第6話 沈黙の災厄、二度目の襲撃
異界からの転移者は次話から登場となります。
「……やった、の……?」
うたたが、震える声で呟いた。
斗花が拳を下ろし、夜々が鞭をほどく。紫乃も、魔力を帯びた眼鏡のフレームを直しながら、静かに息を吐いた。
冴月が剣を収め、仲間たちに目を向ける。
「……よく、耐えた。これで――」
その瞬間だった。
ズバァンッ!
空気が裂ける音と共に、紫乃の右肩から袈裟懸けに、腕が斬り飛ばされた。その衝撃で掛けなおした眼鏡が空に舞う。
「……っ……あ、あ……っ」
紫乃の瞳が見開かれ、血が、凄いいきおいで噴き出す。
「紫乃ッ!?」
冴月が駆け寄るより早く、コメント欄が、地獄と化した。
【コメント欄】
『えっ!? えっ!? えっ!?』
『今の何!? 誰!?』
『紫乃様の腕が……うそ……』
『#配信事故 #紫乃様』
『誰か止めて……お願い……!』
『カリギュラ……!? 倒したんじゃ……!?』
『#カリギュラ生存!?』
『これ、夢じゃないの……?』
『いやいやいやいや……しのさまがっ……』
『お願い、誰か助けて……!』
そこに、それが当然のように立っていた。
砕けたはずの仮面。崩れ落ちたはずの肉体。しかし、確かにそこに、カリギュラがいた。
「……どうして……?」
冴月の声が、わずかに震えていた。誰よりも冷静だった彼女の瞳に、初めて動揺が宿る。
「紫乃ッ!!」
冴月が駆け寄った時、紫乃の右肩からは、信じられないほどの血があふれていた。
「……っ、紫乃……!」
彼女は、一切の躊躇なく腰のポーチから一本の瓶を取り出した。
それは、上級ポーション。九条家の備蓄から、たった一本だけ持ち込まれた奇跡の液体。
紫乃の肩に、まだ温かい右腕を押し当て、瓶の封を切る。
その香気が、空気を震わせ、命の雫が、紫乃の傷口に染み込んでいく。
「……あ……」
紫乃の瞳が、かすかに揺れた。冴月の顔が、にじんで見える。
(……だめ……それを……使っては……いまからが……本当の……地獄……)
その想いは、声にならなかった。
紫乃の腕は、奇跡のように繋がった。 とはいえ、失った血はあまりにも多く、 彼女の意識は、静かに闇へと沈んでいった。
「紫乃は、私が守る」
冴月は、倒れた紫乃を背にかばい、剣を構え直す。
その瞳に、迷いはなかった。
「あれが、死なぬのなら、滅するまで!」
「ポーション? もう残ってねぇよ……でも、それがどうしたってんだッ!」
斗花が、血を拭って拳を握る。
「魔力も、体力も、もう底だけど……まだ、やれる。やるしかないの」
うたたが、震える指で魔法陣をふたたび描き始める。
「……任務、続行」
くノ一、 夜々が、鞭を巻き直し、無言のまま前を見据える。
五星姫が、再び立ち上がる。
血と炎と狂気の中、最後の戦いが始まろうとしていた。
【コメント欄】
『紫乃様……腕、戻った……!?』
『上級ポーション!? マジで使ったの!?』
『あれ、一本でマンション買えるレベルじゃ……』
『でも血が……紫乃様、目を閉じてる……』
『お願い、死なないで……!』
『冴月さんが……背中で庇ってる……』
『#王子様が守る姫君』
『王子様って呼ばれてるけど、冴月さん……ほんとに姫騎士みたい……』
『死なぬのなら滅するまで、って……震えた……』
『五星姫、もうボロボロなのに……それでも立つのか……』
『斗花姐さん、まだ戦う気なの!? 腕、さっきまで折れてたのに……!』
『うたたちゃん、魔力枯れてるのに……魔法陣描いてる……』
『夜々様……無言で前に出た……あの背中、強すぎる……』
『#冴月王子 #五星姫の奇跡 #立ち上がる三人』
『これが……本物の英雄……!』
『お願い、みんな……生きて帰って……!』
「全力でいくぞ。これが最後だ!」
冴月の号令が、血と炎に満ちた空間を貫いた。斗花の拳が砕けた地面を叩き、うたたの魔法陣が空を覆う。夜々の鞭が、音もなく空間を切り裂く。
「五星連環・終ノ式――」
冴月が剣を掲げ、全員の魔力が一点に集束する。
「ファイナル・ヴァルキュリア・レゾナンス!!」
光が、狂気を焼き尽くす。
カリギュラの身体が、断末魔のように軋み、崩れ落ちる。
〈……もっと、あそぼう〉
その声を最後に、カリギュラは、完全に沈黙した。
「……やっと、倒したのか?」
斗花が、膝をつきながら呟く。
うたたは、蒼白な顔でその場に崩れ落ちた。 魔力の余韻すら残っていない身体が、まるで糸の切れた人形のように、静かに倒れる。
夜々は、鞭を収める力すら残っていなかった。 その手はわずかに震え、普段のクールな佇まいからは想像もできないほど、疲労がにじみ出ていた。
冴月は、剣を地面に突き立て、紫乃の傍に、静かに膝をつく。
満身創痍の五星姫。
勝利の余韻が、静かに広がっていく……はずだった。
〈……もっともっと、あそぼう〉
空間が、軋んだ。
〈……まだまだ、たのしいこと、いっぱいあるよ〉
声が、四方八方から響く。
「……っ、嘘だろ……」
「倒した……はずじゃ……」
「……なんで……」
冴月の瞳が、静かに揺れる。その背に、紫乃の体温がある。 守ったはずの命が、再び危機に晒されようとしていた。
絶望が、再び牙を剥く。
〈……もっともっと、あそぼう〉
空間に響く声に、全員が凍りついた。
しかし、その空気のブレを、冴月だけが察知した。
「……っ!」
彼女の視線が、倒れたうたたの背後に走る死を捉える。そこにあったのは、闇から伸びる一閃の鎌、カリギュラのデスサイズ。
間に合わない。
剣を振るうには遅すぎる。だから冴月は、剣を持つ反対の手を、盾にした。
「――っ!」
うたたの前に、冴月が立った。
その瞬間。
「……っ、あ……」
紫乃が目を覚ました。
とてつもない嫌な気配に、意識の底から引き戻された彼女の瞳が、見たものは、冴月の身体が、鎧ごと袈裟懸けに切り裂かれる瞬間だった。
鋭い風が吹き抜ける。次の瞬間、紫乃の視界が、赤く染まる。
血が舞い、鋼が、深く裂ける音が響く。その衝撃に抗う間もなく、冴月の身体が、ぐらりと傾いた。
視界が揺れる。重力に引かれるように、彼女の身体は静かに、しかし確かに地へと沈んでいった。
「……さ……つき……?」
紫乃の声が、震えた。それは、夢であってほしいと願う声だった。




