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ラストウィザード  作者: 森戸玲有
第3章
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 逐一女に報告するのも癪だったが、先手を打たないと、女の行動も止められない。

 男はそう覚悟をして、今日の出来事を女に語った。

 しかし、女は嫌味なくらい詳細に何もかも知っていた。


「覗いていたんですか?」


 男は迫力を殺して静かに問う。女は答えなかったが、男には察しがついた。

 ――迂闊だった。

男は女に居城を自由に使用することを認めている。女がいつ何時この城にいたとしても、不思議ではないのだ。


「国王は何を考えているのかしらね?」


 女は見事な笑顔で、話題をさらりと変えた。男は慎重に言葉を選ぶことに頭を働かせた。


「……国王に計略めいたものがあったとは、思えませんが? 今日訪れた騎士団の青年も、たまたま実家がサンセクトにあって訪れただけだと言っています。今頃彼は王都に帰還していることでしょう」

「それは……、ないわね」


 素早い否定は必然を示していた。即座に覚えた最悪の予感に男は眉根を寄せる。


「……どういうことですか?」

「サンセクトの町で、私はその騎士に会っているのよ。家族に会いに来ていた感じではなかったけれど?」

「……私は、あの青年に騎士団独特の鋭さを感じませんでした」

「それが国王の狙いなんじゃないかしら? もっとも、彼は今頃この世にはいないでしょう」

「えっ?」


 ……その言葉から考えられることは、一つしかなかった。


「彼を殺すように貴方が命令したんですか?」

「いいえ。貴方が命令したのよ。城の外で控えている貴方の真面目な家臣たちに」

「……まさか」


 男は思い出した。女の扱う魔術は奇跡の業だということに……。


「私に化けたのですか?」

「貴方の声色を真似ただけよ」

「何ということを!?」

「私に幻滅する?」

「当たり前でしょう。最低だ。――貴方は」


 男は苦い呟きをもらした。今更そんなことを告げたところで、どうにもならないことは分かっていた。

女がそれを男の前で告白した時点で、とっくに暗殺は行われているのだろう。

 ――……もはや、止められない。

 男は心底悔しかった。

このままでは自分自身、正義の基準を見失ってしまうような気がしていた。


「彼は私の娘と同じくらいの年頃で、志の高い優れた青年でした」

「そう」

「私はこの国を憂いているだけだ。何の罪もない若者を死に追いやるために、貴方に協力しているわけではない。こんなやり方は卑怯でしょう」

「でも、感情論で国は動かないわ」


 何の罪悪感も持たない真っ直ぐな声が、男をやるせない気持ちにさせる。

 女は間違っていない。無垢のあまりに潔癖で、正義のために悪を貫いているだけだ。

 女のやろうとしていることに、男は心の底から賛成している。だが、決定的に何かが違うとも感じている。いっそ、誰かが自分を罰してくれたら、楽になれるのかもしれない。


「こんなことを繰り返していると、貴方に心底憎まれそうだけど、私、貴方となら協力してやっていけると、心の底からそう思っているのよ」


 女は憂いを含んだ青い瞳で、男を見つめる。わざとらしいとは思えなかった。

それが女の本心だからこそ、男は困惑しているのだ。演技だったら、とっくに男は女と縁を切っていたに違いない。


「……あともう少し時間稼ぎがしたいの。そのためには、あの騎士には悪いけど死んでもらうしかなかった」

「彼を国の犠牲にしたとでも言うのですか?」

「そうよ」


 男は肩を落として、努めて冷静に言った。


「私の娘もそんなことを言って、ここを去って行った。愚か者ですよ。私も娘も貴方も」


 皮肉を捨て台詞にして、男は薄暗い部屋を出た。

 緋色の絨毯を敷いた廊下を進むと、燭台の灯の下で、見慣れた家臣が控えていた。

 男は最悪の報告を覚悟していたのだが……。


「申し訳ありません」


 家臣は、速やかに男の前で頭を下げた。


 ……良かった。


 男はほっと胸を撫で下ろす。


 ―――暗殺は失敗したらしい。



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