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Kind Light  作者: れの
3/3

神成 第二章

 瞳。

 アイスブルーの、瞳。

 冷たい氷のような、薄くって、それでいて奥の方には深海のような青色を眠らせる、瞳。

 凄惨で、残酷で、憎悪に満ち溢れた瞳である。

 僕は目が逸らせなかった。

「何の用だ、と聞いている。聞こえていないのか、能無しめ」

 風が吹いた。うつ伏せに倒れたままの彼女の髪が、まるでそれ自体が銀色の美しい風のように、軽くさらさらと靡く。

 どこか異国のものを見ているような気分だった。いや、人知を超えたなにかとても美しいものを、見ている気分。怖いくらいだ。

「答えられないか」

「あ……その、」

 ひんやりと、その瞳と同じように冷たい声だった。冷ややかで、涼やかで、それでいて美しく通る声だ。思わず聞き入っていて、すぐには声が出ない。喉がヤケにカラカラで張り付いていた。

 倒れたままの彼女は、苛々とした様子で目を細めた。すぅっと、辺りの緊張感が高まった気がする。何だか空気がびりびりと痛い。

「ならば質問を変えよう。どうしてここに来たか、言ってみろ」

「友達に……頼まれて。その子がこのビルの前で、大切なものを落としたって言ったから、探しに来たんだ」

 やっと声が出た。掠れて、自分でも分かるほど聞き取りにくい声だったはずだけれど、なぜだか彼女は、正確に聞き取ることが出来たようだ。友達に頼まれて……、と繰り返して、ますます不機嫌そうに僕を睨む。

「赤色の御守りなんだ……けど……」

「落とし物……頼まれて?そんな事で……そんな事でここに来たというのか!」

 びくり、と思わず肩が震える。凄い剣幕だ。

「いい加減にしろ。馬鹿にするんじゃない!そんな事で?有り得ない」

 有り得ないと言われても──実際、こうして有り得ているんだけどなぁ。

 ……っていうか、この子、大丈夫なのか?確かに凄い剣幕ではあるが、状況は何一つ好転していない。この子が廃ビルの最上階であるこの部屋に倒れていたことは事実であるし、その手足の異常な細さが目に付く。この現代に生きる僕にとっては、およそ見慣れない病的なものである。かつて食物もロクになかった時代に生きた、孤児の、ような……

「そうだ!君、大丈夫か!?」

 思い出した。あまりの事態の急展開ぶりにすっかり追いつけていなかったが、今やっと追いついた。

 僕はこの子を助けようとしたのだ。

 そう、あの痛みが蘇る。脳裏に焼き付いて離れない、鮮明な痛みが。

 「ああ、そうだ、警察……いや、救急車を、」

 ……言い掛けて気付く。そういえばついさっき、僕のケータイは砂塵となってしまったんだった。じゃあ、どうしよう。すぐにでも助けを呼んできてあげたいところだが、この子を一人にしておきたくない。

「……訳が分からないな」

 悩む僕をよそに、彼女は彼女で、いぶかしむように顔を歪めてこちらを眺めている。

「あれか……君は馬鹿なのか」

「……そうなのかな?」

 そんな神妙な顔つきで言われても、僕には何も言いようがないというか。

 僕が返事をする度に、彼女は一瞬だけ、戸惑うような疑うような表情を見せた。それが何より気になるのだが。

「恐らく君に落とし物探しを頼んだ友人を、私は一度見ているな。昨日ビルの前まで来たおかしな奴だろう。それだけでもおかしいことこの上ないが、のこのこビル内に入ってくるところを見ると、どうやら君よりはマシだったようだ。なあ、この自殺願望者め。殺されたいのか」

「あ……いや、その……」

 僕は僕で、言ってることが全く分からない。戸惑うばかりである。

「っていうかさ、自殺願望者って……どういう意味なのかな?」

「そのままの意味だ。分からないか」

 僕は素直に頷いておく。

 彼女は口の端を歪めて、僕の顔をじっと見た。笑ったのだろうか?

「君が望むのなら、意味を教えてやってもいい。その代わり、一つ教えて欲しいことがある」

「分かった。何を教えればいい?」

 二つ返事で頷くと、彼女は口を歪めたままで、ますます不審そうな顔をした。

「なぜ君は、先程痛みに苦しみながらも、この私に手を伸ばしてきた?それが分からない」

 ……え?そんなこと?

 だって、当然じゃないか。確かに死ぬほどの痛みではあったものの、同じような苦しみにさらされているかも知れない女の子が、確かに目の鼻の先で倒れているのだ。手を伸ばし、助けようとしない方がおかしいんじゃないのか?

 ……まあ、あの時手が届いていたとしても、助けられなかっただろうけれど……。

 というか、あの痛みは一体……いや、この子はまず、平気なのか?

「単に助けようとした、だと?馬鹿を言うな……そんな事は有り得ない。有り得てはならないはずだ」

 いやいやいや!まだ僕は何も言ってないというか、今からそれを口に出そうと──!

「ちょっと会話の順番を間違えただけだ。気にするな」

「ど、どんな間違いだよ!?」

 やっと、先を読まれずに言葉を発することが出来た。先読み先読みで口に出せずに終わってしまうのは、なるほど会話のテンポは速いものの、かなりストレスが溜まる。

 やっと言えた言葉が突っ込みなのは、なんとも悲しいのでスルーしていただきたい。

 更に言葉を重ねようとしたところで、うつ伏せのままで僕を睨んでいた彼女は、突然仰向けになった。

 銀色の美しい髪が、冷たいコンクリートの床に広がる──。

「君、手を出せ」

 アイスブルーの瞳を一層輝かせながら、彼女はきっぱりと言った。

「──え?手って……」

「君の片手を差し出せと言っている。いいから、貸せ」

 苛々と言う彼女の命令通りに、僕は右手を差し出した。少女はゆらりと左手を持ち上げ、白魚のような人差し指を一本、僕の手のひらに近付ける。彼女の腕が持ち上がった拍子に、重力に逆らえないだぶだぶのパーカーの袖が、肘までするりと落ちた。真っ白で細い腕が露わになる。

 なぜか緊張して動けなくなっている僕の手のひらに、ゆっくり、ゆっくりと彼女の指が、触れる──

「いっ……!?」

 冷たい指が触れたところから、鋭い針のような痛みが全身を貫いた。

 これはさっきの──!

「まだ、分からないか?」

 痛みはすぐに引いた。

 その代わり、涼やかな彼女の声と共鳴するようにして、耳元で火花が爆ぜる不穏な音がした。動けない。

「こ、れは……」

「分からないのか?先程君を死の淵まで追い詰めた痛みは、私がやったということだ」

 ひときわ大きく、耳元で激しく火花が散る。

「人がせっかく追っ手を山で撒いて、やれ安心して寝ることが出来るところに辿り着いたと思ったら、わずか数日でこの様である。あろうことかその人間は私の縄張りに平気で侵入し、かつ救急車を呼ぼうとした。これが敵でなくて何だというのだ?」

 彼女が僕をぎろりと睨む。

 いや……追っ手とか、縄張りとか、何の話だかさっぱりなんだけど。

「しかも、だ!頭の中を覗いてみれば、その大馬鹿者には善意しかなかった!こんなイレギュラーは初めてだ。通報も、私を助けようとしてのことだった。これは、おかしい。おかしすぎる」

 静かに叫ぶ彼女に首を傾げていたのだが、次の瞬間、僕はやっと動くことが出来た。

「さては──さては、本能の欠落か!!」

 彼女がそう叫んだ瞬間、目の前で火花が爆発した。

 目も眩むような白い光によろけながらも、慌てて二歩ほど後ずさりをする。見れば、中学生の時に教科書で見た静電気の写真に写る、美しく小さな稲妻の拡大版が、彼女を中心に部屋中で爆ぜていた。

 明らかに威嚇している……?殺意も感じるのは

僕の気のせいだと信じたい。

 怖い、というより目を疑った。これはなんだ?スタンガンか何かなのだろうか……?

「はっ、スタンガン?馬鹿にするな。あんな弱い電流しか流せぬものでは、こうして空中に火花を発生させることは不可能だろう。これは、私の体質だ」

 た、体質……?体質って──

「そう、体質。生まれながらにして持つ、体質。電気を発生させる体質だ。どうだ、なかなかに珍しいだろう?」

「め、珍しいっていうか、本当にそんなものがあるの?」

「見て分からないのか?目の前で実演しているというのに、君の目はどうやら節穴のようだ。まだ理解できていないと言うのなら、もう一発お見舞いしてやろうか?」

「い、いやっ!いい!遠慮しておくよ……」

 あんな痛みは懲り懲りだ。

 慌てて首を振ると、彼女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「君、もう一度手を出せ」

 え、またびりびりか──?

「違う!起こせ。自分で起きるのは面倒である。引っ張って起こせ」

 ……はあ。

 自分で起きあがることくらいして欲しいけれど、彼女が死んでもおかしくないくらい、というか、話せもしないくらいに痩せているという事実は、何一つ変わっていない。

 火花はいつの間にか消えていた。

 恐る恐る近づいて、彼女の手を握って引っ張る。折れてしまわないかと内心ひやひやだったのだが、彼女は手に全く力を入れていないように思えるのに、案外すんなり起きあがった。

 そのまま、力無くコンクリートの壁にもたれる。僕も彼女と目線を会わせるためにしゃがんだ。

 見れば見るほど美しい。肌は陶器のようで、抜けるように白かった。

「このような体質であるからな、病院にでも連れて行かれてみろ、モルモットにされるのがオチだ。警察含む、国に関係する機関は全てアウトだ。なにやら噂によれば、国に私の存在がバレてな、裏で賞金首になっているらしい。剣呑な話だろう?」

 剣呑……で、済ませていいのか?

「そんな私であるから、だ。微弱な電気をこのビルの敷地内に充満させ、人が嫌がって近付けないようにした。入ることはおろか、見ることすら嫌うだろうな……。だから君と、君の友人はおかしいのだ。だって、入ってこれるのなら意味がないではないか。この電流のお陰で、敵がずかずか私の縄張りに入ってくることを防いでいるというのに」

 その話が本当なら……確かにおかしい、かな。読原だって結局は嫌がったし、何も感じていないのは僕だけということになる。

 だから有り得ないと、馬鹿かと言ったのか。納得。

 いや、まあ納得してはいけないところなんだろうけれど、一応。

 本当なら電気を発生させる体質なんていう、およそ有り得ないものを信じる気になんてならないはずだけれども、如何せんこの体で体感しているのだ。信じないわけにはいかない、というのが正直なところ。

 だって、そりゃあもう痺れるくらいはっきりと体感してるし。

「気持ちよく昼寝をしているところに、ビルの敷地内に留まらず、あろうことか私がいるところまで堂々と侵入し、突然警察に通報しようとした奴がいるのだ。殺そうとするのも当たり前だろう?」

 ──え?殺そうと……?

「そう、最初から私は、君を殺すつもりでいたのだ。だが……君が、およそ有り得ない不可解な行動にでた」

 自分が殺されようとしているのに、それに気付かず。

 自分を殺そうとしている人も同じ苦しみにあると勘違いをして。

 死に至らしめようとしている殺人犯を、助けようとした──。

「あ、あのぅ……僕、単なる馬鹿じゃない?」

「今頃気付いたのか、馬鹿。私が呆れかえって、うっかり殺す気も失せた理由が分かったか」

 ああー……い、一応、命拾いしたってことで。

「間抜けと馬鹿にも程がある。君、本当に人なのか?」

「一応これでも人だよ……」

 力無く言うことしかできないや。

 がっくりと肩を落とす僕を、大して興味もなさそうに眺めていた彼女だったが、しばらく立ち直れない恥ずかしさに死にかけている僕が、どうやら少し面白かったらしい。口の端っこを歪めて、くすりと笑った。アイスブルーの瞳が僅かに細められる。

 緩やかに迷い込んできた風に微笑むようにして、彼女はコンクリートの床に人差し指を突き立てた。そのまま、何かを指で書き始める。彼女の指が通ったところは、石で擦ったように白くなっている。

「あのさ……家族は?」

 気がつくと、思わずそう聞いてしまっていた。口にしてしまって、もう取り返しがつかなくなってから、失敗したと気付く。

 しかし彼女は穏やかに何かを書き続けるだけで、怒りもしないし、悲しみもしない。

「生まれて数ヶ月で、我が愛すべき両親は恐れをなして私を捨てた。その後は、そう、何年間か施設で過ごしたな。孤児院のようなところでな。まあ、当然と言えば当然だ」

「……ごめん」

「謝られる筋合いは無いぞ。勝手に謝ってくれるな。ちなみに年は聞くな。数え忘れてた」

 はは……自分の年を数え忘れるなんて、そんな事があるのか。

 悲しい話だ。悲しくて、何も言えない話だ。

「何を勝手に感傷に浸っている。ほら、これを見ろ」

 僕にまたしても呆れながら、彼女は自分の書いた文字を指差した。

「えっと……きみつ、ろう?」

「その通り。私の名前は君津琅だ。君の名は?」

 自分の名を名乗る琅は、少し誇らしげだ。

「僕の名前は、じんどう、かずき。漢字は……」

 僕が説明をする前に、琅は自分の名前の下に僕の名を書いた。にやりと笑って、勝ち誇るようにしながら、「仁堂央樹」と正確に。

 さてはまた頭の中を読んだな……?

「ふむ、なかなかどうしていい名前じゃないか。私は、名前を大切にするように教えられているものでな」

「それは良いことだと思うけどさ、どうして頭の中を読めるんだよ?」

 琅は、少し挑戦的な目をした。

「なんだ、そんな事か。いいか、脳がものを考えることが出来るのは、微弱な電流のやり取りがあるからだ。それを読みとることなど、私にとっては造作もない」

「僕のプライバシーが!?」

 それは大変だ……防ぎようがないけれど、大変だ!

 僕が一人で頭を抱えていると、琅はふっと笑って、夕焼け空に似合うような溜め息をついた。

 そして、僕を真っ直ぐに見る。

「さて、おかしな人間、央樹。そろそろ時間だ」

 不名誉な言い方だなぁ。

「でも、時間って?」

「そろそろ君は帰らなくてはならない。もう時間切れなのだ。こうして久しぶりに私は人と話したが、君を信頼しているというわけでは無い。君が家に帰るまでの間に、こんな妙な奴がいたと通報するかも知れない。今はその気はないものの、君がそうしてしまう危険性を考えて、私はまた、君を殺そうとするかも知れない。気が変わるのは時間の問題だぞ、央樹」

 琅は、これ以上なくはっきりと言う。でももだっても言わせないくらいに。

 しかし、それでは駄目じゃないか。この子を助けていない。この様子じゃ、何も食べていないはずだ。口は達者だが、空元気と考えることも出来る。

「……死にたいのか?言っておくが、私は殺人如き、これっぽっちも躊躇いはしないぞ」

 単なる脅しではないと、流石に分かった。本当に殺すつもりなんだ。

 さっきまでの穏やかな表情は、もうない。夢は醒めたと言わんばかりの、冷たくて残酷で、凄惨な表情。

 夜が近い。

「今すぐに、帰れ。ここから出て行け」

 そんなつもりはなかったのに、僕は立ち上がった。

「久しぶりの楽しい時間であった、央樹。この時が最後まで楽しいだけであるように、早く帰るのだ」

 そんな風に言われては、僕には言うとおりにするしか道はない。

 後ろ髪を引かれる思いなんて、そんな名残惜しさどころではなかった。僕は結局、琅を救えないまま、ここを去る。

 意に反して、僕の足は部屋を出て、真っ暗な階段を下りていく。

 ゴミだらけの一階を脱出し、草もぼうぼうのコンクリートを踏みしめた瞬間だった。

「……あれ?」

 上から何か赤いものが落ちてきて、僕の足下に落ちた。拾い上げてみると、真っ赤な御守りだった。角の布が少しぼろぼろで、一体何をどうすればこんなに詰め込めるのかというくらい、ぱんぱんの。


 ──琅。

 ──琅……琅だ。

「……あ、ありがとう──!」

 声か掠れた。読原が落としたのに気付いて、拾っておいてくれたのだ。

 感謝しても、しきれない。なんというか、面と向かって渡さないところが、琅らしいけれど。

 僕は走り出す。振り返らずに、肺が苦しくっても、止まらずに。

 走って、走って。

 やがて体も限界で、もう休まないと歩けやしないと言うところまできて、やっと立ち止まる。頭の中を、言葉が駆け巡っている。どう、母さんや姉ちゃんに言えばいい?



 僕は遂に、すんごいの、に出会ってしまった。

あれっ、思ったより話が進まないうちに二章が終わってしまいましたね……世界設定を話すつもりだったのですが……そこまで至りませんでした(ノД`)


君津琅、すなわちヒロインの登場ですね!なかなか特徴的な子ですが。


単なる超能力のお話にするつもりはありませぬ!ちょっと変わったお話にしたいなと。だから、ご安心下さい。(何に!?)


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