③
ゆったりとした灰白の衣服に身にを包んだスタンリーは、今夜も貴族というより、学者に近い装いだった。
「夜会」であっても、その格好は変わらないらしい。
唯一、胸元に金色の造花を差していることが、普段とは違う点だろうか。
……どうして、こんなことになったのか?
すべての疑惑を問い質したい気持ちになりながらも、エリーがいきなりまくしたてることが出来なかったのは、スタンリーのすべてを諦めたような悲しい瞳のせいだろう。
「君が生きていると聞いた時、絶対に君は私のもとに来ると思っていた。でも、まさか本当に女性だったとはね」
スタンリーは一階の広間からひっそり離れて、エリーを二階の応接室に案内した。
暗かった部屋に率先して進む。手燭の明かりがほのかにお互いの顔を浮き立たせていた。
「女ですが、私が騎士団の一員であることは、本当です。領主」
「騎士団は男性しか入団出来ないと聞いていたが?」
「ばれないように気は遣っていたんですけど」
「陛下にばれたのか?」
察しが良いスタンリーは直ぐに気付いたらしい。国王がエリーをこの地に向けたことを……。
「この地を調べることがどういった危険を孕むのか、今の君なら分かるだろう? 今回君を襲撃したのは、私ではない。それは信じてもらいたい。だが、君がこの一件に首をつっこめばつっこむほど、君は狙われ続けるんだ」
「分かってます」
エリーは強気に頷いたが、スタンリーは実の子を叱り付けるように続けた。
「いや、分かっていない。君は自分がどれだけ危険な事に関わっているか、気付いてもいないんだ。そして、陛下は、それを知っているくせに、女性である君をここに寄越した。――とんでもない男だな」
「失言ですよ。領主。もし俺に長剣があれば、今の一言だけで貴方に斬りかかっています」
エリーは礼装の裾をたくしあげて、スタンリーにずかずかと近付いた。しかし、スタンリーは取り乱すこともなく、両手を挙げて目を瞑った。
「構わない。いっそ殺して欲しいくらいだ。私は命が惜しいわけではないのだから」
「命を惜しまずに、何故悪事に手を染めることが出来るのですか!?」
エリーの怒声で、蝋燭の炎が大きく揺れる。暗くて何があるのか分からない部屋の中で、大きく伸びた影が壁に黒い染みを作っていた。
「悪事をしているつもりはないよ。エリオットくん。私はただアリスタと組んで、現国王を王座から引きずり落としたいだけだ」
「アリスタと組むつもり……なのですか」
ティルが言っていたことは、このことだったのだろう。もしも、実現したら、内戦では済まない、大戦争になる。それを悪事といわずに、何と呼ぶのだろうか。
しかし、スタンリーはすっかり開き直っていた。
「君にとって国王が絶対的な正義であったとしても、私にとっては……」
「領主!」
「その顔で睨まないでくれ。娘に叱られているようだ。五年前、私が最後に見た娘の顔は今の君のような顔だった」
「娘さんは、反乱軍に参戦したんじゃなかったのですか?」
「そう。私の制止も振り返らずにね。思い込むと一途な娘だった」
「ならば! 貴方が真っ先に陛下に忠誠を捧げるものなのではないでしょうか?」
心底驚いた表情で、スタンリーは鋭利な瞳を瞬かせた。
「そう、娘は、国の現状に嘆き、軍備拡大ばかりに力を入れる前国王の施政を非難していた。自分でも役に立てると剣を一振り持って出て行った。勇敢だろう?
けれども、結局死んでしまった」
「それは陛下のせいではないです」
「分かっているよ。それで陛下を恨んでいるわけではない」
あっさりと認めたスタンリーに、エリーは言葉をなくした。
では、何なのか?
「戦が終わって、私は領主の仕事に戻った。そして分かったんだ。戦時中よりもどんどん難民がミルディアにやってくる。国は何の対策も取ってくれない。この非常事態に耳にする陛下の噂は、遊び好きで、国事には無関心。日頃城内にいた試しがない。ロクなものではない。私の娘は、何のためにあの男に賭けたのか? 間違っていたのだろうかと……」
「そ、そういうのは、あくまでも噂で」
「では、君は陛下を見たことがあるのかい?」
「それは……」
――見たことはない。
しかし、信じている。
ただそれをどうやって言葉にしてスタンリーに伝えて良いのかエリーは分からなかった。
「正しくないのは私にも分かる。でもね、地方領主の私にはこれしか、策がないんだ」
「陛下に直接お会いして下さい!」
「一介の地方領主が陛下に目通りすることがどんなに遠い道のりであることか……。近衛騎士でありながら、一度も陛下に会ったこともない君に、一体何が分かるんだい?」
「しっ、しかし! アリスタと手を組んで、貴方が陛下に宣戦布告するのは勝手かもしれません。でも、結局巻き込まれるのは、何の罪もない庶民ではないですか!」
「情で何とかしようという作戦なのかい? エリオットくん。君の指摘はもっともだが、私は君よりもはるかに長くいろんなことを考えてきたんだ。……今更」
「どう思われたって構いませんが、俺はあの戦争で父を喪った。父が亡くなって、兄妹十二人大変な目に遭った。もう二度と戦争なんてごめんなんですよ」
「もしかして君は、経済的な理由で騎士団に入ったっていうのかい?」
エリーはそれこそ領主に同情をかってもらうような気がして嫌だったが、今更止められなかった。
「ええ。そうですよ。ただ金が欲しかったんです。それだけです。そのためなら、女を捨てても構わないと思った」
「……そんな」
「でも、今は違います。俺は国民のために戦える自分が好きだ。だから後悔はしない。女の身でありながら入団した俺に、今回のような機会を与えて下さった陛下には、感謝をしています。だから、貴方の理由はどうあれ、陛下と敵対するならば、この場で捕らえて連行しますが、どうします?」
「……しかし、君は剣も持ってないじゃないか。私が人を呼んだらどうなる?」
「戦うだけです」
エリーはきっぱりと答えた。
スタンリーは目尻に涙をためて微笑み、呟いた。
「本当、君は娘にそっくりだなあ……」
単なる脅し文句。
本当に人を呼ぶつもりならば、とっくにエリーはどうにかなっていただろう。この人を助けられたら……。エリーは強くそう思った。
「領主、教えて下さい。貴方に指示を出しているのは、一体誰なんですか? アリスタと手を組もうなどと、貴方を誑かしたのは?」
「私は誑かされた覚えはないよ。…………確かに、アリスタと手を組んで、その先に何があるかは分からない。もしかしたらこの国は、占領されてしまうのかもしれない。でも、今よりマシになるのなら、それも良いと思った。……それに、私は娘を取り戻したかった」
「それは、どういうことでしょうか……?」
「親というのは、どんなことをしても子供を取り戻したいと考えるものだろう。たとえ、それが怪しげな術だったしても。…………私は、三年前、あのクロスを手に入れた。すべてはそれからだったよ。アイリーンが生き返ったあの日から、私はすべてに夢を見ていたんだ……」
「……生き返った?」
「アイリーンはね。とっくの昔に死んでいるんだよ」
「じゃあ、あのアイリーンは一体!?」
質問は刹那、打ち切られた。扉が軋むほど激しく叩かれる。
「領主殿!」
聞き覚えのある太い声だった。
―――町長?
エリーはいつもの癖で腰の辺りに手をやるが、生憎剣は馬車の中だ。
「くそっ」
猛省していると、肩を掴まれた。
「こっちへ……」
スタンリーは持っていた明かりを、白く浮かび上がる女神像の奥にぽっかり開いた空洞に向けた。
暗い部屋よりも、一層暗い世界に、スタンリーは、エリーを放り込む。
「領主!」
エリーは、膝をついた姿勢から、素早く立ち上がったが、遅かった。
「ここは緊急時の隠し部屋になっているんだよ。しばらくここにいると良い」
「待って下さい!」
エリーの声を遮るように、女神の背中がぴたりとしまった。




