表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/25

第3話 深層に潜む悪意との遭遇



 その『なにか』が、ゆっくりと振り返った。


 くすんだ紅と墨色の衣装が、まるで血と墨を吸い込んだ布のように、重たく、湿った音を立てて揺れる。


 首のまわりには、血のしみ込んだような布が層をなしていた。


 その奥に浮かぶのは、笑っているはずなのに、どこか裂けているような仮面。左右非対称に歪んだ口元、ひび割れた頬、そして目の位置には、空洞すらない塗り潰された闇が広がっていた。


 瞳はない。しかし、確かに見られている。視線ではなく、存在そのものをえぐるような感覚が、五人の背骨をはい上がってくる。


 そして、その手に握られているのは、黒鉄の大鎌(デスサイズ)、刃はまるで金属ではない何かのように鈍くにごり、光を吸い込むような闇色で、刃先は赤黒く揺らめいていた。


 それは斬るための道具ではない。終わらせるための得物。


 足元には、砕けた仮面の破片と、焦げた羽根の残骸。まるでかつてここで戦い、そして終わった者たちの名残のように、沈黙の中で死を告げていた。


「……っ」


 紫乃が、たまらず息を呑む。その顔から、血の気が引いていった。


「紫乃……?」


 冴月が声をかけるが、彼女は答えない。ただ、震える唇から、かすれた声が漏れた。


「あれは……まさか……カリギュラ……?」



【コメント欄】

『え、紫乃様が……震えてる?』

『カリギュラって……なにそれ……?』

『見た感じもやばさしかないんだけど……』

『……初めて見た、紫乃様が言葉を詰まらせるの……』

『やばいやばいやばい、これマジでやばいやつじゃん』

『誰か説明して!!』

『カリギュラって何者』


 カリギュラは、何も言わない。ただ、仮面の奥から、笑い声のような音が、直接、脳に響いてきた。


〈……ふふふ〉


 紫乃の声は、震え、普段の冷静さは影を潜め、瞳には明らかに怯えの色があった。


「知ってるのか、紫乃」


  冴月の問いに、彼女はわずかに肩を震わせながら、小さく頷いた。


「……三年前のことですわ。北方の大国にて、王国随一の実力者たちで結成されたA級パーティー《銀の鷹》。その精鋭達ですが、迷宮探索中に壊滅いたしましたの」


「壊滅……?」


「五人のうち、生還したのは、たった一人、その方が最期に遺した名こそが……『カリギュラ』でしたわ」


 紫乃は、手元の魔導端末を操作し、九条家の保存されているデータベースを呼び出す。だが、表示されたのは、秘匿指定:閲覧制限の文字。


「……九条家の記録でも、秘匿級。推定脅威度は、EX級。『迷宮に潜む悪意そのもの』と記されていますわ」


「EX級……なんだそれ!?」


 斗花が目を見開き、声を荒げる。


「オレたち、全員A級だぞ……!?」


 紫乃は、わずかに視線を伏せながらも、静かに言葉を継いだ。


「EX級とは、S級をも超える『例外的存在』に付けられる分類ですの。記録上、確認されているのは三体のみ、いずれも、国家単位での対応が必要とされた災厄ですわ」


 その声音はあくまで冷静だったが、その指先がわずかに震えていた。


「だからこそ、ここに現れたのかもしれません」



【コメント欄】

『EX級って……S級より上!?』

『そんなランク、初めて聞いたんだけど!?』

『A級パーティーが壊滅してるってマジ……?』

『紫乃様が震えてる……本当にヤバいんだ……』

『迷宮に潜む悪意って、どういう意味……?』

『これ、配信止めた方がよくない!? って止まらないだ……』

『#カリギュラ=国家災厄説』

『EX級って、討伐対象じゃなくて隔離対象じゃ……?』


 カリギュラは、ただそこに立っているだけだった。それでも、その存在が放つ何かが、空間そのものを歪ませていた。


「……冴月」


 紫乃が、かすれた声で言った。


「これは……本来、私たちだけで戦える存在ではありません」


 その言葉を聞いた瞬間。うたたの肩が、びくりと跳ねた。


「……う、そ……」


 彼女の指先から、魔力がこぼれ落ちる。いつもなら、軽口を叩きながらでも、魔法陣は一瞬で展開される。しかし今は、魔力が集まらない。いや、集める気になれない。


「なにこれ……なにこれ、なにこれなにこれなにこれ……っ」


 うたたの声が、震えながら漏れる。


 地雷系ファッションに身を包んだその姿が、今はただの少女のように見えた。


 彼女は誰もが認める天才だ。


 多彩な魔法の才能に恵まれ、どんな敵もなんとなくで対処できた。また周囲には、冴月や紫乃といった本物の達人がいた。だからこそ、本気で恐怖を感じたことなど、一度もなかった。


 それゆえにこそ、彼女の類いまれな魔法センスが、囁いていた。


(この敵には……なにをしても、勝てない)


 その囁きが、理屈ではなく、魂に直接突き刺さってくる。



【コメント欄】

『うたたちゃん……?』

『え、うたたが魔法詠唱してない……?』

『いつもなら真っ先に撃ってるのに!?』

『うたたちゃんが……震えてる……』

『これ、マジでヤバいやつだって……』

『天才の本能が拒絶してる』

『逃げて……お願い、逃げて……!』


 うたたの魔力が崩れ落ちた瞬間、空気が、まるで水底のように重く沈んだ。


「……おい、うたた……しっかりしろ」


 斗花が声をかける。


 その声は低く、いつも通りの姐御節のはずだった。なのに、拳が震えていた。


「……なんだよォ、これ……」


 彼女は拳闘士だ。どんな敵にも、拳ひとつで立ち向かってきた。痛みを恐れず、恐怖を殴り飛ばし、仲間の盾となってきた。


 なのに今、その拳が、握れない。


「……殴れる気がしねぇ」


 ぽつりと漏れたその言葉に、斗花が殴れないと弱音を吐いたのを、初めてきいた紫乃が息を呑む。



【コメント欄】

『斗花姐さんの拳が……震えてる!?』

『うたたに続いて斗花まで……』

『姐御が殴れないって……それ、もう終わりじゃん……』

『#拳闘士の本能が拒絶してる』

『これ、マジでEX級の恐怖……』

『誰か、誰か止めて……お願い』



 配信開始から数分で同時接続数は八百万を突破。これは歴代三位の記録であり、王子様パーティーこと《戦律(ヴァルキュリア)五星姫(クインテット)》が、世界的な注目を集めていることの証明だった。


 だが、その数はさらに伸び続けていた。うたたの魔力が崩れ、斗花が拳を握れなくなった瞬間、 視聴者たちは、ただのエンタメとして見ていた画面の向こうに、本物の死の気配を感じ取ったのだ。


 そして、同接は一千万を超えた。それはもはや、娯楽ではなかった。


 世界が、息を呑んで見守る災厄の実況中継となった。




3話を投稿した小説に、早い段階で評価やブックマークをいただけて、とても嬉しく思っています。

読んでくださった方々に心から感謝しています。

これからも丁寧に物語を紡いでいけたらと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ