第35話 風は包み、雷は裂き、恋は漂う
《配信ログ:特別番組『インクラインLIVE in ダンジョンゲート前』》
ステージが再び暗転する。
観客の熱気が冷めやらぬ中、風がそっと吹き抜けた。
ふわりと舞い上がる花びら。そして、柔らかな緑の光が、ステージ全体を包み込む。
翠坂 風花 (すいさか・ふうか) インクラインのグリーン、精霊魔導士。
彼女の足元には、風精がくるくると舞い、その肩には、樹精が心地よさげに佇んでいる。
「風がね、今日も楽しくなるって言ってるの」
風花がそっと手を掲げると、風が渦を巻き、舞台の上に花びらの嵐が広がっていく。
その中を、彼女はゆったりと舞いながら進む。
風の精霊が生み出す旋風が、観客席にまで届き、 木の精霊が咲かせた幻の花が、空から降り注ぐ。
その幻想的な光景に、観客たちは思わず息を呑んだ。
《映像:風花が両手を広げると、風の渦がステージを包み、花粉霧がふわりと広がる。光を受けてきらめくその霧の中、彼女の髪が風に揺れ、精霊たちが舞う》
【コメント欄】
『ふうちゃんきたあああああ!!』
『風と花の演出、癒されすぎて泣きそう……』
『あの精霊たち、演出じゃなくて本物なんだよね……?』
『風花ちゃんのステージ、空気が変わるのすごい』
『「風がそう言ってる気がするの」ってセリフ、毎回癒される』
『ふうちゃんの花粉霧、敵にはデバフだけど観客にはご褒美』
[彼女が精霊と歩むのは、ただ力を借りるためじゃない。風の声に耳を澄ませ、木々のささやきに寄り添いながら、仲間のために最善を選ぶ。誰かが傷つく前に、風で守り、木で癒す。そのやさしさは、決して甘さではない。戦場を読む目と、精霊たちとの深い絆が、彼女を戦術の要たらしめている。翠坂 風花……その名が示す通り、彼女の存在は、春風のようにあたたかく、そして確かに、勝利を運んでくる。彼女がそこにいるだけで、仲間たちは安心して前を向けるのだ]
風花の歌声が響く。
それはまるで、森の奥で聴こえる風のささやきのように、静かで、やさしくて、心を包み込む。
彼女の周囲を舞う精霊たちが、観客席に向かって手を振るように踊り、風花はそっと微笑んで、ステージの中央に立った。
「……ねえ、次は、どんな風が吹くと思う?」
その言葉とともに、ステージが再び暗転する。観客の期待が、次なる色を求めて高まっていく。
《配信ログ:特別番組『インクラインLIVE in ダンジョンゲート前』》
ステージが再び暗転する。
次の瞬間、バチッ!という音とともに、空気が震えた。
雷光がステージを走り、まばゆい閃光が観客席を照らす。
黄金坂 萌黄 (こがねざか・もえぎ) インクラインのイエロー、雷術士。
「今日もビリビリさせちゃうよ~!……って、あれ? 反応うすっ!? うそでしょ!?」
明るいレモンイエローのショートボブが、雷光に照らされてきらめく。
魔導導杖《雷鳴ノ筆》をくるりと回し、ステージ中央に飛び出すと、彼女の足元に魔法陣が展開される。
詠唱は一瞬。
雷の奔流が、空から地を貫いた。
その一撃に、観客席からどよめきが起こる。
《映像:萌黄が杖を振ると、雷が空から降り注ぎ、ステージに巨大な雷紋が走る。光の残滓が彼女の周囲に残り、まるで星屑のように瞬く》
【コメント欄】
『Wイエロー草』
『黄金は……うん、だな(褒めてる)』
『ギャグはスベるけど魔法は必中なのほんと草』
『もえもえの雷、演出じゃなくてガチでビリビリするの好き』
『「ビリビリさせちゃうよ~!」って言ってる時が一番かわいい』
『雷鳴ノ筆の詠唱、速すぎて見えなかったんだけど!?』
[彼女が雷を放つのは、ただ敵を倒すためじゃない。戦闘の張り詰めた空気を、笑いでほぐすため。仲間が不安なときほど、彼女は明るくふるまう。その笑顔の裏にあるのは、誰よりも仲間を見ている目と、誰よりも速く、正確に雷を落とす技術。黄金坂 萌黄……その雷は、敵には恐怖を、味方には勇気を与える。たとえギャグがスベっても、彼女の魔法は絶対に外さない。それが、彼女が、戦場に立つ理由なのだ……決してギャグを素で外しているわけではない]
雷光が収まり、ステージに残るのは、きらめく残光と、満面の笑み。
「どーもどーも!インクラインのビリビリ担当、黄金坂 萌黄でーす! 今日も元気に……え? ギャグ? やるよやるよ、やりますとも!」
観客がざわつく中、萌黄は魔導導杖《雷鳴ノ筆》をマイクのように構え、堂々と宣言する。
「雷が好きな人、手あげてー!……じゃあ、静電気で恋に落ちた人はー!?……えっ、いない!? うそでしょ!? この空気、ビリビリどころかシーン……!」
観客席から笑いと拍手が巻き起こる。
スベっても、堂々と笑いに変えるその姿に、誰もが惹きつけられていた。
「……ま、ギャグはスベっても、魔法は必中だからねっ!」
そう言ってウインクを決めると、萌黄はくるりとターンして、ステージの中央に戻る。
雷の残光が彼女の背中を照らし、まるで星のように瞬く。
そして、観客席に向かって、にっこりと笑いながら叫ぶ。
「さーて、次にビリビリさせてくれるのは……誰かなっ!?」
ステージが暗転し、観客の歓声が一気に跳ね上がる。
《配信ログ:特別番組『インクラインLIVE in ダンジョンゲート前』》
雷の残光が消えたステージに、ふわりと甘い香りが漂い始める。
次の瞬間、桃色の煙幕がふわりと広がり、観客の視界をやさしく包み込んだ。
桃原坂 花恋 (とうげんざか・かれん) インクラインのピンク、錬金術士でトリックスター。
「ねぇねぇ、私のことだけ見ててくれる?」
柔らかな桃色のツインテールが揺れ、魔導香炉《桃薫》から立ちのぼる香気が、ステージ全体に広がっていく。
その香りに誘われるように、観客の視線が自然と彼女に集まる。
花恋はくるりと回ってウィンクし、小さな爆符《恋火》をひらりと投げる。
ぱんっ!と弾けた瞬間、ハート型の火花が宙に舞い、ステージを彩った。
《映像:花恋が軽やかにステップを踏みながら、香炉を振ると、ピンクの煙が舞い上がる。煙の中から現れた彼女が、笑顔で観客に手を振ると、爆符が弾け、ハートの光が空に咲く》
【コメント欄】
『カレンたんきたあああああああああ』
『恋の錬金術士、今日も香りで殺しにきてる』
『あの香り、画面越しでも感じる気がする……』
『恋火の演出、かわいすぎて心臓が爆ぜた』
『カレンたんの「ふふっ」だけでご飯三杯いける』
『あの子、絶対天然じゃない……だが、それでいい!』
花恋のステージが終わると、ふわりと漂う桃の残り香が、夜風に乗って観客席を包み込む。
その余韻の中、ふと話題に上がるのは、彼女とあのふたりとの関係だった。
同じ魔法学校の同期。
桃原坂 花恋、空木うたた、そして九重すみれ。年齢も同じ、魔法の才能も高く、そして何より、三人とも強烈な個性を持っていた。
表向きは仲良し風。
SNSではお互いの投稿にハートを飛ばし合い、雑誌のファッション特集では並んで笑顔を見せる。
けれど、ファンの間では有名だった。
「三つの北極磁石」
誰かが一歩前に出れば、残りのふたりが牽制する。誰かが褒められれば、別の誰かがさりげなく毒を吐く。すべてが同じ極で反発し合い、決して近づかない。
その絶妙な距離感と火花の散らし合いは、いつしか魔法学園三つ巴の睨み合いと呼ばれる名物となっていた。
【コメント欄】
『カレンたん、うたたちゃんと並ぶとマジで陽と陰って感じで最高』
『三つ巴のバランス、絶妙すぎて草』
『すみれちゃん、情報処理だけはガチなのに他がポンコツなの愛おしい』
『この三人、見た目だけなら最強ユニット組めるのに……』
『ファッション誌の表紙で並んでたけど、目がまったく笑ってなかった』
『うたたちゃんが「カレンの香り、くさっ……」って言ってたの、あれ絶対ワザとだよね?』
『それに対してカレンたん「くさっ……って、うたたの部屋の方がよっぽど香ばしいと思うけど?」って返してた笑』
『すみれちゃんが「紫乃様の香水の方が上品ですわ!」って言ってたのも忘れてないから』
『そうそう「すみれ、ありがとう。紫乃様の香水と比べてくれるなんて、私も一流ってことね」あれ絶対に目が笑ってなかったよね』
それでも、三人が並ぶと、絵になるのは事実だった。
魔法学校時代から続く、火花と香りと毒舌の応酬。それは今も、戦場の外……ファッション誌やSNSの世界で、静かに続いていた。




