03
突然だが、今日は体育大会です。
私は、パン食い競争と仮装競争です。友人には「流石、音!」と言われ、そんな友人に恋してる男には「一緒に芸人目指さないか」と誘われた。なーんでやねーんと返したら、「お前に芸人以上にぴったりな職業はないだろう」とほざくからバックドロップを食らわせようとしたら、これまた当然のように一夜が男にど突いた。
「音になんて誘ったか教えてもらおうか?季利」
ど突いた男の胸倉を掴み無理矢理立たせた一夜の目は尋常ではない程に殺気立っていた。そのまま一夜から天誅という名の制裁を受けろ。
男の名前は、松里 季利という。松里と私は中学からの付き合いで、松里と一夜は幼稚園からの長い付き合いなのだと言う。そんな二人はとっても仲良しには見えない。まぁ、よくある腐れ縁なのだと言う。
「一緒に芸人を目指さないかって誘っただけだろ」
「それはつまり夫婦漫才をやろうって言ってるのと一緒だろ。悪いけど、音は俺のだから。音は俺の嫁で、子供は三人産んで二人で一緒に育てようって約束してるんだよ」
「なんで夫婦…。やめろよ、悪夢だ…っ!いたたたたたたた!!!!!」
相も変わらず殺気立っている一夜からの海老反りを食らっている松里に、三回手を叩いて合掌した。
「音ちゃん。神社じゃないんだから」
そうゆったりとした喋り方をするのは最愛の友人である、相坂 林檎。彼女は否定するが、周囲の人間認定の愛される天然である。そんな林檎をこよなく愛する男が松里だ。松里は、天然林檎に猛アピールをする。時には愛の言葉も囁く。だがそんな松里を嘲笑うかのように林檎は全て総スルー。そう彼女は、女の子をこよなく愛していた。
「しまった。あ、あれだ!踏絵!」
「小野木、実は俺の事嫌いだろ」
「いっそ嫌われてしまえ」
一夜は相当松里が嫌いのようだ。
炎天下の中、一夜と松里は大活躍だった。
二人三脚に、障害物リレー、100m走などなど。そりゃもう美形な二人は女子の皆さん方にバカ受けだった。特に一夜のファンの過激派は自作のチア服を着てボンボンを持っての応援だった。どう考えたって、やりすぎだろう。
その内、仮装競争の準備をしろとのアナウンスが流れた。私は重い腰を上げ、集合場に向おうと歩き出したら、何かに躓いてまるで、滑る事しか能がない芸人のようにすっ転んだ。
「いたたたた……」
上からクスクスと、女の嘲笑う声がしてふと顔を上げるとケバケバしい顔のチアガール。こんなチアガールが居ていいのだろうか。ていうか、競技はまさか総サボり?そんな事は先生が許さないだろう。その証拠に先生が怒鳴り込んできた。
私はその隙に集合場に行ったら、一夜がなぜかそこに居た。
「音!さっき、派手に転んでたけど大丈夫か!?」
「なぜ一夜が居る!!?」
しかも腕を広げて、私が走り込んでくる事を見越していたのだろうその位置に立っていた一夜の胸に飛び込んでしまった私を逃がさんとばかりに抱きしめてきた。
「アイツ等煩いからな。俺が誰かと寝たりしたら、寝た相手が必ずリンチに遭ってたらしいしな」
「あの、だったら別れていただこうではないか」
「その点、音はそこいらの女よりずっと精神的にタフだから大丈夫だ。でも、俺の音に怪我させるような真似は流石に許せないな。音に付ける傷はいつだって俺の為であってほしい」
別れ話をスルーして私の頭を一撫でする一夜に、これ以上ない程に悪寒がした。風邪でも引いたかなー。あ、心なしか背中がゾワゾワして、一夜と別れた方が私の為……いや、一夜ならまず間違いなく自分の幸せを最優先して私を監禁するだろう。
松里曰く、ヤンデレは周囲と相手の都合なんてどうでもいいわけで、自分が幸せならそれでいい。とか超自己中な事言ってたな。飽くまで松里の持論らしいが、前は意味が分からなかったが、今なら納得できる。
「…あ、あのー…四篠君。もうすぐでスタートだから、彼女さん離してくれるかな?」
「は?」
「あ、いや…っあの……ごめ」
「音は俺の奥さんだけど」
なんか怖い事言ってるー!!いーやー!!離してー!!
モガモガと抵抗していると、一瞬物凄い力で抱き締められて意識が暗転しそうになった所でアホの松里がビデオカメラ片手にやってきた。
「一夜ー!」
「………」
「無言で睨むなよ。ホラ、小野木には育毛剤やるから」
なにゆえ育毛剤。
「小野木がストレスで禿げないか相坂が心配してる。そして、小野木が禿げたらそれはそれで面白いけど、ほら、流石に可哀想だと思って」
「お前に優しさはないのか」
どうやら私は松里の同情心を煽っていたらしい。
「一夜。小野木の勇姿をビデオに収めるんだろ」
「あぁ」
「小野木には、少しでもその哀れな胸が大きくなるようにエスカップ」
一本のドリンクをプラプラと目の前で揺らしてくる松里の手をバシンと叩いたら、ドリンクがグランドの土の上に落ちた。ビンは運よく割れなかった。
「あー!」
「はい、次。スタートラインに立ってください」
松里の非難の声と気弱な女の先生の声が被った。スタートラインに立ったは良いが後ろが凄く気になる。
「…………」
「位置について!よーい」
パンというスターターピストルの音と火薬の匂いと共に走り出すが、一夜からの視線が凄く気になる。主に足と胸辺りに集中している気がする。いや、気のせいだ。目の前の事に集中するんだ、小野木音。
思えば、この16年間何を思って過ごしてきたのだろうか。幼少期から私の周りは笑いが絶えなかった。私が自ら進んで行動起こせば、必ずといっていい程ハプニングが起きた。いつだったか、松里は言った。「お前は、笑いの神様に愛されてるんだよ」と。全く嬉しくなかった。
中学三年の時に同じクラスだった林檎と知り合って間もなく、林檎から「委員長って凄くエッチな腰してるよね」と言われた時はどう反応していいかわからずとりあえず「ヒップラインと項は最高だね」と意味の分からない事言ったら親友認定された。それからは林檎の猥談を延々と聞かされた。え、AV女優の誰々が凄くエロいのーと言われたその日は、たまたま教科書を借りに来ていた松里と意気投合して、そのまま私も仲良くなったのだが、今はそんな場合ではない。現実逃避を辞めて現実を見る。
余談だが、私は鈍足である。つまりパンを食う為の地点に辿り着いた時、そこにぶら下がっていたのは、フランスパンだった。50㎝はあろう長さのフランスパンを誰もがスルーして、アグアグと必至でパンに食らい付こうとする走者達のど真ん中で、そんなアグアグしなくても余裕で咥えられそうなフランスパンに齧り付いた。あぁ、なんて固いんだろう。
え?これ咥えてゴールとか顎がどうにかなっちゃいそうだ。
あ、一夜が超真剣な顔で私をビデオに撮っている。その後ろで松里が林檎に「好き好き」言っている。そんな林檎の視線はジャージ姿でゴールテープを持っている女の先生のお尻に釘付けだ。ナイスバディだからわかるんだけどさ、自重しようよ。
「あぐっ」
とフランスパンを横から咥えて走り出して、ゴール目前で後ろから猛スピードで、クロワッサンを咥えて走ってくるクラスメート。よく見れば、一夜の過激ファンだった。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!!!!
物凄い目でこっちに向って走ってくるよー!!このままだとタックルされて怪我する!!
鼻の皮剥ける!!
「ふぁー!!!」
いやーと言ったつもりが意味の分からない声。あぁ、そうだった。私は今、フランスパンを咥えているんだった。重いんだよ、こんちくしょう!あ、転ぶ!と思って、目を閉じれば、温かい何かに包まれたのだが、私の背中はぐっしょりと冷や汗にまみれた。
「お疲れ様、音」
私のお腹と一夜の…なんか徐々に硬度が上がってきている部分の間に白いゴールテープが挟まれていた。後、フランスパンが私の顎の下にあった。
「ちょうどいいから、音はそのままフランスパンに齧り付いてて」
「あぐっ!?」
再び口に咥えさせられたフランスパンをカジカジしていると一夜の冷たい声が聞こえた。
「今、俺の音に何しようとした」
「…な、なんの事…?」
「俺が今まで寝た女は遊びだったけど、音だけは違う。音は俺の大事な女で、お前等に傷付けられるのだけは我慢ならない。今まで過ぎた行動に目を瞑って傍観してたけど、もうそうもいかない。次に、こんな事があるようなら容赦はしない。具体的に言えば」
その先は、一夜に耳をギュッと塞がれて、聞こえなかった。
一夜は私を抱き締めながら、その過激派の女の子の胸倉を掴んで耳元で何かを囁いているように見えた。一夜がその女の子を解放した時にはその子の顔は蒼褪めていた。