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男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています  作者: Ciga-R
第二章 インクライン編

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第42話 尊さの先に、不穏の匂い



「尊き御方ではないが……女性を……それが、魔物だとしても、あまり待たせるのも、よくないでござるな」


 そう言って、カゲトラが扉に手をかける。重々しい音を立てて、扉がゆっくりと開いた。


 その向こうにいたのは、やはり先ほどの三匹だった。


 彼女たちは、部屋の敷居の手前でぴたりと足を止める。その瞳には、警戒心と、どこか期待するような光が灯っていた。


 うるんだその視線に、三人の男たちの心臓が、いま一度おおきく跳ねた。


「うにゃ〜、やっぱりこの部屋には入れないみたいだにゃん……」


 先頭に立っていた小柄な猫獣人が、しっぽをぴょこぴょこと揺らしながら、ちょっと残念そうに言った。


「うちはコトラだにゃん。さっきは、びっくりしたし、そっちもびっくりしたみたいでごめんにゃ〜」


「でも、よかった……また会えて……にゃ」


 その隣で、ふわりとした長毛の猫獣人が、胸元で手を組みながら微笑む。


「わたしは……フワリっていいます。あのとき、逃げちゃったけど……また会えて、うれしいの……にゃ」


「うちら、十五階の森に里を作って暮らしてるにゃ。あたしはニャル。ちょっと遠いけど、案内したいにゃん」


 三匹の中で一番しっかりしていそうな猫獣人が、一歩前に出て、三人に向かって深く頭を下げた。


「お願いにゃん……うちらの里を、どうか……助けてほしいにゃん……」


 それは、胸の奥からしぼり出すように、こぼれ落ちた言葉だった。まっすぐに見上げる瞳には、不安と希望が入り混じり、三人の胸を静かに打った。


「…………」


「…………」


「…………」


 リュカたちは顔を見合わせたが、誰も言葉にならない想いを抱えた。そして、無言でうなずき、彼女たちの後をついていく。


 道中、三匹は楽しげに話していた。


「うちら、十五階の森に住んでるんだにゃん! そこは森林エリアですっごく広くて、川や湖もあるんだにゃ〜!」


 コトラがぴょんぴょんと跳ねるように歩きながら、しっぽを元気に振る。


「森の中は、風が気持ちよくて……光も、やさしいの……にゃ……」


 フワリはゆったりとした足取りで、ぽつりぽつりとおっとりと語る。


「最近は、他の魔物……特に天敵のコボルドの様子がとんでもなくおかしいにゃ……だから、あんたたちが来てくれると助かるにゃ」


 ニャルは振り返りながら、真剣な表情でそう告げた。


 だが、三人の男たちはというと。


「…………」


「…………」


「…………」


 誰も、何も言わなかった。いや、言えなかった。


 何故なら彼女たちは、やたらと距離が近い。


 ふわふわのしっぽがふいに腕に触れたり、柔らかな毛並みが肩に触れてくる。そのたびに、リュカもバルドも、そしてカゲトラでさえ、びくりと肩を震わせる。


 リュカの隣には、元気いっぱいのコトラがぴったりと寄り添っていた。


「ねえねえ、リュカって名前、かっこいいにゃん!」


 そんな無邪気な声とともに、彼の腕にふわっとしっぽが巻きつく。


「うわっ……」


 リュカは思わず声を漏らし、顔を真っ赤にして視線を泳がせた。


(ち、近い……! いや、これは……女神様の試練!? いや、でもこれは……いや、でも……)


 頭の中で警報が鳴り響く。言葉が喉元まで出かかっては、口から出ることなく引っ込んでいく。


 普段なら、道中ずっと喋り続けているはずの吟遊斥候が、今はただの沈黙の塊だった。


 口を少し閉じているだけで、仲間から「体調でも悪いのか?」と心配されるほどのお喋りなリュカが先ほどからまったくの無言。


(ああもう、なんでこんなに近いんだよ……! しっぽ、やわらか……いや、違う、そうじゃない!)


 心の防御力が、限界を迎えつつあった。


 バルドの隣には、長毛のフワリが静かに歩いていた。


 彼の肩は高く、フワリの頭がようやく胸元に届くほどの身長差がある。それでも彼女は、まるで迷いなく、そっとその大きな腕に寄り添ってきた。


「……バルドと歩くの、あったかい……にゃ」


 その声は、風に溶けるようにやわらかく、彼の胸元にふわりと届く。そして、ふと感じたのは、長い毛並みのぬくもりと、かすかに香る草花の匂い。


 バルドの喉が、ごくりと鳴る。


(な、なんだこの柔らかさは……! いや、落ち着け、これはただの魔物……魔物……まもの?)


 理性が警鐘を鳴らす一方で、心は妙な浮遊感に包まれていた。自然と、彼の耳は赤く染まり、目はどこか虚ろだった。その巨体に似合わぬ繊細な動揺が、確かににじみ出ていた。


 そして、カゲトラの隣には、しっかり者のニャルが並び、歩幅の大きなカゲトラに合わせて、ぴょこぴょこと軽やかに歩いている。


「カゲトラって、強そうだにゃ。頼りにしてるにゃん」


 そう言って、にこっと笑いながら、彼の袖をちょんと引いた。


「……む」


 カゲトラは一瞬だけ眉をひそめたが、それ以上何も言わなかった。


(……拙者、動揺しておる……? いや、これは……修行が足りぬ……)


 そう己に言い聞かせるが、心はすでに平常心を失っていた。袖に残る小さな手のぬくもり。ふと見れば、ニャルのしっぽが彼の腰にふわりと触れている。


 そのたびに、胸の奥が妙にざわめいた。


(この感覚……なんと心地よい……いや、違う、これは幻惑の術……! されど……されど……)


 普段は微動だにしない彼の耳が、わずかに震え、ほんのりと赤く染まり、その横顔は、まるで春の陽気にあてられた猫のように、どこかぽやんとしていた。


 こうして、三人と三匹は、妙な緊張感と沈黙をまといながら、十五階の森林ステージへと歩を進めていった。


 そして、彼らが辿り着いたその場所は。


「……っ、これが……迷宮の中、だと……?」


 リュカの声が、風に溶けるように漏れた。


 目の前に広がっていたのは、まるで別世界だった。


 果てしなく続く緑の海。高くそびえる木々の向こうには、天を衝くほどの長大な木がそびえていた。その幹はまるで山のように太く、枝葉は雲を突き抜け、空の一部と化している。


 天井など見えない。いや、見えないほどに、空が空として広がっていた。


 太陽の光が木々の隙間から差し込み、風が草を揺らし、鳥のさえずりがどこからともなく聞こえてくる。


「……すげぇな。これ、ほんとに……迷宮の中か?」


 リュカがぽつりと呟く。その声には、驚きと、ほんの少しの畏れがにじんでいた。


「……まるで、外の世界の……いや、それ以上かもしれぬ……」


 カゲトラもまた、目を細めて空を見上げる。その表情には、僅かながら緊張の色が戻っていた。


 さっきまで、女性型魔物に浮かれ、心ここに非ずだった三人。しかし、この風景を前にして、彼らの意識は一気に現実へと引き戻された。


 ここは、あまりに自然すぎる。そして、あまりに美しすぎる。

 

 そう、心が落ち着かなくなるほどにあまりに、整いすぎている。


 風の流れ、光の角度、鳥の鳴き声の間隔。すべてが、まるで誰かの手によって計算され、配置されたかのようだった。


「……おかしいな」


 リュカが、ぽつりと呟いた。


「こんなに完璧な自然が、迷宮の中にあるか……?」


 三人の胸の奥で、何かが軋んだ。


 女神の歯車……冒険者として鍛えられた感性が、静かに、確かな響きをもって警鐘を鳴らしていた。


 しかし、その違和感の正体を探る間もなかった。


「……っ!」


 最初に立ち止まったのは、カゲトラだった。風下から流れてきた空気に、彼の眉がぴくりと動く。


「……血の匂い、でござるか……?」


 その言葉に、バルドとリュカも足を止めた。次の瞬間、三人の表情が一斉に強張る。


「……ああ、間違いない。これは……かなりの量だ」


 バルドが低く唸るように言った。


「ちょ、ちょっと待って……うちら、何か変なこと言ったかにゃ?」


 コトラが不思議そうに首をかしげる。


「ん……? どうしたの、急に立ち止まって……?」


 フワリも心配そうに見上げてくるが、まだ気づいていないようだった。


「……ニャル」


 カゲトラが低く呼びかける。


「ん? なに、カゲトラ?」


 ニャルが振り返る。


「貴殿らの里、どのあたりにある?」


「えっと……この先の丘を越えたところに……」


 その言葉を聞いた瞬間、三人の視線が交錯した。言葉は要らなかった。全員が、同じものを感じ取っていた。


 遠くから漂う、鉄のような、濃密な血の匂い。風に混じって届く、かすかな悲鳴と、何かが焼けるような焦げた臭い。そして、空気の底に沈むような、不穏な気配。


「……急ぐぞ」


 カゲトラが静かに言い、すでに駆け出していた。


「えっ、えっ!? なになに!? どうしたのにゃ!?」


 コトラが慌てて後を追う。


「ま、待ってにゃん! そんなに走ったら、転んじゃうにゃ〜!」


 フワリがふわふわと走り出す。


「ニャル!」


 リュカが振り返りざまに叫ぶ。


「お前たちの里、危ないかもしれない!」


「……っ!」


 ニャルの瞳が見開かれた。その瞬間、彼女のしっぽが逆立ち、耳がぴんと立つ。


「……うそ、そんにゃ……」


 風が、また一陣、血の匂いを運んできた。


 美しすぎる森の中に、確かな現実の気配が混じり始めていた。



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