表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/27

第8話 倒れゆく五星姫と三つの灯火



 三人が、その空間に足を踏み入れた瞬間、空気が止まった。


 風も、音も、魔力の流れすらも凍りついたように、すべてが一瞬、沈黙する。誰も、何が起こったのか理解できなかった。カリギュラでさえも、反応が一拍遅れた。


 それほどまでに、異質で、この世界の(ことわり)から外れた、何かが来たのだと誰もが理解した。



【コメント欄】


『……誰? あの三人?』

『扉、開いた……!? あそこって開く仕様あったっけ?』

『銀の騎士の人、すごい迫力……』

『あのローブの人、魔力の波が画面越しでも、とんでもないって解るんだけど……』

『味方? 敵? どっち!? お願い、助けて……!』

『夜々様が反応してる……やばい、あれ本物だ』

『……あの雰囲気、絶対ただ者じゃない』

『九条財閥の……隠し玉とか?』

『お願い……五星姫を……王子様を助けて……』

『祈りが届いたのかな……これ、奇跡だよね……』

『でも、もし敵だったら……もう誰も立てない……』

『頼む……味方であって……!』



 少し、時間はさかのぼる。


 全身を銀鉄の鎧で覆った、無言の騎士。彼の名は、クラウ。


 フルフェイスの兜により、その表情はおろか、風貌すら一切うかがい知れなかった。


「……本来なら、今日の探索は、大事な昇格クエストのはずだった」


 低く、鉄の内側から響く声。それは誰に向けたものでもなく、ただ己の中に刻みつけるような独白。


「私たち『無冠の灯』にとって、本当の挑戦ともいえるC級昇格をかけた、王国迷宮庁の重要な公式任務」


 六人で挑んだ。


 仲間たちは皆、未熟ながらも信頼できる者ばかり。


「あれは、些細な判断ミスだった。罠の兆候には気づいていた。だが、私は……見誤った」


 それは、転移罠だった。気づいた時には、視界が歪み、空間がねじれ、六人は飛ばされた。


「気づけば、私とストレイ、フェルマ。あとの三人……バルド、カゲトラ、リュカの姿は、どこにもなかった」


 ストレイの探査魔法をもってしても、座標は不明。


 だが、周囲の構造と魔力の密度から、ここが、どこかの迷宮の地下二十階層であることだけは判明した。


「他の三人のマーカー反応も、完全に途絶えていた。おそらく、別の場所に飛ばされたんだろう……」


 それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。彼らが、まだどこかで生きているかもしれないから。


「まずは、地上を目指す。ここが、わが国と友好的な国の迷宮だといいのだが」


 その声に、迷いはなかった。誰にも見られずとも、確かにそこにある小さな光。


 それが、彼らのパーティー名《無冠むかん(ともしび) (クラウンレス・ライト)》なのだから。


 周囲を警戒しながらクラウは、ここに来てから何度目か解らないため息を静かに吐いた。


 しかし……悔やまれる。C級に昇格すれば、王国迷宮庁の本庁舎での任務申請が可能になる。そこには、冒険者たちの間で『幻の花』と囁かれる存在がいた。


 受付嬢、アリサ様。


 その名を口にするだけで、下級冒険者たちは背筋を正す。整った神聖の対象とされる黒髪に、知性を宿した瞳。凛とした制服姿は、まるで王都に吹く一筋の清涼な風。


 クラウにとって、彼女は『女性』というよりも、『尊き存在』そのものだった。


 彼の生きる世界では、女性の数は極端に少ない。特に、冒険者のような荒事の場では、まず見かけることはない。


 だからこそ。


「……せめて、遠目からでも……」


 それが、クラウのささやかな願いだった。話しかけるなど、恐れ多い。視線を向けることすら、騎士としての礼節に反する気がして、できなかった。


 ただ、ほんの一瞬。


 任務申請の列の向こう、彼女が書類をさばくその横顔を、遠くから見ることができたなら、それだけで、この剣に誓いを捧げる理由が、また一つ増える気がした。


「……昇格すれば、また……」


 その想いは、誰にも語られないまま、銀鉄の鎧の奥、大事に仕舞い込んだ胸元の指輪とともに、静かに灯り続けていた。

 

 十九階のボス部屋に現れたモンスターは、彼らの基準では、地下二階の道中で出会う程度の雑魚に過ぎなかった。


 ストレイの魔術が一閃し、フェルマの薬瓶が正確に急所を焼き、クラウの剣が、最後の一撃を静かに断ち切る。


 戦闘は、わずか五秒。


「……ここの敵、弱すぎじゃないか?」


 ストレイが肩をすくめ、フェルマは無言で頷く。クラウもまた、警戒を解かぬまま、静かに剣を収めた。


「警戒を怠るなよ。迷宮は、牙を隠す」


 そんな話をしながら、三人は十八階へと続く階段を上がりきる。小部屋の向う側で重厚な鉄扉が、静かに彼らの行く手を塞いでいた。


 クラウが盾を構え、フェルマが薬瓶の封を確認し、ストレイが、無言で扉に手をかざす。


「……探る。少し静かにしててくれ」


 扉越しに、淡い魔力の波が広がっていく。やがて、ストレイの眉がわずかに動いた。


「反応は……六つ。一つは少し亜種っぽいが、ナイトメアか? 他の五つは、人族みたいだが……まずいな。誰もが瀕死に近い。そして一人、生命反応が消えかけてる。あまり持ちそうもない」


 クラウが、兜の奥で息をひとつ吐いた。


「ナイトメアにやられるとか……初心者か? 無理して十八階まで降りてきて、返り討ちにあったか」


 フェルマが、静かに呟く。


「早く助けた方がいいね……僕の薬、役立ちそう」


「……ああ。さっき昇級試験用に作ったあの薬、正解だったな」


 ストレイが、肩をすくめるように言った。


「流石に助けたら、すぐに手のひら返すってことはないよな? まあ、ナイトメア程度の雑魚に壊滅しそうな連中なら、それはないか」


 クラウは、剣の柄に手を添えながら、静かに頷いた。


「この迷宮の規模からして……おそらく新興国家のものだろう。だが、油断はするな。それと、ストレイ」


「ん?」


「言葉が通じないかもしれん。翻訳の魔法、かけておいてくれ」


「了解。……まったく、こういうのはフェルマの担当だと思うんだけど」


「僕は薬師だよ。言葉は苦手」


「それともうひとつ。……もしここが敵対国家の迷宮だった場合、顔が割れると厄介だ。一応、顔は見せないようにしてくれ。万が一にも、我が国に不利益をもたらすことは許されん」


「……了解。認識、ぼかしておく」


 そんな軽口を交わしながらも、ストレイの指先にはすでに魔法陣が浮かび始めていた。


 準備が整い、銀鉄の騎士が一歩、扉に近づいた。その背に、無冠の灯が、確かに揺れていた。


 扉が、軋む音を立てて開いた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ