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男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています  作者: Ciga-R
第二章 インクライン編

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第54話 始原の雫、風が告げる異変


 インクラインの一員として、仲間とともに挑むミラーパレスの攻略。けれど、雪にとってこの挑戦は、ただ自分の夢を叶えるためだけのものではなかった。


 それは、ある病院での出会いがきっかけだった。


 白印の治療任務で訪れた、中央医療病塔。そこは、国家に保護された特異体や、魔力障害を抱える者たちが集められる、特別な施設だった。


 その日、雪はいつものように、回復の術式を行っていた。


 白印の中でも限られた者が使う癒しの力は、通常の魔術とは異なり、肉体だけでなく、魂にも影響するとされている。


 だからこそ、その一人である雪の存在は貴重であり、よりいっそう必要とされていた。


 そんな雪の癒しの術式であったが、その少女には、何度力を注いでも、わずかな反応しか返ってこなかった。


 やせ細った小さな身体。透き通るような肌。そして、どこか転生前の雪に似た、静かな瞳。


「……ごめんね、効かないみたい」


 雪がそう告げると、少女はかすかに笑った。


「ううん、雪様の魔法あったかかった……それだけで、だいぶん楽になったよ」


 その笑顔が、あまりにも儚くて、雪は胸が締めつけられた。


「彼女の症状は、邪蛇呪じゃじゃじゅです」


 背後から、ぬめりとした声が降ってきた。


 振り返ると、そこには彼女の担当医が立っていた。異様に白い肌、やたらと整った顔立ち。


 何故か、人間離れした印象を受ける。その瞳は、まるで爬虫類のように冷たく、雪を見つめていた。


「白印の力でも、癒せない。これは呪いに近いものです。……ええ、そう……毒蛇に噛まれたように、じわじわと命をむしばむ」


「……じゃあ、どうすれば……」


 雪の問いに、医師は口元を小さく引き締めた。


「伝説の話ですが……ユグドラシルの頂に生えるという、始原(しげん)の雫」


「始原の……雫?」


「ええ。世界樹が最初に芽吹いたとき、天から落ちた一滴の命の結晶。それが、今もなお、頂のどこかに宿っているとされています。その雫には、あらゆる呪いを洗い流す力があると……そう、伝わっています」


 その言葉に、雪の胸がざわめいた。


 ユグドラシル……ミラーパレスのある階層にそびえるとされる、世界樹。


 その頂に辿り着いた者は、どんな願いも叶うという伝説も聞いたことがある。


(この子を、救えるかもしれない……)


 それは、かつて自分が夢見た救われる側から、救う側への一歩だった。


 雪は、少女の手をそっと握りしめた。


 その手は、あの頃の自分と同じように、あまりに細くて、冷たかった。


(絶対に、見つける。始原の雫を……)



 猫獣人の里……木々に囲まれたその集落は、昼でもどこか薄暗く、風が吹くたびに木漏れ日が揺れていた。


「……やはり、行くでござるか、リュカ殿」


 カゲトラの低く落ち着いた声が、静かに響き、その紫色の瞳が、じっとリュカを見つめる。


「うん。ミトラからの頼みだしね。放っておけないよ」


 リュカは、腰に下げている複数の短剣を確かめながら、真剣な表情で頷いた。


 その隣では、ニャルが尻尾をふわふわ揺らしながら、軽やかに伸びをしている。


「異形化したコボルトの里、かぁ……なんか、嫌な予感がするんだ」


「でも、行くんでしょ? リュカが行くなら、あたしも行くにゃ!」


 コトラが元気よく拳を握る。


 その小さな体からは想像もつかないほどの跳躍力と、鋭い爪を持つ彼女は、里の中でも随一の機動力を誇っていた。


「バルドは……」


 リュカが振り返ると、バルドは静かに首を振った。


「拙僧は、ここに残る。戦えぬ者も多いしの。何かあったときのために、里を守る者が必要だろう」


 その言葉に、リュカは小さく頷いた。


 バルドの言葉はいつも簡潔で、けれど重みがある。彼が残るというのなら、安心して背を預けられる。


「……心得た。拙者も、里の守りを固めておこう。そなたらが戻るまで、決してこの地を明け渡すことはない」


「ありがとう、カゲトラ。……じゃあ、行こうか。ニャル、コトラ」


「うんにゃっ!」


「了解にゃ! でもリュカ、あんまり無茶しないでにゃ?」


「わかってる。お前たちも十分注意しろよ……最悪、バフ掛けるから全力でここに逃げ帰れよ」


「了解にゃ! うちもコトラも逃げ足だけは里でも一番にゃ!」


 三人は、森の奥へと足を踏み入れた。


 風が、ざわりと木々を揺らす。


 その先に待つのは、かつてのコボルトたちの里……今は、異形の気配が満ちる、沈黙の地。


 誰も知らない変質が、そこにはあるはずだった。


 森を抜けた先、コボルトたちの里は、静まり返っていた。


「……誰も、いないにゃ」


 ニャルが耳をぴくりと動かしながら、ぽつりと呟く。


 その声が、やけに大きく響いた。


「焚き火の跡も冷えきってるにゃ……昨日まで誰かいたはずなのに」


 コトラが地面にしゃがみ込み、土の匂いを嗅ぐ。けれど、そこにあるのは、風にさらされた灰と、崩れかけた小屋の残骸だけだった。


「……生活の気配が、まるでないな」


 リュカは、村の中心に立ち、周囲を見渡した。

 

 干されたままの壺。倒れたままの椅子。まるで、誰もが急に姿を消したかのような、そんな異様な静けさ。


「なんか、気持ち悪いにゃ……」


「うむ、これは……ただの引っ越しではないだろうな」


 リュカは、そっと背中から、風詠みのリュートを取り出した。


 指先が弦に触れた瞬間、空気が震え、風が、音に応えるように、村の隅々を駆け巡っていく。


「……どうにゃ? なにか、感じる?」


 ニャルがそっと問いかける。


 リュカは目を閉じたまま、風のささやきに耳を澄ませた。


 ここには、何もない。この村には、もう誰もいない。命の気配も、魔力の残り香も、すべてが風にさらわれていた。


「……これは……」


 思わず、リュカの指が止まる。


 風が、ひとすじの流れを描いていた。まるで、何かが通ったかのように、一本の道を示している。


「大勢の気配が……ユグドラシルの方角に向かっている」


「えっ……じゃあ、コボルトたち、みんな……?」


「うん。自分の意志かどうかは、わからないけど……」


「にゃんで、そんなことに……」


 コトラが不安げにリュカの袖をつかむ。その小さな手に、力がこもっていた。


「とにかく、追ってみよう。何かが起きてる……放っておけない、いったん里に戻るか」


 風が、再び吹き抜ける。


 その音は、まるで警告のように、三人の背を押していた。


 猫獣人の里の広場に戻ったリュカたちを、ミトラ、カゲトラ、バルドが出迎えた。


「おかえりなさい、リュカ様……どうでしたにゃ?」


 ミトラの声は、どこか張りつめていた。


 その金の瞳が、三人の表情を読み取ろうとするように揺れる。


「……誰も、いなかったにゃ」


 ニャルが、しっぽをしゅんと垂らしながら答える。


「生活の痕跡はあったにゃ。でも、まるで……全部、置いていったみたいだったにゃ」


「異形の気配も、戦闘の痕もなかった。だが……」


リュカは、そっと視線を遠くに向けた。


「風が教えてくれた。大勢の気配が、ユグドラシルの方へ向かっていた」


「……ふむ。やはり、あそこで何かが起きておるのか……これから起きるのか」


 ミトラが眉をひそめ、胸元で手を組む。その表情には、明らかな不安がにじんでいた。


「世界樹ユグドラシルに……何かが起きているのかしら……にゃ」


 誰も、答えられなかった。


 リュカも、ニャルも、コトラも、ただ静かに首を振るだけだった。


「……風は、何も語ってくれなかった。ただ、そこに向かっているということだけ」


「にゃんか、すっごく……いや〜な感じがしたにゃ」


「……拙者も、胸騒ぎがする。これは、ただ事ではあるまい」


 カゲトラの一言にもバルドは黙ったまま、空を見上げていた。その視線の先には、遠くそびえる世界樹ユグドラシルの影。


 昼だというのに、どこか薄暗く、まるで雲がその頂を隠しているようだった。


 三人もまた、無言でその巨木を見つめる。


 風が吹く。

 木々がざわめく。


 けれど、そこに命の気配はなかった。


「……調査に行くでござるか、リュカ殿」


 カゲトラの声が、静かに響いた。


 その言葉に、リュカはゆっくりと頷いた。


「うん……行こう。何が起きてるのか、ちゃんと確かめたい。みんなが安心して暮らせるように、調べておきたい」


 その声は静かだったが、確かな意志がこもっていた。


 風が、再び吹き抜ける。


 ユグドラシルの影が、わずかに揺れる。そこに、何が待っているのか、誰にも、まだわからなかった。



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