あなたに恋する2時
いきなり、婚約破棄をされました。やけ酒飲んで自暴自棄な時に好青年に拾われちゃいました。
「男なんて…卑怯者」
さっきまで飲んでいたバーも閉店してしまい、私は行くあてが無くなってしまった。
「仕方ない、始発までファミレスにでも行くか。こんなに寒いと外なんて無理」
私はトボトボとチェーンのファミレスに向かって千鳥足よろしくとヨタヨタと歩きはじめる。
歩き始めてから、暫くすると私の横を爽やかな青年が通りかかった。
いいなぁ…あんなに好青年だと、今日なんて入れ食いだろうな…なんて妄想が過ってしまう。
青年は一度私を追い抜いて言ったけれども、クルリと向きを変えて私の方に向かってくる。
「お姉さん?辛いの?」
「どうして?」
「今にも泣きそうだから。ファミレスに行くつもりなの?だったら辞めて、俺の家に来ない?」
「どうして?」
「今の時期は大学生が試験勉強で結構五月蠅いよ。結構飲んでいるみたいだし」
「そうだね、この調子を見れば飲んでるのは分かるか。あはは…」
「一人でいるのは辛いでしょ?俺が電車が動くまで一緒にいてあげる。行こう」
彼に手を引かれながら、私は彼の住むマンションまで連れて行かれるのだった。
「とりあえず、シャワー浴びて。お肌の為にはスッピンになった方がいいよ」
「…ありがとう」
「それと、俺の中学の時のジャージとシャツね。これなら大きすぎることはないと思うよ」
「中学の時のジャージを残していくなんて几帳面だね」
「いいや。俺が卒業で中学校が統廃合になって最後の卒業生だったからなんとなくかな」
彼ははにかんで答えた。
「なるほど、切ない思い出なのね。心してお借りします」
結構、大きな家なのに、彼一人だけが暮らしている様な感じがする。
「御両親は?」
「いない。けど、安心して?お姉さんを襲う事は絶対にしないから」
「それは嬉しい様な、悲しい様な」
「とにかく、お風呂が沸いたから入ってね」
私は彼に連れられて浴室まで歩いた。
「それじゃあごゆっくり」
そして私は一人になる。洗面台の鏡で自分の姿を確認する。
飲んで、泣いた後だからメイクがはがれてぐしゃぐしゃだ。
これは潔くスッピンの方が清潔感があるかもしれない。
鞄に入れてあったメイク落としで丁寧にメイクを落としていく。
泣いたことですっきりしたけど、完全にさっぱりした感じがする。
さっきまで、この世の終わりだと思っていたのに、どうしたんだろう?私?
「とにかく、沸かして貰ったお風呂にでも入りますか」
私はゆっくりと湯船につかったのだ。
「ありがとうね。ねえ、名前聞いてもいい?」
「たつきでいいよ。お姉さん。あったまったみたいだね。顔色が戻ったようだし。すっぴんのお姉さんもキュートでかわいいね。僕…好みかも」
確かに暖かいお風呂でゆっくりしたのだから、血行がいいのは事実だ。
たつき君は私においでおいでをしている。リビングのソファーに座るようにってことらしい。
「とりあえず、ほうじ茶入れてあげるね。座ってて」
慣れた手つきでお茶を入れていく。普通の男の子はこんなことはできないからご両親の教育の賜物だろう。
どうぞと言って、私の前にほうじ茶が置かれる。久しぶりのほうじ茶の香りが癒しを与える。
「男の子にしては、上手にお茶を入れるのね。感心だわ」
「僕…いつもはティーインストラクターも兼ねて喫茶店で仕事しているんです」
成程。そりゃ、お茶くみOLよりは上手な訳だ。
「珍しいわね。普通ならバリスタの方が需要があるんじゃない?」
「そうでしょうね。幼少からお茶の方が好きだったので、その延長で取っちゃいました」
たつき君は屈託のない笑顔を浮かべながら話す。
「冷めないうちに頂くね。久しぶり…人に入れて貰うお茶を飲むなんて」
「お姉さんは、どんな仕事をしているの?」
「私?私はこれでも…秘書をしているの。普段はビルの上の階の役員室が私のホーム」
「おじさん達の相手なんて大変なんじゃないの?」
「そうでもないわよ。大抵の人なら。たまにはずれもいるけど」
「で、どんな辛い事があったの?」
たつき君は私の顔を伺いながら核心をついてきた。
私は彼が分かる範囲でゆっくりと話し始めた。
今夜私が荒れていた理由…婚約破棄されたのだ。
それも、社内恋愛で有望株だった同期を後輩の顔だけがかわいいと称される女性に寝とられた。更に、妊娠なんてオプション付きで。
この話は明日には社内を駆け巡るだろう。そう思うとうんざりする。
社内恋愛は禁止とされていないけれども、今回のやり方はかなり汚いので、使いたくないけれども慰謝料の請求をしてみようかと思う。
彼女は少なくても私と彼が婚約中だと言うのを知っていて近付いたのだから。
こういう時、法学部卒で司法試験の受験経験が有利に働く。
今思えば、どうして法律関係にしなかったんだろうかと思ってしまう。
けれども、今の仕事も楽しいのだ。少なくても退職する意思は全くない。
「成程ね。それは普通にしていも荒れるね。で、おねえさんはどうするの?」
「とりあえず、双方に内容証明を送りつけて、対応次第で訴訟に踏み切ろうかしら?一応、法学部でてるから本人訴訟でもいいけど、大学の同期に相談してみてもいいかもね」
「それがいいと思うよ。自分達がしたことが社会ではどれだけタブーなのか思い知らせた方がいい」
「そうだよね。何が真実の愛を見つけたよ…ばっかじゃないの」
「それだけ言えれば、もう大丈夫だね。おねえさんが元気になってくれて良かった」
「たつき君がいてくれたお陰かもね。ありがとう。どうして…そんなに優しいの?」
「なんとなく。あそこで手を引かないとおねえさん、壊れちゃいそうだったから」
たつき君は言葉を選んでくれるが、確かにあのまま一人だったら壊れたかもしれない。
私は身も心も温まったせいか、ついあくびをしてしまった。
「眠い?ちょっと待ってね。もう少し、この部屋があったまるようにして、加湿機動かしてっと」
「たつき君、大丈夫だよ。これだけあれば、後は毛布だけあれば」
「だめ、こんな日は。ちゃんと寝るまではいてあげるから。それにこのソファーはソファーベッドだからゆっくりして?」
たつき君はあっという間にベッドにしてしまい、私に毛布を渡してくれる。
「さあ、明日も仕事でしょう?ゆっくり休まないと」
「ありがとう…おやすみなさい」
私はゆっくりと眠りに落ちるのだった。
ようやく寝ついた彼女を俺は見つめている。
彼女は知らないだろうけど、俺は彼女の事を知っている。
だって…俺の勤務先は彼女の会社のビルの中のティーサロンだから。
彼女の会社は総合商社で、俺の勤務先はその関連子会社になる。
彼女の言う通り、バリスタも持っているけど、今はティーインストラクターがメインでサロンではお茶の抽出を任されている。
一度彼女から出前の依頼を貰ったんだけども…覚えていないよね。あの頃はまだ働き始めで覚える事が優先だったから。
彼女は同じビルで働いている事は知らないんだろうな。明日のシフトはオープンだから、彼女と一緒に出勤してもいいはずだ。
俺は大きく伸びをして、リビングの横の自分の部屋に行く。
俺の両親は今は海外赴任中だ。だからこの家の動静は1階に全てまとめてある。
明日起きたら、お姉さんの名前を聞いてもいいかな。
一緒に出勤したら…びっくりかな。それはそれで楽しそうだ。
「俺も明日は早いんだから、もう寝ないとな」
俺も少し熱を持て余しながら眠りにつくのだった。
彼女が俺の職場を知るのは後5時間後の話。