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第27話 平伏ではなく、並び立つ


 

 最後に前へ出たのは、冴月だった。


 戦場の気配をまだまとっているのに、背筋はまっすぐに伸び、その立ち姿はまるで夜明け前の空気のように澄んでいた。


 傷を負い、つい先ほどまで命の淵に立っていたとは思えないほど、静かで、揺るぎのない美しさがそこにあった。


 そして、その瞳の奥に宿る光は、先ほどまでとは少し違う。強さだけではない。確かな感謝と、まっすぐな敬意が、柔らかく揺れている。


 クラウたちは思わず姿勢を正した。助けたはずなのに、なぜかこちらが見定められているような、そんな不思議な緊張が胸を走る。


 冴月は三人を順に見つめ、静かに口を開いた。


「……改めて、礼を言わせてほしい」


 その声に、三人の肩がびくりと揺れる。澄んでいて、優しいのに、どこか抗えない力がある。


「私は冴月。戦律の五星姫の長を務めている……白峰(しらみね) 冴月(さつき)だ」


 簡潔な名乗り。けれど、その言葉には責任と覚悟、そして彼女自身の気高さがあらわれていた。


 まるで、そこに立つだけで場の空気が整うような、そんな存在感だった。


「さきほどの戦い……本来なら、あそこで終わっていたのは私たちの方だった」


 一瞬だけ視線を伏せ、すぐに顔を上げる。


 逃げない。誤魔化さない。敗北寸前だった事実すら、まっすぐに受け止める強さ。


「とどめの一撃も、あの薬も……貴公たちがいなければ、私はここに立っていない」


 フェルマの喉がひくりと鳴り、クラウは思わず胸に手を当て、ストレイは視線の置き場を失って、眼鏡の奥でそわそわと瞬きを繰り返した。


「命を救われた。これは事実だ」


 冴月は、はっきりと言い切った。


「だからこれは、五星姫の長としてではなく、冴月個人としての礼だ」


 そう言って、彼女は騎士の礼ともいえる恭しさで頭を下げた。


 その動作は流麗で、静かで、鮮やかだった。まるで一つの儀式のように美しく、気高かった。


 三人の思考は、一瞬で真っ白になる。


(え)


(いま)


(頭を……下げられ……?)


 世界がひっくり返る音が、三人の脳内で同時に響く。


 クラウは慌てて口を開こうとするが、声が裏返って言葉にならず、ストレイは詠唱より難しい現実にフリーズし、フェルマは心拍数の限界を静かに更新していた。


 冴月はそんな三人の様子に、ほんのわずかに目を細めた。


 強者が見せる余裕ではない。同じ戦場に立つ者へ向ける、静かで温かな眼差しだった。


「それでも私は、剣士だ」


 静かに続ける声は、澄んだ刃のようにまっすぐで、どこか優しい。


「借りを借りのままにはしておけない性分でね」


 その口調には、気高さの中に少年のような真っ直ぐさが混じっていた。


「いずれ機会があれば、今度は私が力になる。背中を預けられる剣であると、証明しよう」


 誇り高く、それでいて対等な宣言。


 クラウの胸が熱くなる。この人は守られるだけの存在ではなく、並び立とうとする存在だと、騎士の本能が理解した。


 フェルマは胸の奥がじんわりと温かくなり、ストレイは眼鏡の奥でそわそわと瞬きを繰り返す。


 冴月は最後に、ふっと微笑んだ。


「……改めて、よろしく頼む」


 王子様と呼ばれるにふさわしい、凛として爽やかな笑み。その一瞬だけで、場の空気が静かに整うほどの美しさがあった。


 その笑顔に、三人は同時に思った。


(あ、だめだ)

(この御方、気高すぎる)

(心の底から湧き上がる……これは、魂が敬礼している)


 胸の奥がじんわり熱くなり、言葉より先に抑えきれない敬意がこみ上げてくる。


 こうして、命を救った者と、救われた者。


 けれどどちらも同じ戦場に立つ者として、奇妙で、まっすぐで、どこか温かい関係が、静かに結ばれたのだった。


 五人の自己紹介が終わると、部屋にそっと静寂が降りた。


 砕けた石柱の影。焦げた床に転がる魔石が、淡く脈打つような光を放ち、空気はどこか不思議な熱を帯びていた。


 女性たちは表情こそ平静を装っているものの、胸の奥では、小さな波がそっと立ち始めていた。


 初めて目にした、本物の『漢』。


 鍛えられた体躯。揺るがぬ立ち姿。命を懸けて戦う覚悟を宿した眼差し。


 それらは理屈ではなく、もっと深いところ、心の芯に触れてくる。


 誰もが自覚しきれないまま、呼吸がわずかに浅くなる。頬に残る熱の理由を、まだ言葉にはできない。


 ただ、胸の奥で静かに灯ったその熱だけが、確かに何かを告げていた。


 一方で、クラウ、ストレイ、フェルマの内心は、それどころではなかった。


 生まれて初めて、こんな至近距離で女性と向き合っている。


 声を交わし、視線を向けられ、名を呼ばれた。それだけで、三人の精神はすでに限界付近まで追い込まれていた。


 迷宮で巨大で凶悪な魔物に囲まれた時よりも、今のほうが心拍数が何倍も高い。


 魔石の淡い光が揺れる中、三人はほんの一瞬、戦士である自分を忘れていた。


 ただそこに立つ、五人の女性たちという存在に、どうしようもなく、圧倒されて。


 静かな空間に流れているのは沈黙。


 けれどその裏側では、互いに知らぬまま、両陣営の心臓だけがうるさいほど鳴り響いていた。



 百花繚乱・コメント欄


『冴月様ああああああああ!!!!』

『立ち姿が夜明け前の空気って何!? 存在が詩か!?』

『命の淵から戻ってきてこの気高さ……これが白峰 冴月……!』

『あの一礼、完全に儀式。魂が浄化された……』

『「よろしく頼む」って言われた瞬間、心臓が正座した』

『「借りを借りのままにはしておけない性分」って、そんなの惚れるしかないじゃん……』

『冴月様、王子様すぎて性別の概念が吹き飛んだ』

『あの微笑み、空気が整ったっていうか、世界が整った』

『五星姫の長が、個人として頭を下げるって……重すぎる……尊すぎる……』

『冴月様の剣士としての矜持、全騎士が泣いてる』

『この人、守られる姫じゃない……一緒に戦う王だ……』

『冴月様の静かで優しい刃って、もう語彙力が死ぬ』

『あの一礼、スローでリピ案件。美しすぎて息止まった』

『冴月様の背中を預けられる剣って……それプロポーズでは?』

『クラウ様、フェルマ様、ストレイ様、今のうちに心の準備しといて……』

『五星姫の長が、あんな風に礼を言うなんて……百花繚乱全員、泣いてる』

『冴月様の静かな強さが、心に刺さる……』

『この空気、保存して永久ループしたい……』

『五星姫、全員違う方向で殺傷力高すぎる……』

『冴月様の敬意が、三人をちゃんと戦士として見てるのが最高』

『この人、気高いのにちゃんと人間味があるのがずるい……』

『冴月様のよろしく頼むで、心が契約書にサインした』

『百花繚乱、今この瞬間、全員が冴月様に忠誠を誓いました』

『この空気、もう一生抜け出せない……』

『冴月様、あなたが長でよかった……』



 九重すみれ(群星リンク・管理者)コメント


『……ま、冴月さんだし』

『礼儀正しいのも、気高いのも、いつものことですし』

『でも、あの場を整えたのはお姉様ですから』

『冴月さんが頭を下げられるのも、お姉様がそこにいたから』

『お姉様が立っているだけで、世界の秩序が整うんです』

『あの一礼も、あの名乗りも、すべてはお姉様の舞台装置』

『お姉様がいなければ、誰も輝けない』

『だから私は、当たり前にお姉様を推します』

『冴月さんも素敵ですけど、やっぱりお姉様こそが、いちばん美しい』



 九条 静流(総帥執務室)


 画面の向こう、冴月が静かに頭を下げる。その瞬間、三人の男たちの心が一斉に揺れたのを、静流は見逃さなかった。


『……冴月、いい顔になったわね』

『あの子の言葉には、剣の重みがある』

『それにしても、あの三人』

『完全に気圧されてるじゃない』

『敬意しかないって顔、わかりやすいわね』


 静流はふっと微笑み、紅茶をひと口。


『……これは、使えるわね』



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