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あなたに恋する1時 

深夜残業中に、社内アイドルの先輩に捕まってしまいました。

どうする?どうなる?私?

「あーあ、今夜も会社にお泊まりか」

誰もいないオフィスに一人だけ取り残されて残業。

急にクライアントからリテイクを貰い、急遽修正作業をしている。

時間は日付が変わって14日の0時を過ぎて後5分で1時になろうとしている。

仕事の方は大半の修正は終わったところだ。

残りは、少し休んでから確認しながら取り組んだ方が早い。

クライアントへの再提出は金曜日だから、まだ時間に余裕がある。

今年に入ってから、今日みたいな日が多くなってきて、自宅通勤の身としては辛くなってきた。

「やっぱり…引っ越しかなぁ…そろそろ」

私はポツリと呟いた。こんなに寂しいオフィスなんだから、独り言位は許して欲しい。



「何だ…電気の消し忘れじゃなくていたのか?家が近いのか?」

そんな私に声をかけてくれたのは、営業企画部の主任さん。

とにかく仕事ができて、カッコよくって皆の憧れの存在だ。

「いいえ。自宅通勤なので、私にとっての終電は22時です。どこかのビジホにでも行くつもりです」

「女の子なのに…。営業1課はそこまでこき使うのかい?」

主任さんは、私が残っている方が問題と言うように聞いてきてくれる。

「本当はですね…終電で戻るつもりだったんですが、気がついたら終電過ぎてまして…あはは…」

私は自分のうっかりで帰れなくなった事を正直に話してしまった。

逆にそれが恥ずかしくって俯いてしまう。



「君はこれからホテルを探すのかい?それよりも食事は?まだ取ってないのだろう?」

「そういえば…そうですね。お腹が空いた気がします」

主任に指摘されて、食事を取らずに仕事をしていた自分にも気がついた。

社会人になって4月で4年目に入るのに、こんなんじゃいけないのになぁ…。

「そっか。それじゃあ、今から食べられる所に連れて行ってあげようか」

主任の言葉はとても嬉しい。けれども一つだけ気がついた事がある。

「主任は…自宅に戻らなくてもいいのですか?」

そう、この時間にオフィスにいるってことは…主任も帰れていないってことなんじゃないの?

「俺?俺ね…この近くに住んでいるんだ。家に戻ろうとしたら、オフィスに電気がついてて気になってきてみたんだ」

「そうしたら、私がいたってことですか?」

「そうだよ。だから、君は俺にお持ち帰りされないさい。いい?」

「ええ…お持ち帰りって何ですか?」

「とりあえず、食事行くよ。明日はフレックスでいいんでしょう?」

「そのつもりですけど…」

「分かった。それならサクサクと支度して。帰るよ」

私は慌てて荷物を仕舞って、主任に引き摺られるように連れ出されてしまった。

それにしても…お持ち帰りって…一体どういうことな訳?



「とりあえず、ご飯を食べよう。安心して、お持ち帰りって言ったけどそう言う意味じゃないから」

「そう言う意味?」

「いきなり、剥いて食べちゃうなんてしません。そこは約束します」

「は、はあ…そうですか」

私達は会社からほど近いチェーンの居酒屋にやってきた。

まずはアルコールなんだろうけど、飲みたい気分ではないのでウーロン茶を頼んだ。

剥いて食べたりしませんという発言は紳士的だけども、それは私が女の子としての魅力がないってことかな?

だとしたら、それはそれで辛いものがある。

「あれ?お酒…ダメ?」

「いいえ、いくらフレックスと言っても今から飲むのは…ちょっと…」

初めて、憧れの主任と居酒屋でアルコールなんてハードル高過ぎます。

「まあ、それならいいけど。君は本当に良く仕事をしてるよね」

「そうですか?」

「うん、女の子で一番通勤時間がかかっているの…知らなかった?」

私は初耳で少しだけ驚いた。確かに私の勤める会社はかなり女子でも残業をするのであまり通勤時間に時間をかける訳にはいかない。

一番近いと言われている私も通勤時間は約1時間弱だ。乗り換え時間とか含めるともっとかかるけど、それはそれだ。



「家を出ようとは思わない?」

「このまま仕事を続けるのなら…そう思いますね。少し考えようかな」

「そうだね、君…春には主任に昇給だから」

「えっ?何冗談を言っているんですか?」

「冗談じゃないよ。これは本当。でもオフレコね。人事の同期が言っていたから間違いない」

だとしたら、嬉しいけど…今以上に家に帰れない事が確定する。

やっぱり、一人暮らしか…気が重いなぁ。

「ところで、君は恋人はいないの?」

その言葉に一瞬私がフリーズする。恋人ねぇ…連休前まではいましたよ。連休前までは。

今の私は思い出したくないことの一つだ。黒歴史と言ってもいいかもしれない。

「今は…いません。ちょっと…それ以上は勘弁して下さい」

「ふうん。だったら…俺が立候補してもいい?」

「へ?何に立候補するんですか?」

「だから、君の彼氏に。それとも年上の男性はお好みじゃない?」

いきなりの展開に私はついていけなくなる。



今、私の向かいにいる…我が社のアイドルな主任様が私を口説いている様な気がしたのは気のせいでしょうか?

お店の照明のせいでしょうか?妙に主任の顔がキラキラしている様な気がします。

今からダッシュで逃亡してもいいでしょうか?逃げないと後が怖い事になりそうです。

私の頭のナカでいろんな事が一気にカチカチと表示されていく。

ある意味で…私の人生で最大のチャンスであって、ピンチな気がしてなりません。



「ねぇ?」

「キャア…何ですか?」

いきなり私の隣に移動して、耳元で囁かれる。

「俺を置いて百面相は止めてくれない?俺としては役得だけど…本当に彼氏いないの?」

「今はいません。ちょっと前はいました。本当にこれ以上勘弁して下さい」

久しぶりの恋人とのデートと思って彼氏の家に行ったら…彼は他所のお嬢さんとエクセサイズしてました。

とりあえず、ごゆっくりどうぞとしか言えないで、反撃もせずに帰った私。それで良かったかはまだ悩む。

自分なりに、恋も仕事もって頑張ってたはずなのにどうしてこうなったんでしょう?

彼の方からは謝罪を匂わすメールが来ますが、接触したくなくって着信拒否にしてしまいました。

そういえば、ちゃんと別れてませんね。まずは別れないといけないでしょう。

「ちょっと前はいたって事は…どういう意味だい?」

主任の囁きが誘導尋問になってしまって、結局私は白状するしかなかった。

「成程。まずはちゃんと別れよう。さあ、電話して。何かあれば俺が代わってあげるから」

主任に言われるままに彼に電話を入れる。案の定ワンコールで彼は出てくれた。



「こないだは済まん。魔が差したんだ」

ふぅん、魔が差してエクセサイズですか。なんとも言えない言い訳に私は呆れる。

あんなに彼の事が好きだったはずなのに、今は何とも思えない自分がいる。

「ごめん…。私が無理。もう…別れて。このままいても互いにプラスになれない」

私は淡々と彼に告げる。あの日がなければ、彼からプロポーズされたら結婚したかもしれない。

でも…今の私には彼と共に歩こうと言う意思はすでにない。あの日から道が別れたようだ。

「そんな、俺を見捨てるのか?」

「見捨てるとか、そんなんじゃないでしょう?」

女々しくも縋りつく彼が逆に滑稽にしか思えない。

困ったなぁ。このままだと、彼の事を嫌いになっちゃうよなぁ。

そんな時、主任が手を差し出した。要は会話に乱入しようと言う訳か。

私は大人しく、主任にスマホを手渡した。



「こんばんは。ヒソヒソと話しているって事は、女と切れてないな」

「おっ、おまえは誰だ?あいつも浮気しているのか?人の事言えないじゃないか」

「彼女が一人で残業していたので、食事をさせる為に回収した職場の上司ですが?何か?」

「残業?あいつってば、相変わらずとろくさいんだな。やっぱりそんな女いらねぇや」

「そうですか。彼女はしっかり仕事をしてくれていますよ。今の彼女にはあなたの存在が逆効果です。別れて下さるのは彼女にとって今後のキャリアで一番有意義なことかもしれませんね。では、ごきげんよう」

主任は畳みかけるように、通話を終了させてしまい、着信拒否の設定を勝手にしてしまった。

「これで害虫駆除は終わりましたね。後の害虫は…おいおい退治していくからいいです」

「害虫って…ちょっと…主任」

「あれは害虫でしょ?それとも寄生虫か。能力のある君をそんなふうに扱う男なんてそんなものじゃないかい?」

「成程…。そうかもしれませんね。あの人ともう会う気もないので。ありがとうございます。主任」

「じゃあ、俺が本気で口説いてもいいよね?」

「あの…私すぐに別れて他の男性と…っていうのはちょっと…」

「そうだね。傷ついている所に入り込むのは大人の恋愛にしてもちょっとルール違反かな?でもそれを理解したうえで君に近付きたいって言ったら…どうする?」

主任が私の手を握る。少しだけひんやりとする手が主任の本気を物語っている。



職場のアイドル。少なくても、私は主任の仕事のスタイルには憧れている。

ひと山いくらのファンの中の一人の私が…選ばれてしまっていいのだろうか?

何も知らないのだから、少しずつ…距離を縮めたら違うのかな?

「ねぇ?お腹は一杯になった?」

「ええ。なりました。これからビジネスホテルを探します」

「探さなくていいよ。俺の家においで。部屋は余ってるから…安心して」

「でも…主任…明日の仕事は?」

「俺は明日は10時にクライアントに直行にしてあるから大丈夫だよ」

ほらっと手を差し出し、主任は私は居酒屋を後にした。



「これから話す事は君が知らないと思う話だから…聞き流して?」

「はい…」

主任の自宅まで私達は歩いている。会社から然程離れていない所に暮らしているんだそうだ。

「今から約4年前に、ある女子社員が入社しました。彼女は入社試験ではトップの成績でした。けれども彼女はその事実を冗談でしょうと言ってしまう位、自分に自信がないようでした」

「それって…もしかして…」

「いいから。最後まで聞いて…いいね?」

「全社共通の新入社員研修でも彼女の態度はいつも真摯なもので、水面下では各部署が彼女の獲得に躍起になっていました。女の子ではあるけれども、確実に結果を残してくれるそんな予感をもたらす行動を自然としているのだから」

やがて、信号が赤になり、私達は立ち止まる。

「鞄…持ってあげるよ。それに今夜は冷えるね」

主任の左手が私の右手を捉えてポケットのナカで捕えられてしまう。

心地よい温もりが、私を更に溶かしていくような錯覚に陥る。

「結果的に、彼女は営業1課で営業ノウハウを叩きこんでから主要部署で育てる事になりました。営業部でも教わった事を忠実にこなしてクライアントから信頼を得たので、毎年異動の打診があるのですが、現場は会社の利益を優先して彼女の異動に異議を唱えます。この4月で入社4年になる彼女ですが、そんな事情で今まで一度も異動がないため、一部の社員は彼女は能力がないのだと思い込むようになりました」

確かに、私の事を悪く言う一部の社員さんがいる事は私も知っています。

そんな事を気にしていたら、仕事にならないので気になんかしません。

「彼女をもっと成長させたいと考えた社長は、社長権限を持って彼女を主任に昇給させ、財務管理部に異動させることに決めました。これが君の知らない君の話」

「本当ですか?私は使えないから、課長に厳しくされているのかと思ってました」

「あの課長が使えない代名詞だから。君だって分かっているでしょう?君を手放すのは社の業績には多少の打撃だけど、若手の育成には必要な事だから」

「でも…どうして、主任がそんな事を知っているのですか?」

「うん…それはね。俺が社長の息子だからだよ。ごめん、普段は母方の姓を社内で名乗っているからね。この事を知っているのは一部の役員だけ。それで、4月からは俺の部下になるんだ。これは偶然」

「えっ?主任って…社長の息子さん…。何となく、似ている気がします」

私は社長の顔を思い浮かべる。社内でチョコを配ってはいけないってルールがないから、毎年社長に秘書さんを通じて渡して貰っている。

ホワイトデーには手書きをお礼状を毎年くれるのだ。それが嬉しくて…つい毎年渡している。

もちろん、今年の分も鞄の中には入っている。



「それと…今年も父さんにはチョコレートをあげるんだよね」

「はっ、はい。そのつもりですが?」

「俺には?何でもいいからくれないかな?」

「何でも…ですか?」

「うん、ちょうどコンビニがあるから、そこで今買って?もう14日だしさ」

「いいんですか?」

「俺達が知り合うきっかけがバレンタインデーのチョコでもいいんじゃない?」

「えっと…いきなり距離を詰められると困ったちゃうので、お手柔らかにお願いします」

主任に連れられてコンビニに入る。主任が店内を見て、ある商品を指差した。



「今年は…これ買って。俺の部屋に帰ってから、一緒に食べながらお互いに理解するのはどう?」

「どうって…主任…」

「大丈夫。今夜は心の距離だけにします。一応、君よりは年が上だからね」

主任の頬がほんのりと染まっているのを見て、私は微笑む。

「はい、よろしくお願いします」

そう言って、おねだりされた商品を購入するのだった。



今年のバレンタインはひょっとすると…。

お菓子は…コンビニにあるチョコレート菓子の何かと言う事で。

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