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男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています  作者: Ciga-R
第二章 インクライン編

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第67話 癒えぬ光、書き換わる理



 藍坂 空は、地に立てかけた盾に身を預けながら、静かに息を呑んだ。


 雪が放った獄炎の魔法……あの瞬間、彼女の中に走ったのは、驚きというよりも、戸惑いだった。


(……炎?  雪くんが?)


 彼の白の紋章は雪。ならば水や氷の力なら、まだ理解できる。けれど、あの黒紫の瘴気すら焼き尽くすような、獄炎の魔法。


(あれは……本当に、雪くんなの?)


 しかし、次の瞬間に放たれた絶対零度の魔法は、確かに彼の名にふさわしい力だった。空は雪が攻撃魔法を放ったことよりも、その静けさと、深い悲しみが込められた氷の輝きに、胸を打たれていた。


(……この盾は、誰かを守るためにある。なら、今度は……)


 翠坂 風花は、風の精霊たちの声を聞きながら、目を見開いていた。


(……風が、震えてる)


 雪が放った炎の魔法は、風や樹の精霊たちでは太刀打ちできないほどの威力だった。それは、彼の紋章とはあまりにもかけ離れている。


(どうして……雪くんが、炎を?)


 けれど、次に放たれた氷の魔法は、まるで彼の心そのものだった。悲しみが、冷気となって世界を包み、すべてを終わらせた。


(……感情が、魔力に……?)


 風花は、精霊たちのささやきを聞きながら、雪の中に眠る何かの存在を、確かに感じ取っていた。それはただの力ではない。


 まるで複数の意志……彼を狂おしいほどに想い、純粋でありながら底知れぬ狂信を抱く者たちの想念が、魔力となって彼に注がれているのを、精霊使いである風花は感じとった。


 それは、彼の中に祈りにも似た願いが積もっているかのように、静かで、けれど確かに熱を帯びた、想いの奔流だった。


 桃原坂 花恋は、どうにか拾い上げた香炉を抱きしめたまま、呆然と立ち尽くしていた。


「……え、えぇ……? 今の、ほんとに……ゆっくん……?」


 最初に放たれた獄炎の魔法。あれは、まるで獣の咆哮のようで、雪のイメージとはかけ離れすぎていた。


(あんな魔法、どこで……?)


 けれど、次に見せた氷の魔法は、涙とともに放たれた、静かな祈りのようだった。


(……感情で、魔法が変わる……?)


 錬金術士である花恋の思考が、必死に答えを探す。だけど、それ以上に、雪の涙に引き寄せられていた。


(ゆっくんのあんな苦しそうな、こっちが泣きたくなる顔、見たくなかった……)


 黄金坂 萌黄は、膝をついたまま、呆然と雪を目で追っていた。


「……マジかよ、雪……」


 最初の炎で敵を焼き尽くしたときは、正直、怖かった。


(あたしでも、あんな火力は絶対に出せない……)


 でも、次の氷の魔法は、まるで別人みたいに静かで、綺麗で……美しかった。


(あれが、雪の本当の力……?)


 雷術士として、魔力の流れには敏感な萌黄は気づいていた。雪の魔力は、感情に呼応して、形を変えていた。


 そしてその魔力の奥には、彼自身のものとは異なる、複数の魔力の渦が絡みついているように思えた。それは、まるで彼を想い、彼にすべてを捧げる者たちの祈りが、魔力となって流れ込んでいるかのように。


(怒りで炎、悲しみで氷……じゃあ、次は……)


 胸の奥がどうしようもなくざわつく。


(雪……あんた、どうしちゃったんだよ……やっぱりあのアクセに何かある……?)


 鏡が張り巡らされた執務室の魔導モニターに映し出されたのは、崩れ落ちるように朱音の傍らに膝をつき、涙を流す雪の姿だった。


 その肩は小刻みに震え、声にならない嗚咽が、かすかに魔力の波動として伝わってくる。


 魔力を使い果たし、何もできずにうなだれるその姿は、あまりにも無力で……けれど、あまりにも美しかった。


「……ふふっ」


 その様子を、モニター越しに見つめていた美麗は、血のよう赤いワインの飲み心地の余韻を楽しむように唇に指を添えながら、わずかに微笑んだ。


「さあ、雪。貴方が欲するのなら……願いなさい。その涙の先にある、真の覚醒を」


 美麗は、氷で出来たかのような豪華な椅子に身を預け、まるで舞台の幕が上がるのを待つ観客のように、極上の笑みを浮かべた。


「お願い……お願いだから……」


 雪の声が、かすれた風に溶ける。頬を伝った涙が、朱音の手の甲に落ちた。


 瞬間、彼の胸元で、ネックレスが淡く光を放ち始めた。


 それは、先ほどの紅蓮の怒りとも、蒼白の悲しみとも違う、柔らかく、けれどどこか底知れぬ光。


(……これは)


 雪の意識の奥に、何かが流れ込んでくる。思考の隙間に、誰かの声が、想いが、祈りが次々と、怒涛のように押し寄せてきた。


(……誰……?)


 知らないはずの声。けれど、どこかで聞いたことがあるような、優しく、熱を帯びた声たち。


 それは百にも及ぶ、女性たちの想念だった。


(雪様……雪様……)

(どうか、願って……)

(あなたの力になりたい……)

(命でも、魔力でも、全部……捧げるから……)


 その想いは、あまりにも純粋で、あまりにも狂おしく、あまりにも強かった。


 雪の中にある空白を埋めるように、彼女たちの魔力が、祈りが、流れ込んでくる。


(……なんで……こんな……)


 戸惑いが、胸をよぎる。けれど、今はそれを考えている余裕はなかった。


「朱音……お姉ちゃんを……助けなきゃ……」


 雪は、震える手をもう一度、朱音の胸元に重ねる。


 魔力が、確かに満ちている。今なら、癒せる。彼女を救える……そう信じて、雪は祈るように魔法を発動させた。


 けれど……何も起きなかった。


「…………え?」


 魔力はある。流れている。けれど、癒しの術式が、まるで形を成さない。


 何かが噛み合っていない。


 今まで当たり前のように、それこそ息をするように発動していた癒しの魔法が……今は、まるで拒まれているかのように、沈黙していた。


「どうして……なんで、出ないの……?」


 雪の声が震える。はからずも朱音の手を握った指先が震え、焦りと恐怖がにじみでる。


(お願いだ……動いてよ……癒してよ……)


 けれど、魔法は応えない。その代わりに、彼の中で渦巻く他者である女性たちの魔力が、静かに、しかし確実に、形を変え始めていた。


「……お願い、動いて……」


 雪は震える手で、何度も朱音の胸元に魔力を注ごうとした。けれど、なんど願っても癒しの術式は、まるで迷子になったように形を成さない。


(どうやってた……? いつも、どうやってた……?)


 焦りが、思考を濁らせる。呼吸が浅くなり、視界がにじむ。


 それでも、雪は必死に記憶を手繰った。


 朱音が怪我をしたとき、空が倒れたとき、風花が押し黙ったまま泣いていたとき……そのたびに、自然と手が動き、魔力が流れ、癒しの光が生まれていた。


(お願い……お願い……)


 その一心で、雪は再び手を重ねる。すると、かすかに、指先がいつもの光を帯びた。


「……出た……!」


 淡い、けれど確かな癒しの光。それは朱音の胸元に染み込むように広がり、彼女の呼吸が、ほんのわずか楽になる。


 けれど……それだけだった。


「……まだ……足りない……」


 朱音の顔色は、依然として青白く、意識も戻らない。命の灯火は、いまだ風前の灯。


 このままでは、守れない。


「お願い……誰か……誰でもいい……力を……」


 その瞬間だった。


 雪の中に、再び何かが流れ込んできた。先ほどの雪華百式の想念とは異なる、もっと冷たく、もっと鋭く、そして圧倒的に洗練された魔力の奔流。


(……これは……!?)


 それは、まるで氷の刃のように研ぎ澄まされた、知性と力の結晶。


 雪の中に、世界最候補と謳われる者たちの魔力が、静かに、しかし確実に注がれていく。


 国際情報庁〈I.I.A.〉。


 世界の裏側で、あらゆる魔力的な事象を監視し、制御してきた者たち。その観測網を通じて、雪の魔力に触れた彼女らの力が、白蛇紋システムの視聴干渉を通じて吸い上げられ、雪に送られていた。


(なんで……こんな……)


 戸惑いと共に、雪の中で何かが変わっていく。


 癒しを構築する魔法が、形を変えていく。それは今までの白印の癒しとは、まるで違う別の力。


 まるで、世界の(ことわり)そのものを塗り替えるような、異質な力の胎動が、静かに始まっていた。



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