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ラストウィザード  作者: 森戸玲有
第4章
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「しばらく、待つしかないらしい……」


 下手に、今出て行けばエリーを匿った領主の方が危険だ。


 黒幕がいる。


 領主と同等の地位にいる者か、高位の人物か、まだ見当もつかないが、そうと領主が認めた以上、エリーは下手に動くことが出来ない。

 エリーは室内に目を凝らした。

 狭い部屋だった。どういう仕組みなのか、太陽にも似た照明が満遍なく行き届いている。

 自動的につく明かりでもあるのだろうかと、エリーが目を凝らせば、すぐ目の前でふわふわと浮遊している金色の物体があった。


 ……えっ? 


 思わず大声をあげそうになったエリーだったが、何とか喉元で堪えた。信じられなくて大きく目を見開く。

 やがて、それがティルやアイリーンが身につけていたクロスであることに、気がついた。

 ティルのものではないだろう。エリーは先ほど、ティルの左腕に輝くクロスをちゃんと確認している。

 …………ならば?


「いや、でも、まさか?」


 口では否定しつつも、考えられる可能性は一つしかなかった。


「アイリーン……」


 呟いた途端、瞳に痛いくらい鮮やかな金色の髪が揺れた。

 先日、神殿で見かけたアイリーンそのものの美貌が煌びやかに浮かび上がる。

 …………幻影。

 こういうものを幽霊と呼ぶのか?


「……あんた死んだんだって?」


 怖くはない。恨みも悲しみもそこにはなかったからだ。

 例えるなら、すべてを超越した神に近い。ティルと最初に会った時も、その姿が神聖なものに見えたが、今、目にしている彼女の姿はその時の比ではなかった。思わず手を合わせたくなっている自分に戸惑いながら、エリーはようやく気が付いた。

 彼女の表情は神殿で見たものと異なっていた。儚げで頼りない面影は何処にもなく、勇敢で野心的な微笑が輝いていた。


「あんたが本当のアイリーンなのか?」


 神殿で見たアイリーンは別人なのだ。

 誰かが彼女に成り済ましていたのに違いない。

 エリーは魔術についてまったくの無知だが、このクロスを使えば、魔術使いが故人に成り済ますことなど簡単なのかもしれない……、そう思った。


「何故、俺の前に現れたんだ? ―――なんて……、そうか。答えられるはずもないよな。あんたは死んでいるんだから」


 この光景自体が非日常的なのだ。期待をするだけ無駄なはず。しかし……。

 アイリーンはゆっくりと人差し指で自分の服を摘んだ。


神女(みこ)服……」


 どういうことだ?

 一体、何のことだか、分からない。

 しかし、もしかしたら?


「あんた、もしかして……?」


 アイリーンは何も言わないが、エリーは確信した。

 ……きっと。

 彼女は、エリーに自分を操っている人物=黒幕を教えようとしているのだ。

 

 神女服が関係しているということは、彼女は魔術関連の人物を差しているということだろう。 

 それでいて、スタンリー領主と共に、大掛かりな謀を実行することができる人物。

 神女や神官を束ねているのは……?


「神統協会?」


 そうだ。神統協会は民衆の中に深く根付いていながら、高位であり、独立した機関。

 国王の力を持ってしても、信仰の名を借りて、命令が届かない部分があるらしい。

 しかも、全国の信者=グローリア国民だ。

 この機関が味方についているとしたら、領主が企んでいるアリスタとの盟約、国王との全面対決も絵空事にはならない。

 

 ……では?

 神統協会の中で権力を欲しいままにしている政治力の強い人間は、一体誰か?


「まっ、まさか?」


 エリーは導き出した答えに衝撃を受けつつも、納得を深める。

 

 それ以外、考えられなかった。


 ………………あの人しか。


 急がなければ……。


 ……あのクロスを持って行って、ティルに見せよう。

 そして、スタンリー領主に確認を取り、フェルディンに報告をしなければいけない。

 ――黒幕の正体を……。


 エリーがクロスを手にすると、アイリーンは消え、光は収束して、辺りは闇に還った。

 町長はもう行ったのだろうか。

 いや、行ったのならスタンリーがこの扉を開けるはずだ。

 扉はいまだ、しんと閉まっている。

 だけど、エリーは気づいていた。

 人の気配が確実に自分に近づいてきていることに……。


「……ああ、やっぱりな」


 エリーは溜息と共に低く呟いた。背後から零れる橙色の光がエリーの黒い影を薄く伸ばしている。


「――町長」


 呼びかけると、悪役らしく下卑た高笑いが狭い室内にとどろいた。


「おや。誰かと思ったら、騎士殿ではないですか? 女装が趣味だとは聞いていませんでしたよ」

「領主はどうしたんだ?」

「眠ってもらっています。殺すはずがない」

「あの御方とやらの命令だから?」

「ほう? 良くご存知で」


 エリーの得物は、礼装(ドレス)の下に忍ばせた短剣一本だけだ。他に武器になるものはないかと、暗がりの中必死に目を凝らすが、それらしいものはない。

 町長だけになら、負けない自信はあった。

 だが、町長の後ろに控えている大勢の衛兵に敵うかどうかは未知数だった。


 ――逃げるしかない。


 エリーはクロスを掴んで一気に駆け出した。

 逃げ道は一つ。

 町長の前を抜けて道を開くしかない。

 しかし、放たれた弓が、エリーの髪を数本風に散らした。


「大人しくなさい。どうせ死ぬのなら痛くない方が良いでしょう?」


 この男は、何を言っているのだろうか。

 エリーはこの状況だからこそ作り出せる、極上の薄笑いを浮かべた。


 ……どうせ死ぬのなら、最後の最後まで足掻くしかないじゃないか。


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