心構え編 靖之の場合
溢れるメシマズ(料理ベタ)の才能を持つ歩美の彼氏の靖之(24歳職業体育教師)の場合。高校3年生の歩美は現在自由登校の身で、私立大学の合格発表待ち&センター試験の結果待ちの状態です。
去年はホットチョコレートで切りぬけましたが…今年は?
「ねえ、先生…」
「なんだ?山川?」
放課後の生徒会室。クラスの教え子であり、生徒会長だった真美から選挙を経て引き継いで会長になった山川。
今日は、卒業式の打ち合わせと、高校入試の手伝いの打ち合わせで久し振りに生徒会室にいる。
俺が開帳していた時はとても乱雑なモノだったが、今は整理整頓が徹底されていて、一目瞭然でこっちもありがたい。
「歩美先輩の試験はどうなんですか?」
俺は口に含んでいたコーヒーを盛大に吹きそうになる。
ちょっと待て。確かに俺は教え子の歩美と交際はしているが、校内では極力接触していないのに、どうして知ってる?
「なっ、何のことだ?」
「だって、靖之さんでしょう?歩美さんのダーリンって。名前は出るけど、写真は見せてくれないし、デートをしたとも聞きません。ってことは、表に出せないって事ですよね?だから先生かと思ったんですが」
むかつく位に正論で、正解な訳で。そういえば、こいつは文芸部だし、彼氏はティーンズ小説と言えども作家だったなとぼんやりと考える。
「絶対に言うなよ。分かってるよな?」
「この情報を公表したところで、私にはメリットはありませんから言う訳がないじゃないですか。それよりも…歩美先輩にお菓子を作らせるおつもりですか?」
山川は淡々と俺に聞いてくるが、一番最後のセリフは頂けない。
俺の愛する彼女はとにかく料理が出来ないのだから。
去年のバレンタインは、ホットチョコレートと言っていた。…要はココアだったんだが。
今年は、私立が合格して、国立も2次試験が受けれるなら受験生なので、市販で十分なのだが…山川の発言を聞いていると、どうも何かを企んでいるらしい。
「何か、聞いているか?」
「家庭科部だった、恵美先輩からバレンタイン強化講習のお誘いはきましたよ」
山川は1枚のプリントを手渡してくれた。
そこには、調理実習とラッピング講習と最低限のマナー講習と書いてある。
「…これに参加したらしいってことか?」
「ま…そう言う事です。許されたんですか?また家庭科室のコンロをってことはないですよね?」
山川は更に痛いことをついてくる。
俺の彼女は、入学早々に家庭科室のコンロを1台再起不能にした経歴があるのだ。
「生徒会長さんは何をお望みですか?」
「えっと、校内の備品を破壊されるのは迷惑なので、真美先輩のところで合宿生活はいかがですか?」
全生徒会長の名前を口にする。彼女の幼馴染である真美ならば、まともな方向に導くかもしれない。
「そうだな。恵美には止めてもらえるように話せるか?」
「いいですけど、手数料頂きますよ」
今年の生徒会長は非常に現実主義者だ。少しだけ将来が怖くなる。
「あぁ、考えておくよ」
そう言って俺は生徒会室から逃げ出すことにした。
職員室に立ち寄り、家庭科部の顧問に強化講習のお願いをしてくる。
受験が終わっていない3年生の参加は不可と。そうすれば歩美は参加できない。
俺の主張は至極まともなので受け入れてもらえた。
後で彼女から文句は出るが、そんなことくらいは承知の上だ。
問題は、今年俺の口に入る運命になると言う物体だ。
できれば食べられるものがいいなぁと思ってしまうのは普通だと思いたい。
彼女なりに努力はしているのだが、少しは進歩したのだが、油の海に泳ぐ焼きそばは…頂けない。
そんな俺は切に願う。今年は、デパートで購入して頂きたい。
そして、何事も起こらないように…と。
最初は、久し振りの靖之先生(笑)心構えと言うより、覚悟を決めた編というか。
少し良くなった料理で、油まみれの焼きそばってどうよ(書いてる私も突っ込みたい)
かく言う私も、マズイと言われない程度の料理レベルなので大きな事は言えません。