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ラストウィザード  作者: 森戸玲有
第1章
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 広い天井には、色とりどりの宝石が埋め込まれている。

 差し込んだ陽の光に反射して、部屋全体が発光しているようだった。

 物珍しさにぐるりと回って眺めていたエリーは、目が痛くなって目を逸らした。

 うつむけば、磨き上げられた床は鏡のようで、エリーの劣等感そのものの小さな顔から、襟足まで伸びた中途半端に長い髪までがくっきりと映しだされている。

 ふと、こんな綺麗な床に靴を履いたままで良いのだろうかとエリーは心配になる。


 ……豪華絢爛。


 その一言が相応しい、部屋全体が宝石のようなところだった。

 普通に故郷で暮らしていたら、一生縁がない部屋だろうし、今だってどうしてこの部屋に呼び出されたのか見当もつかない。

 第一、大勢いる騎士団の一員にすぎないエリーが「城内」に足を踏み入れること自体、異常事態だった。

 昨日、エリーは近衛騎士団の選考試合で敗北した。

 最後に勝ち残った一人か二人が採用されるので、準決勝で敗退したエリーには、その可能性はまったくないはずだった。


 「近衛騎士団」とは国王直属の騎士団の中でも、選りすぐられた「騎士」で構成された精鋭部隊だ。無論、剣が立つのと同時に鋼の心、忠誠心を試される。

 見事「近衛騎士団」に配属されれば、国王の護衛が主な任務となり、国王と言葉を交わすことも出来る。名誉が得られるのは言うまでもないが、給料も倍増する。通常の騎士の数倍の額を支給され、家族の住居も城下町に与えられる。退役後の生活の面倒も国がみてくれるというから、破格の待遇だった。


 ――近衛騎士団になりたい。


 騎士になった者は、誰でもそう願うだろう。しかし、エリーは今まで一度として「近衛騎士団」入りを志願したことはなかった。

 今回だって、所属している黒騎士団の団長が、他に勝てる騎士がいないのだと、泣きついてこなければ、受けようなどとは思わなかった。 

 もっとも、エリーが試験を受けたのは、試験を受けただけでも、褒賞を出すと団長が言ったからなのだが、城にまで呼び出されてしまうなんて、まったくの予想外だった。


「だから、嫌だったんだ」


 独り言がしんと冷えた空気の中に落ちる。

 あの時……、

 対戦相手の大男は、自分を勝たせてくれたら、金を支払うとエリーに申し出てきた。

 それでも騎士かと、ついカッとなってしまった。

 頭に血が上らなければ、もっと早く決着がついたはずなのに……。

 負けようと思っていたのだ。

 ここまで勝ち進めば十分だと、さっさと敗北に持ちこもうとしていたのだ。


 ……どうして、こんなことに。


 エリーには、騎士団のごく一部にしか知られていない秘密がある。


 バレたんじゃないだろうか?


 嫌な予感がしていた。

 落ち着かず、窓の外を眺めれば、眼下に広がる瀟洒な庭園には、人の姿は何処にもなかった。

 もう、結構な時間待たされている。このまま夜になってしまいそうな勢いだった。

 暇を潰すことも出来ずに、エリーは静かに直立している。

 ……と、だんだん誰かに見られているような妙な気持ちを覚えはじめる。


「まさかな……」


 単なる騎士の癖だと思い込み、エリーは、真っ黒で、暑苦しい騎士団の制服の襟元の留め金をはずして深呼吸をした。どうせまだ誰も来ないだろうと油断していた。

 ……しかし。


「エリオット=クラウディア」


 いきなりフルネームで呼びつけられたエリーは、心底驚いた。


「はっ!」


 無意味なくらいに声を張り上げて応じる。背後に誰かがいるらしい。まったく気がつかなかった。

 いつもなら、こんなことはないのに、今日はやはり慣れない場所で緊張しているのだろうか。人の気配を察知することもできないなんて、騎士として失格だ。

 手早く、エリーは、首筋の(ボタン)をはめる。

 姿勢正しく振り返ると、扉の前に黒髪、長身の男が立っていた。


「気にしなくて良い。厚手の制服は堅苦しいだろう?」


 ――見ていたのか。


 赤面しながらも、エリーは急速に頭を働かせた。長い髪を一つに結んだ男は、貴族というよりも騎士に近いような感じがした。

 身につけているものも、儀式の際に見かける貴族のように派手なものではない。動きやすさを重視した簡素なものだった。騎士団の中にいても不思議ではない雰囲気を持っている男だったが、光沢を放つ深緑の衣装が上質であることに、ほどなくエリーも気がついた。

 やはり、名のある貴族なのだろう。

 エリーは何処かでこの男を見たような感じがしたのだが、まったく思い出せないでいた。

 とにかく、誰だかよく分からないが、騎士団の団長を通じてエリーを王城に呼びつけるくらいなのだから、相当な身分にいる人物であることは間違いない。

 エリーは腰を大きく折って、作法通りの挨拶をしようとするが、即座に止められた。顔を上げれば、男の穏やかな笑顔があった。


「もしや、フェルディン執務官であらせられるのでは……?」


 身分に鈍感なエリーだったが、その名前は唯一知っていた。国王の側近中の側近、フェルディン執務官。

 三年前の大改革の際、新設された官職で、国王直々の命令を遂行できるように配置されたらしい。国王からの信頼は厚く、彼の耳に入ったものはすべて国王のもとに行き、彼の口から出た言葉は、ほとんど国王の言葉なのだという。

 膝が微かに震える。

 エリーは緊張しているようだった。

 しかし、男はエリーが硬直しているのを見透かした上で、中指にはめていた銀色の指輪をはずした。そして、エリーに気づかれることなく、上着の(ポケ)(ット)に仕舞いこむ。


「フェルディン執務官だと……、なぜ君はそう思ったのかな?」


 男の声は朗らかに弾んでいた。エリーにはさっぱり理解できない。


「はい。今回、近衛騎士団の選抜試験は、閣下の指示で開催されたのだと聞きました。あの試合の責任者が閣下でいらっしゃるのならば、直接閣下が私を呼びだされたのではないかと思ったんです」

「そうだな。確かに俺は指示を出す時はなるべく、自分で出すようにしている。間接的に指示を出すと、まあ……、効率悪いし、意図を歪曲されたり、本当、難しくてね……」


 フェルディンは曖昧に微笑みながら、エリーに背後の豪華な椅子を勧めた。

 恐縮しているエリーが座るのを待たずに、フェルディンは手前の椅子に腰をかけて、くつろいだ。


「とりあえず、名前も告げずに呼び出したのは悪かったね。まあ、こちらにも色々と事情があってね……。話は少々長くなる」

「それで、一体何なのでしょう?」


 国王に次ぐ権力者であるフェルディン直々の登場に、エリーは動揺していた。 だが……。


「惜しい試合だったな」


 フェルディンが口に出したのは、社交辞令に近い文句だった。


「ご覧になっていたのですか?」

「俺も見ていたが、ご覧になっていた御方が面白い試合だったと賞賛していてね」


 ――ご覧になっていた御方……。

 そのあからさまな敬語に含みを感じつつ、エリーは慌てて頭を垂れる。


「お恥ずかしい。あれは私の完敗です。全力を出しきって破れたのです。修行が足りないのでしょう」

「しかし、君のように華奢な若者が、国王の命を守るっていう精鋭部隊の試験を受けるだけでも凄いだろう」

「誉めすぎです。私は負けた。ただそれだけです」

「そう、負けた。でも……」


 フェルディンは、切れ長の瞳を糸のように細めた。


「単刀直入に言おう。国王は、君を近衛騎士団に入れようとなさっている」

「は?」


 一体何を言っているのだろうか?


「なぜ、私が?」

「なぜって、それはもう察しがついているんじゃないのか?」


 エリーは自分の考えが恐ろしくなって、頭を抱え込んだ。

 ――まさか?


「ちょっと、お待ち下さい……」


 フェルディンの視線をかわすように、エリーはうつむきがちに答えた。


「私はあの試合、負けたのです。負けた者が『近衛騎士団』なんて、聞いたことがありません。そ、それに、陛下のご厚意で騎士団に入団するのは、私の騎士としての誇りが許せません」

「誇りね……」


 フェルディンは感情のない声音で繰り返す。本当はエリーだって嬉しかった。しかし、適当な理由をつけて断らないと近衛騎士団はおろか、騎士でいられなくなってしまうのだから、仕方がない。


「君がそう言うだろうと、陛下もおっしゃっていたよ。エリオット=クラウディア。真面目で一本気な性格は、騎士団の中でも随一だと聞いている」


 フェルディンは脇に抱えていた書類の束を眺めながらしきりに頷いた。

 どうもフェルディンの流れに乗せられているようだと、エリーも気付いてはいたが、それを止めることなど出来るはずがなかった。


「だから、君に特殊任務を与えたらどうだろうかと、陛下が直々に案を出した」

「……と、特殊任務?」

「君の生真面目で実直な人柄と、何者をも凌ぐ速い剣は必要になる。……大仕事だよ」

「えっ?」


 エリーは、さっさと切り替わった話についていけないでいた。


「陛下は君に大きな仕事を与える。その仕事をこなすまで、君は正式な『近衛騎士団』ではなく、見習いという身分になる」


 エリーの頭の中は真っ白になった。そんな話聞いたこともない。

 どうやって断ろうか……、心奥であらゆる言葉が舞い始めるが、フェルディンはエリーにお構いなしでどんどん話を進めていた。


「君は見習いでも嫌がるだろう。しかし、この大掛かりな仕事には、権限も必要だ。その時のためにも、かりそめでも肩書きがあった方が良いと、陛下が判断されてね」

「その密命というのは、決定なのですか?」

「決定にしておくことが君のためになると思うが。実際、ここまでよくやってきたと俺も感心しているんだ」


 フェルディンは、エリーをじっと見据えて淡々と告げた。


「君は並みの男が敵わないほどに強い。しかし、我が国の騎士団は男でないと入団できないのが決まりだと君も知っているだろう」


 その一言で、エリーは今まで必死になって、隠してきた秘密が公然になってしまっていることを知った。


「エリー=クラウディア。君が女性でありながら騎士の道を歩むつもりならば、更なる陛下の庇護が必要だと思うが、違うかな? 幸い陛下はこの件を表沙汰にする気はないとおっしゃっている」


 この国、「グローリア」では魔術がいまだに根付いている。

 女神ヴァールは男性を嫌うということから、女神の力を引き出せるのは女性だけだと考えられていて、魔術を勉強するのは圧倒的に女性が多い。しかし、治癒魔法を主としたヴァールの魔術は、戦力にもならなければ、金にもならない。

 ヴァールに仕える神女(みこ)になれば、本格的な魔術も習えるという話だが、手っ取り早く金を稼ぎたいエリーにとっては、騎士になってしまうほうが良かった。

 しかし、騎士団は男しか入団は許されていないし、社会的に女性が剣を手にするなど、もっての他だった。

 もしエリーが女性だと分かれば、すぐさま剣は取り上げられ、騎士団を追放されても、不思議ではない。

 エリーはただ金が欲しいわけではない。

 今は騎士としての誇りも持っている。

 ここまできて、辞めたくはなかった。


「君には功績が必要だ。たとえ陛下と俺が君の素性を知らないふりをして、騎士団に留めたとしても、男しかいない騎士の宿舎に君を一人入れておくのは、あらゆる意味で危険なことだ。だからといって、君だけを特別扱いに出来るはずもない」


 どうやら、エリーは断るわけにはいかないらしい。


「私は何をすればよろしいのでしょうか?」


 内心の動揺を見破られないように、エリーは騎士として凛然と微笑んだ。



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