第2話 圧倒的攻略の果てに潜む影
高難度ダンジョン 黒の回廊・第十七階層。
この世界には、階層間を転移するような魔法や魔道具などは、存在しない。移動は一階毎にその都度、踏破する必要があった。とはいえ、下に降りる階段は固定で、踏破された階層であれば地図も作成されていた。
通常のパーティーであれば、十七階に到達するのに四日から一週間はかかるとされる深層。それも、途中での撤退や全滅のリスクがともなう命がけの領域。
しかし、《戦律の五星姫》、通称『王子様パーティー』にとっては違った。
国内でも五指に入るA級冒険者パーティーである彼女たちは、この第十七階層に、わずか二日で到達してみせたのだ。
「この階層、罠の密度が上がってる。……夜々、頼む」
「……了解」
胡蝶 夜々が音もなく前に出る。鞭の先端が、床のわずかな継ぎ目をなぞるように走り、隠された機構を暴いていく。
【コメント】
『この速度で十七階って、マジでバケモン』
『普通のパーティーなら、今ごろ十階でキャンプしてるとこだよ』
『十階越えたら、めっちゃハードル上がるのに……すご』
『てか、ここで全滅したら……救助、間に合うの?』
『全滅? ないない』
この深さでは、たとえ救援に来れたとしても、いつになるか解らない。そして、それまでに何が起きるかは、誰にもわからない。いかに九条家の財力をもってしても、この階層では金で命を買えない。
ここは、実力だけが生存を許される領域なのだから。
それなのに、彼女たちは一切の迷いを見せなかった。紫乃の補助魔法が静かに展開され、斗花が拳を鳴らす。うたたはあくびを噛み殺しながら、魔力を練り上げていた。
「冴月がいる限り、オレたちは折れねぇ。なぁ?」
「……ああ。行こう。次の階層へ」
先陣を切るのは、鉄拳の女帝、黒鋼 斗花。魔物の咆哮が響くより早く、拳が唸り、骨が砕ける音がこだまする。
「オラァッ! 次ッ、来いよォ!!」
その背後を、空木うたたがふわふわと漂うように歩く。眠たげな瞳の奥で、魔力が静かに渦を巻いていた。
「んー……だる。……でも、まとめて燃やすのは楽でいいよね」
詠唱すら必要としない、無詠唱の火球が炸裂。魔物の群れが、音もなく灰に還る。
【コメント】
『え、今の詠唱ゼロ!?』
『うたたちゃん、寝ながら撃ってない!?』
『魔物が気の毒になってきた……』
後方では、九条 紫乃が冷静に戦況を見渡していた。彼女の指先がわずかに動くたび、補助魔法が仲間たちを包み込む。
「敵の動き、読みましたわ。斗花さん、左から来ますわよ」
「おう、サンキュー! さっすがお嬢!」
そのやり取りの間にも、胡蝶 夜々の鞭がしなる。音もなく、鋼線のような軌跡が空を裂き、魔物の喉元を絡め取る。
「……排除、完了」
【コメント】
『夜々様の鞭、今日も冴えてる』
『無言で敵を倒すの、ほんとゾクゾク……くる!』
そして、隊の中心には冴月。剣を抜くことなく、ただ仲間たちの動きを見守っていた。その姿はまさに、王の風格。
「よし、準備は整ったな……行こう。未到達ゾーンへ」
その一言に、誰もが頷いた。
黒の回廊・第十八階層。未到達ゾーン、通称『影の門』
空気が変わる。温度が下がり、視界がわずかに揺らぐ。魔力の濃度が、肌を刺すように重くなる。
「ここが……未到達ゾーン……」
「ふぁ〜……眠気、飛んだかも」
「罠の気配、濃い。気をつけて」
冴月が一歩、扉の前に立つ。
「戦律の五星姫、突入する!」
その瞬間、コメント欄が爆発する。
『来たあああああああああ!!!』
『五星姫、未到達ゾーン突入!!』
『この瞬間を待ってた!!』
『王子様パーティー無敵説』
黒の回廊・第十八階層。
未到達ゾーンと呼ばれてはいるが、出現する魔物の質は十七階層と大差なかった。
「ふぁ〜……また同じの出た」
「うたた、お願い」
「んー……はいはい、燃えろー……っと」
空木うたたの火球が、魔物の群れを一掃する。斗花が残った個体を拳で叩き潰し、夜々が背後の罠を無音で解除していく。紫乃の補助魔法が全体を包み、冴月は一歩も動かずに全体を掌握していた。
まさに、無駄のない連携。
【コメント欄】
『え、十八階ってこんなにスムーズなんだ?』
『五星姫が行くと、迷宮がチュートリアルに見える不思議』
『うたたちゃん、寝ぼけてるのに命中率百%なの草』
『夜々様の鞭、今日も静かに仕事してる……』
『紫乃様のバフ、エフェクト美しすぎて保存したい』
『冴月様、動かないのに全員の位置把握してるのすごすぎ』
『成果たのしみ!』
『今回のボスはどんな宝箱出すのかな?』
『#王子様パーティー無敵説』
『頼む、無事で帰ってきて……って心配する必要ないか』
『うんうん、このまま最深層まで行っちゃいそうな勢い』
そして、十八階層の最奥。黒曜石のように艶やかな石壁が、静かに彼女たちを迎えていた。
「……この先、ボス部屋の気配」
夜々が囁くように告げる。
「十九階層への扉、ここで間違いないわ」
紫乃が魔力の流れを読み取り、頷く。
「ふーん、ボスって言っても、今までと変わらないでしょ?」
うたたがあくび混じりに言いながら、魔力を指先に集める。
その隣で、紫乃は魔力の流れを読み取りながら、静かに言葉を継いだ。
「十七階がオークジェネラルでしたから、その流れで参りますと……おそらく、オークロード辺りかと存じますわ」
その声音は落ち着いていたが、瞳は鋭く、どんな敵が現れても即応できるよう、既に戦術を組み立てているのが見て取れた。
「ま、やってみりゃわかるさ。なんにしてもオレがぶっ飛ばしてやるぜェ!」
冴月は一歩、扉の前に進み出る。その背に、四人の戦乙女が静かに並ぶ。
「……行こう。次の階層へ」
黒の回廊・第十八階層 最奥部、ボス部屋
重々しい扉が、軋むような音を立てて開かれる。その先に広がっていたのは、異様な静寂だった。
「……なに、これ……?」
そのあまりの異様さに、うたたの声が、彼女としては珍しくかすかに震える。
部屋の中央には、オークロードと思しき巨体の死骸が横たわっていた。
筋骨隆々としたその肉体は、すでに血の気を失い、首から上が、まるで刃物で一文字に断たれたように消えていた。
そして、その周囲には、十体ほどのオーク、あるいは上位個体と思しき屍が散らばっていた。いずれも、首を同じように斬り落とされており、血飛沫すら整然としているのが、逆に不気味だった。
「……なにこれ、処刑場……?」
うたたがぽつりと呟く。その声には、いつもの気怠さとは違う、本能的な恐怖がにじみ出ていた。
そして、その死屍累々の中心に、ひとつの何かの影が、背を向けたまま、微動だにせず立っている。
ただ、そこに『在る』。それだけで、空気が凍りついていく。
「……なんだ、あれ」
斗花が低く唸る。
「魔力の気配……感じません。けど……」
夜々の声にも、かすかな困惑がにじむ。
「おかしいわ。あれは……人、なの?」
紫乃が眉をひそめ、冴月の隣に立つ。
冴月は、剣に手をかけたまま、じっとその影を見据えていた。
【コメント欄】
『え、オークロード……もう倒されてる!?』
『しかも周りのオーク、すべて首飛んでるんだけど!?』
『これ、ボス部屋じゃなくて処刑場じゃん……』
『誰がやったの……? こんな静かに……』
『いや待って、あの人影……何者?』
『これ十八階だよね!? こんなの出る階層じゃないって!』
『オークロード即死事件』
『怖い怖い怖い怖い怖い』
『冴月様、引き返して……!』
『やだやだやだ、早く戻って!!』
『……あれ、扉……?』
ギィィ……ン……
背後で、入ってきた扉が、音もなく閉じた。
「……閉じた?」
うたたが振り返る。
「自動で閉まるタイプじゃないはずだぞ……?」
その瞬間、その影が、ゆっくりと振り返った。
その顔は、まだ見えない。
だが、確かに何かが、こちらを見ていた。




