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男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています  作者: Ciga-R
第二章 インクライン編

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第58話 鏡の女王、白印に触れる



 美麗に対するなに者とも知れぬ危機感は、いったん胸の奥にしまい込み、彼女との会話がはじまった。


「始原の雫を手に入れるのね」


 鏡宮美麗は、まるで全てを見通しているかのように微笑んだ。その声音には、驚きも疑いもない。ただ、確信と、ほんの少しの興味だけがにじんでいた。


「……はい。約束したんです」


 雪は、まっすぐに答えた。その声には、絶対的な支配者に対して、わずかな震えが混じっていたが、目だけは逸らさなかった。


「ふふ、あの娘以外にも、世界には始原の雫を必要としている人がいるのよ。それこそ、大富豪や国家の要人たち。あなたがそれを持ち帰れば、とんでもない報酬がもらえるかもしれないわ」


 美麗の言葉は、まるで甘い毒のようだった。現実的で、魅力的で……そこに、試すような響きがあった。


 しかし、雪は首を横に振った。


「お金の問題じゃないです……彼女を、救いたいんです」


「どうして?」


 美麗の声は、静かだった。けれど、その問いかけには、わずかに鋭い刃のようなものが潜んでいた。


「雪くんの友達でもないし、治療するまでは会ったこともない、特に関係のない子でしょ?」


 その言葉に、雪は一瞬だけ言葉を失った。唇がわずかに動くが、すぐに閉じてしまう。


「……ほっとけないんです。なんだか……」


 ようやく絞り出した声は、どこか頼りなく、けれど確かな芯を感じさせた。


「優しいのね」


 美麗はふっと目を細めた。その微笑みは、どこか達観していて、試すような冷ややかさを帯びていた。


「でも、そんな優しさで、過酷なダンジョンの攻略ができるの?」


 その問いに、雪は言葉を詰まらせた。


「そ……それは……」


 言葉が、喉の奥で淀んだ。


「……雪くんは白印の方。けれど、彼女(インクライン)たちと違って、使える魔法は癒しに特化した回復魔法だけ」


 美麗の声は、あくまで穏やかだった。けれど、その言葉のひとつひとつが、雪の胸に鋭く突き刺さる。


「彼女たちに守られてダンジョンに挑むことが、貴方が本当に望む……冒険なのかしら?」


 その問いは、まさに雪の心の奥に巣食っていた悩みを、容赦なく言葉にしたものだった。


 みんなと助け合って冒険したい……そう願っていたはずなのに、現実はどうだ。


 自分はただ、守られているだけ。戦いの場で何もできず、ただ立ち尽くすことしかできない。


「……でも、どんなに修行しても……体力も増えないし、攻撃魔法は、まったく使えなかったんです」


 雪の声は、震えていた。どんなに努力しても、まるで届かない。その事実が、彼の心を静かに、しかし確実にむしばんでいた。


 そんな彼を見つめながら、美麗はふっと妖しく微笑んだ。


「……試作型(プロトタイプ)だけど、あるのよ」


「え?」


「白印の力を、攻撃魔法に変換する魔道具。鏡宮が、開発したの」


 その言葉に、雪は目を見開いた。思考が一瞬、真っ白になる。


(攻撃魔法が……ボクにも……?)


 胸の奥で、何かが静かに、しかし確かに動き出すのを感じた。


「ただし…………」


 美麗は、ゆっくりと立ち上がり、雪に一歩近づいた。その瞳は、まるで宝石のように冷たく、そして美しかった。


「それには、あなたの白印を解析して、魔道具に最適化する必要があるわ……スキャンさせてもらってもいいかしら?」


 雪は、思わず額に手をやった。そこには、彼が白印として選ばれた証……雪の結晶を宿した紋章が、淡く輝いている。


(白印の取り扱いは、国からも厳重に管理されている……)


 今日も、政府から派遣されたSPが同行していた。


(……あの人たち、最初から妙に静かだった)


 思い返せば、ここに来るまでの道中、彼らは一言も発していなかった。それどころか、美麗のメイドの指示に、まるで当然のように従っていた。


「安心して。もう手配は済んでいるわ。あなたの護衛たちも、今は私の理解者よ」


 美麗は、まるで雪の思考を読み取ったかのように微笑んだ。その笑みは、優雅で、そして底知れない。


「……わかりました。お願いします」


 雪は、わずかに戸惑いながらも、頷いた。この人に逆らっても無駄だと、直感が告げていた。それに、攻撃魔法を使うことは、雪が前世からずっと憧れていた、夢のひとつでもあった。


 美麗が手をかざすと、近くにあった魔導装置から球体が音もなく浮かび上がる。そして淡い光を放ちながら、雪の額に向かってゆっくりと近づく。


「少しだけ、目を閉じていてね。すぐに終わるわ」


 雪が目を閉じると、額の白印がふわりと輝き、魔導装置がそれに呼応するように脈動を始めた。


 空間が微かに震え、魔力の波が静かに広がっていく。


 やがて、光が収まり、装置が静かに沈黙した。


「……ありがとう。これで、準備は整ったわ」


 美麗がそう告げた瞬間、沈黙していた魔導装置が再び淡く脈動を始めた。


 中央の球体が静かに開き、そこから三式の小型魔道具が、まるで花が咲くようにせり出してくる。


 一つは、雪の白印を模した繊細な意匠の対のピアス。もう一つは、白銀の結晶が埋め込まれた、細身のネックレス。


 そして最後に現れたのは、指先ほどの小さなリング型の魔道具……それは、どこか生き物のように脈打っていた。


「あなたのために調整したわ。雪くんの白印の魔力にだけ反応する、世界にひとつずつしかないオンリーワンの魔道具よ」


 美麗は、まるで古の儀式を執り行う巫女のように、ひとつひとつの魔道具を丁寧に手に取った。


 その所作は、無駄がなく、けれどどこか艶めいていて……雪の鼓動が、どくんっと跳ねた。


「じっとしていて……セットしてあげる」


 囁くような声が、耳元をくすぐる。


 雪が戸惑う間もなく、美麗の指先がそっと彼の耳に触れた。冷たいはずの指先は、なぜか熱を帯びて感じられ、ピアスが装着されるたびに、微かな魔力の波が肌を撫でた。


 続いて、美麗は雪の髪を優しくすくい上げる。


 その手つきは、まるで壊れ物を扱うように繊細で、首筋にネックレスの鎖が触れた瞬間、ひやりとした感触が背筋をはい上がった。


 彼女は一歩引き、雪の姿を静かに見つめる。


 その瞳に浮かぶのは、まるで芸術品を鑑賞するような、冷たいのに熱を帯びた光。


 満足げに微笑むと、美麗は再び近づき、雪の左手を両手で包み込むように持ち上げ、そのまま、指先を撫でるようにして中指にリングをはめる。


 その距離は、息が触れ合うほどに近い。


 美麗の長い銀色に輝く白い髪がふわりと揺れ、何度も雪の頬をかすめていく。


(……いい匂い……でも、なんだろう……)


 香りは、夜に咲く花のように甘く、どこか妖しく、心の奥をとろけさせる。けれど、その奥に潜むのは、得体の知れない毒のような気配だった。


(……危ない)


 雪の背筋に、ぞわりと冷たいものが走る。その瞬間、彼の中で確信が形を成す。


(あっ……やっぱり……この人、ラスボスだ)

 

 確信は、再び雪の胸に深く刻まれた。



 あのとき、彼女に言われた言葉と、託された魔道具の重みが、今も胸の奥で確かに息づいている。


 雪は、戦場の空気を感じながら、そっと左手に視線を落とした。


 あの人が指にはめてくれた白銀のリングが、淡く脈打っている。耳元のピアスも、胸元のネックレスも、静かに魔力を蓄えていた。


(……使うなら、今かもしれない)


 彼は、魔道具を使うタイミングを見計らっていた。仲間たちの動きに目を凝らし、戦況を読み、いつでも飛び出せるように身構える。


「これで、最後っ!」


 萌黄の雷の魔法が、最後の異形のゴブリンを吹き飛ばした。黒い煙を吐きながら倒れたそれは、地に伏したまま動かなくなる。


「……終わった、みたいね」


 朱音が剣を収め、周囲を見渡す。


 風花の精霊たちも、ようやく落ち着きを取り戻し、空気が静けさを取り戻していく。


 雪は、そっと肩の力を抜いた。


(……結局、使う場面はなかった)


 魔道具は、彼の手の中で静かに沈黙を保ったままだった。


 戦闘は、思ったよりも早く、そして仲間たちの連携によって、ほとんど苦労することなく終わっていた。



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