでしょう。神官さん。術というのは、自然の流れを利用したもの。決して無から有を作ることは出来ないのだと、最初に師匠から習ったでしょう?」


 そうだ。魔術師としてのティルは彼女の考えを拒んでいるわけではない。


「よく覚えていますよ」


 ティルはウィラードと視線を合わせずに、ジルの光沢を放つ礼装(ドレス)の裾を見つめていた。


「じゃあ、分かるでしょう? 私は自然の流れに従うだけ。神がいない世界へと時代が進むなら、私は神の意思としてそれを進める。それが真の神女(みこ)としての生き方だわ」

「貴方のそういう考え方は、術者として嫌いじゃないですね。でも……」


 ティルは精一杯虚勢を張って、微笑した。


「私は私です。闇に生きて、闇に死ぬことが術者として正しい生き方だと思っている」

「――交渉は決裂ね」

「アイリーンのクロスは自力で見つけます」

「残念だわ。貴方と組めたなら、ただちに命令を出して、彼女をこちらに連れて来たのに」

「まさか……?」



 今度こそ、その場を立ち去ろうとしたティルは、耳を疑った。

 じわじわと自身の甘さが痛みとなって、体中に伝わっていくのを感じる。


「騎士のエリオットさん、今晩ここにいらしていたでしょう? 可愛らしい女性に扮して。私、彼女を葬るように町長に言ったわ。彼女は強いみたいですけど、今夜は何分あの衣装です。思うような力が出るかどうか……」


 皆まで聞かなくても容易に想像はつく。

 ティルは自分を責めていた。

 彼女はティルが考えているほど、愚かでもなければ、守るほど弱くもない。

 勝手に気を回してしまうのはティルの方だ。そのティルの弱さを、ジルには見抜かれているのだ。

 ティルは、余裕を失っている。

 それがジルの思惑だと分かっていても、どうにもならなかった。

 領主と一緒なら安全だと思っていた。しかし、今ジルは町長と口にした。あの手の男に自制という言葉はない。しかもエリーの得物は隠し持っている短剣くらいしかないのだ。


「助けに行くんですか? たった数日前に会ったばかりの小娘を?」


 心底不思議がっているジルの声が、走り出したティルの背中に飛んでくる。


「今宵はヴァールの祭礼。術を使うことは禁止になっているはずですよ」

「そんなこと……」


 ――知ったことか。


 ティルは自分でも変だと自覚しつつ、扉をぶち破る勢いで部屋を出て行った。


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