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ラストウィザード  作者: 森戸玲有
第2章
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「――まさか、こんなに早くばれるとはね。がっかりだ」


 言葉とは裏腹に、まったく落ち込んだ気配のないティルはそう言った。


「ばれるとか、もうそういう問題じゃないよな。変態」


 エリーもすかさずそう返す。

 結局、朝を待つことなくエリーはティルを強引に自室に連れ込んで椅子に座らせた。

 エリー自身は、立ったまま座ろうとはしなかった。相手は女装しているとはいえ、立派な男で、しかも魔術師だ。これ以上、油断はしたくなかった。


「失敬な。この見た目、この美しさを保つのは大変な魔術の消費量なんだよ」

「そんな無駄なものに、魔術を使うな。男に戻れ。治癒魔術専門っていうのは、大嘘か?」

「治癒魔術だって、使えるさ」

「じゃあ、治癒に専念しろ。気持ち悪い」

「気持ち悪いって何だよ、差別だよ。そりゃあ、完璧な女になることは出来ないよ。魔術にも限界があるからね」

「お前が男だって、町中に言いふらしたって良いんだぞ」


 椅子に座っているティルは、一瞬だけエリーを見上げたが、すぐに頬杖をついて、眠たそうに欠伸をした。脅しのつもりだったが、何の効果もなかったらしい。

 しかも、相変わらず嫌味なくらいよく似合う女装をしたままだった。


「なぜ女装で俺に近づいたんだ?」

「女装は元々だよ。趣味なんだ」

「はあ、趣味ね。そうか趣味か」


 エリーは、この男に対していっそ哀れみの気持ちを抱いた。


「世の中のためにも、いっそひと思いに、斬っておけば良かったな」

「私は一度だって自分から女だなんて言ってないよ。つまり嘘はついていない」

「変態男の言い分なんか、どうでもいい」

「――ふーん。そんなふうに私を一方的に変態扱いするわけ?」


 ぎくりとエリーは肩を震わす。確かに男装しているエリーが言えたものではない。

 限りなく女に近いこの男は、一体何をどこまで知っているのだろうか?


「ただ、私はあんたがどの程度の人間か興味を持っただけだよ。もっとも、金貸しに追われていたのは、まったくの偶然だったけど」

「俺はお前に見極められなくちゃならないような人間なのか……」


 いっそ、怒りよりも呆れのほうが勝ってきたエリーは、ふと疲れを思い出して、ティルの手前の椅子に重い腰を預けた。


「まあ、私が男だとばれてしまったのは、予想外の出来事だったけど、さすが、近衛騎士だね。剣の腕もそれなりに立つし、さっきの鮮やかな手刀は当分痛みそうだよ」


 ティルのおどけた口調は、エリーを誉めているというより、からかっているようだった。


「しかし、何で近衛騎士団ともあろうお方がこのような町に一人で派遣されたんだろうね。近衛騎士団っていうからには、国王の側近くにいないと駄目なんじゃないの?」

「知るか……」


 まさか自分が女だから、騎士団の中にはいられないのだとは言えない。


「――私には、いまだにその理由が分からないんだ。これは正直な話なんだよね。なぜあんたなのか。あんたじゃなきゃいけない理由が何処にあるのか、大方、魔術使いを捜して来いなんて名目で、ここに派遣されたんだろうけど……」


 おもいっきり図星だ。ティルの言葉に、エリーは閉口した。


「そんな簡単な命令が国の精鋭部隊でもある、近衛騎士団に託されるものかなあ……?」


 これでは、どちらが尋問されているか分からない。だが、正面からきちんと話をするにはいい機会なのではないか……。

 エリーは決死の覚悟をした。


「じゃあ、教えてやろう。俺の任務は、ティルという魔術師とアイリーンという魔女を捜すことだ。フェルディン執務官から直々にお話があって、アイリーンの目撃情報が相次いでいるというこの町に来たんだ」

「――フェルディンね」


 知っているような口振りが勘に触ったが、エリーはなんとか平常心を保つ。


「俺は、この二人を見つけ出して、陛下の御前に連れて行かなければならない」

「そう」

「はっ?」


 あまりの素っ気無さにエリーは戸惑った。


「何だよ、その態度は! 俺は重大な秘密をお前に言ったんだぞ!」

「そんなことだろうと思っていたからね。そんなに驚かないよ」


 ティルは脱力姿勢のまま、うとうとと船を漕ぎはじめている。本当に眠いのか、それが常の態度なのか、分かったものではない。


「―――お前、……まさかティルじゃないだろうな?」


 しかし、逆にこの男がティルである可能性が高いとエリーは感じていた。女装で過ごしていたのなら、国王がいくら捜しても三年で見つかるはずがない。


「その言い方、まるで、私がティルであっちゃいけないような感じだね」

「ああ、女装する英雄なんて聞いたことがない。ティルは正真正銘『魔術師(おとこ)』だったはずだからな」


 魔術師ティル。

 男でありながら、魔術を収めた天才で、壊滅寸前だった反乱軍を一気に勝利に導いた伝説の魔術師。エリーもフェルディンの話によって、初めて知った魔術師の英雄だった。


「正直、少しだけ憧れもある。魔術は女性のものだとする社会の中で、彼は魔術を極めて、国を変えたんだ」

「ティルはそんなつもりじゃなかったのかもしれないよ」

「じゃあ、どういうつもりだったんだ?」

「さあね。私はあんたが求めている英雄ティルではないから、分からないよ」


 沈黙が通り過ぎる。少しずつ燭台の明かりが暗くなっていくのを感じた。


「エリー……」

「俺の名前は、エリオットだ」

「こちらのほうが呼びやすいんだ。愛称だよ。――で、エリー」


 エリーは返事もしなかったが、ティルは勝手に話を進めた。


「あんたの手柄のために少しだけ力になろう。まずは町の様子を知ることだ」

「――町って、だってこの町は特に変わったことなんて」

「たった一日で何が分かるの? 騎士殿」


 ティルはきっぱりと言い切った。エリーはこの男こそが「ティル」なのだと、改めて感じたが、今すぐ密命を果たす気分にはなれなかった。


「とにかくその件だけ調べたら、急いで国王のもとに戻って報告したほうがいい」

「お前はどうする? 俺はティルも捜さないといけないんだ」

「発見出来なかったことにすればいい。同じ名前の女装男を発見したが、そんな変態はティルじゃないと言い張っても良い」


 ティルは長い睫毛を伏せて、つかみどころのない笑みを浮かべた。


「お前はいったい何をやろうとしている?」

「私にも分からない」


 それは本音だったらしい。ティルの横顔は真剣なものに見えた。窓から差し込む光彩がティルの髪と腕輪(クロス)に降り注ぎ、ほのかに煌く。


 ――夜が明ける。空はとっくに太陽の領域になっていた。


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