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男女比1000:1の女性至上主義国家の恋愛スキル皆無の冒険者パーティー、男が希少な男女比1:100な現代ダンジョン社会に転移したらモテすぎて困惑しています  作者: Ciga-R
第二章 インクライン編

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第41話 魔物より強敵、それは尊さ

 


 通路の奥から近づいてくる気配が、ついに視界の端に差しかかる。


 お互いの存在を明確に認識できる距離。その瞬間、カゲトラが一歩前に出た。


「……退け。これ以上、進むな」


 静かに放たれた言葉とともに、空気が震えた。


 無影居合の名に違わぬ、鋭く研ぎ澄まされた威圧が、通路を満たす。


 その場に現れたのは、三匹の魔物だった。


 しなやかに伸びた肢体に、艶やかな毛並みが、壁の淡い光を受けて柔らかく浮かび上がる。揺れる猫耳と長い尾が、警戒心を帯びた瞳とともに、野性と知性の狭間を漂わせていた。


 首元や手首には、装飾の施された首輪や腕輪が光り、その姿にどこか異国の気配と、妖しげな気高さを添えている。


 だが、何よりも彼らの目を奪ったのは……その姿が、明らかに自分達とまるで違う体つきだったことだ。


 肌の露出は多く、しかしそれ以上に、仕草や佇まいに宿る男には決して無い女性らしさが、彼らの常識を揺さぶった。


 彼らの世界では、女性の姿をした人型の魔物など、世界を統べる女神が赦すはずもなく、神話の伝承の中の幻にすぎなかった。


 ゴブリンやコボルトといった人型の魔物も母から産まれるわけでなく、リュカ達と同じく、魂を召喚されて生まれてくる。


 リュカたちは、ただ立ち尽くすしかなかった。


 目の前にいるのが敵か味方か、それ以前に魔物とはいえ女性という存在を、初めて目にしたのだから。


「…………っ」


 カゲトラの威圧を受け、三匹の魔物はぺたりと地面に座り込み、動きを止めた。


 怯えたように耳を伏せ、目を伏せ、身を縮めている。


 とはいえ、固まっていたのは彼女たちだけではなかった。


 リュカも、バルドも、そして威圧を放ったカゲトラ自身も……その場に立ち尽くしていた。


「……お……い、あ……れ……」


「ま……さ……か……?」


 その場に現れた三匹の魔物、猫のような耳と尾を持ち、しなやかな肢体を包む異国風の装い。しかし、何よりも彼らの思考を凍らせたのは、その姿が自分たちとは明かに違う女性だったことだ。


「……っ、あ……れ……女の……?」


 三人の声は裏返り、まともに喋ることができない。


 バルドは目を見開いたまま言葉を失い、カゲトラでさえ刀を抜く手が凍りついていた。


『女性は、尊きもの』

『女性は、崇めるべき存在』

『女性は、触れることすら畏れ多い、それどころか直接目を向けてはいけない』


 それが、彼らの世界で育まれてきた常識だった。その神聖な掟が、今、目の前に……しかも魔物の姿で現れたのだ。


「ど、ど、どうする……!? いや、でも、あれは魔物で……でも、女……の方?」


「拙僧、これは……これは……判断がつかぬ……!」


「ま、待て、落ち着け……! まず、敵意があるかどうか……!」


 そのとき、翻訳の魔法が、かすかな声を拾った。


「強き者……う、うちら……た、戦う気はないにゃ……お願い、殺さないでほしいにゃ……見逃して、ほしいにゃん……」


 三人は同時に息を呑んだ。


「しゃ、喋った……!?」


「しかも、こちらの言葉で……!」


「……拙者の術が、通じておる……?」


 三匹の魔物は、怯えたように身を縮め、こちらを見上げていた。その目に宿るのは、敵意ではなく、恐怖だった。


 リュカたちは、ただ立ち尽くす。


 この迷宮で、最も想定外の出会いが、まさに始まろうとしていた、が。


「……む、無理でござるッ!!」


 カゲトラが突然、背を向けて駆け出した。その動きは、まさに戦場での退避行動そのもの。だが、明らかに様子がおかしい。


「か、カゲトラ!? おい、どこ行くんだよ!?」


「戦略的撤退でござるッ!! これは戦略的撤退ッ!!」


 叫びながら、風のように通路を駆け抜けていくカゲトラ。


 その後ろ姿を見て、リュカとバルドも顔を見合わせ。


「……戦略的撤退だな!」


「うむ、戦略的撤退だ!」


 言い訳のように叫びながら、二人もカゲトラの後を追って一目散に走り出した。


 残された三匹の猫獣人は、ぽかんとその背中を見送る。


「……に、人間って、あんなに逃げ足早かったんだにゃ……それに、今まで見た冒険者と違ったにゃ。うちら見ても、戦いを仕掛けてこなかったにゃ……」


 最も小柄な一匹が、耳をぴくりと動かしながら呟いた。


「うちら、なんか……したのかしら。ふふ、ちょっと驚かせちゃったかしら……にゃ」


 ふわりとした口調で、長毛の猫獣人が首をかしげる。どこか夢見がちで、おっとりとした雰囲気をまとっている。


「でもでもっ! あの人間たちなら、きっと助けてくれると思うだにゃん!」


 元気いっぱいの声が響く。しっぽをぶんぶん振りながら、三匹の中で一番活発そうな子が前を見つめていた。


 その声は、走り去った三人には届かず、淡く光るダンジョンの壁に吸い込まれていった。


 そして、場面は再び、魔法陣の間へと戻る。


 魔法陣の淡い光が、静かに三人を照らしていた。


 息を整えながら、リュカがぽつりと呟く。


「……で、これから、どうする?」


「まずは情報整理でござるな……あの猫のような魔物、明らかに今まで戦ってきた魔物とは異質……」


「うむ、異質だったな……いろんな意味で……」


 バルドがぼそりと呟いた。その目はどこか虚ろで、遠くを見ている。


「……あれが、俺たちとは違う……女……?」


「……声、可愛かったな……」


「癒されたでござる……なんというか、こう、心に沁み込む……」


「それに、俺たちと同じように喋ってたんだぞ? 普通に、言葉が通じてたんだぞ……?」


 三人の間に、妙な沈黙が流れる。


「……いやいやいや! 魔物だぞ!? 魔物だってば!」


 リュカが自分の頬をぺちぺち叩く。


「だが、あの仕草……あの目……拙僧、心が揺れた……」


「拙者も……なにかこう……守ってあげたくなるというか……」


「……お前ら、正気か!? 俺たち、今まで何千体と魔物倒してきたんだぞ!」


「でも、あれは……違ったろ?」


「うむ、あれは……尊かったで……ござる」


「尊いって言うな!!」


 リュカの叫びが虚しく響く中、三人は再び沈黙した。


「……この迷宮、難易度高くないか?」


「物理的にも、精神的にも、な……」


「うむ……心の防御力が、試されておる……」


 三人は、魔法陣の中心に腰を下ろした。作戦会議は、いつの間にか心の整理の時間へと変わっていた。


 とはいえ、その整理も、まるで迷宮のように出口が見えない。


「で、どうするんだよ……あの子たち、放っておくのか?」


「いや、だが……魔物だぞ?」


「うむ……だが、女性であった……」


「そこが問題なんだよ!!」


 言葉を重ねるたびに、議論は迷走し、結論は遠のいていく。まるで、彼らの動揺そのものが、会話の舵を奪っていた。


 そのときだった。


「……静まれ、我が心よ」


 カゲトラが目を閉じ、深く息を吸い込む。彼の周囲の空気が、ふっと張り詰めた。


《心静かなる刃》 精神統一の奥義。戦場で己の心を研ぎ澄まし、敵の気配を察知するための技。


 静寂の中、カゲトラの眉がわずかに動いた。


「……扉の前に、気配。三つ……間違いない、先ほどの三匹でござる」


「なっ……!?」


「我らの匂いを追ってきたか……この部屋には入れぬようだが……」


 カゲトラはゆっくりと立ち上がり、扉の方を見やる。


「尊き御方ではないが……女性を、あまり待たせるのも、よくないでござるな」


「……いやいやいやいや!? 魔物だぞ!? 魔物だってば!!」


「言葉は通じるでござるよ、リュカ殿。それに敵意は感知できないでござる。対話の余地はあるやもしれぬ」


「いや、なんでそんな乗り気なんだよ!? お前、いつも感情に流されるなとか言ってたじゃん!」


「……拙者も、己の心に戸惑っておる。だが、あの声を思い出すと……どうにも、こう……」


「……癒された?」


「うむ……癒されたでござるな……」


「……だめだこいつら、はやくなんとかしないと……!」


「それでは……リュカ殿は、なんとも思わぬのか?」


 カゲトラの問いに、リュカはぴたりと動きを止めた。


「えっ……俺?」


「うむ。あの者たちの声、仕草、あの……ふわふわの耳と尾……」


「いや、そりゃ……その、ちょっとは……」


 リュカは目を逸らし、頬をかすかに赤らめた。思い出すのは、あのか細い声。震える耳。潤んで見上げてくる瞳の破壊力。


「……可愛かった、よな……」


「やはり、そうでござったか」


「うん、声も……可愛いし、癒されるし……それに、言葉も通じるし……」


「では、あの者たちと争えるでござるか?」


「…………」


 リュカはしばし沈黙した。そして、顔を真っ赤にしながら、叫んだ。


「無理だ!!!」


 その声が、魔法陣の間に響き渡る。


「無理だよ! あんなのと戦えるわけないだろ!? だって、だって……!」


「……ふむ、やはり癒されておるな」


「うむ、完全にやられておる」


「やられてない!! ……いや、ちょっとは……かなり……やられたけどな!!」


 リュカの叫びに、バルドとカゲトラが静かに頷いた。作戦会議という名の泥沼は、ますます混迷の度を深めていくばかりだった。



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