第25話 視線は、すでに選んでいた
「空木 うたた……魔術担当……ダーリン担(小声)」
気だるげな足取りで前に出た地雷系女子は、覇気のない声でそう名乗った。
長いまつ毛の影に隠れた金色の瞳は半分眠たげ。無表情に近いその顔立ちは、人を寄せつけない静けさと、どこか壊れそうな危うさを同時にまとっている。
けれど……その視線だけは、まったく揺れなかった。まばたきすら惜しむように、うたたはストレイだけを見ていた。
まっすぐに。遠慮も、照れも、隠しもしないまま。あなた以外はどうでもいいとでも言いたげな、実際そのとおりの細く鋭い一筋の光。
その視線の熱量に、最初に異変を察したのはクラウだった。
「……っ」
歴戦の剣騎士は、本能的な危機察知で悟る。これは、自分たちが踏み込んではいけない領域だ、と。
隣のフェルマも小さく喉を鳴らす。
(あ、これ……完全に所有物認定が入ってるやつだ……)
生半可な毒薬より危険な空気を感じ取り、そっと目を逸らした。
そしてストレイは、「…………?」当の本人だけが、視線の意味にまったく気づいていない。
ストレイは、ただ尊き御方に失礼があってはいけないという緊張で背筋を伸ばしているだけだった。黙って立っている姿だけ見れば、眼鏡越しの横顔は涼しげで、いかにもクールで知的な魔術師。
魔術の精度、錬成度においては同レベル帯では、頭ひとつ抜きん出ているが、女性が関わると途端にポンコツになる。
自分に向けられている視線の濃度の違いなど、まったく気づいていない。
しかし、その気配でしっかりと感じている者たちはいる。
冴月は一瞬だけ、うたたとストレイを見比べ、すぐに理解した。
(あ、あれは触ったらダメなやつだ)
紫乃も眼鏡の奥で視線を細め、静かに結論を出す。
(……縄張り確定済みですね)
斗花に至っては、
(おいおい……あれは試合前の獣の眼だぞ……)
と戦士目線で察し、そっと腕を組んだ。
夜々は、なぜか自分の露出の高い衣装を気にして、隠せもしない太ももを上着の裾を両手で使ってそわそわ押さえていた。
そして当のうたたは、ストレイが黙って立っているだけなら眼鏡イケメンクールに見えるそのギャップに、内心でひっそりと萌えしにかけていた。
(……はぁ……なんでその顔で……なんでそんな天然なの……すべてが好き……)
誰も口には出さない。だが五星姫の間に、無言の共通認識が走る。
ストレイにちょっかい出すの、禁止。
彼と視線が合いかけた瞬間、全員がスッ……と逸らす。
その中心で。当のうたたは、微動だにしない。
半分眠たげな金色の瞳は、相変わらずストレイだけを映している。まるで世界に他の人物が存在していないかのように。
「…………」
ストレイがわずかに身じろぎする。
その動きに合わせて、うたたの視線もすっと動く。一秒たりとも逃さない、細く鋭い追尾線。
クラウが小声でフェルマにささやく。
「……あれは、護衛対象なのか……?」
「違います……たぶん、捕獲対象です……」
ひそひそ声すら、うたたの耳には入っていないほど、彼女の世界は、極端なまでにシンプルだった。
ストレイが立っている場所。それが中心。あとは背景。
やがて、ストレイが居心地悪そうに視線を泳がせ、偶然、うたたと目が合う。
びくっと肩が跳ねた。
その反応に、うたたのまぶたがほんの少しだけ柔らかくなる。それは笑顔未満の、極小の変化。だが破壊力は絶大だった。
(……いた)
視線はそう告げていた。
逃がさないでもなく、捕まえたでもなく。ただ、見つけた、という顔。そして、当のストレイはというと。
「…………?」
その内側が致命的にポンコツであることを、本人だけが理解していない。
周囲の全員が確信する。
この場で一番強いのは、冴月でも紫乃でも斗花でも夜々でもない。
あの気だるげな少女だ、と。
なぜなら彼女だけが、誰に遠慮することもなく、堂々と想いの矛先を固定しているのだから。
そしてその矛先の当人は。
「……っ、な、なにか失礼が……!」
まったく違う方向で挙動不審になっていた。
うたたは、そんな彼を見つめたまま、ぼそりと呟く。
「……ダーリン」
小さすぎて、本人には届かない。でも、周囲にはなぜか聞こえた。
その瞬間、クラウとフェルマは完全に視線を逸らし、五星姫は誰一人としてストレイを見なくなった。
ただ一人……うたただけが、まばたきすら惜しむように、自分の担当を見つめ続けていた。
この場で一番危険なのは、冴月でも、紫乃でも、斗花でも、夜々でもない。
あの、気だるげな少女だ。
そして、その危険の中心に立つ人物は。
「…………?」
何も理解していない顔で、ただ突っ立っていた。
百花繚乱(ガチ勢百人・コメント欄)
『うたたちゃん、きたあああああ!!』
『今日も覇気ゼロなのに存在感だけで全員黙らせるの草』
『魔術師のストレイ様だけロックオンされてるの何!? 何その精度!?』
『クラウ様が一歩引いたの初めて見たんだけど!?……あっ女性関係だと引きまくってた』
『ストレイ様だけ意味わかってないの尊すぎて泣いた』
『あの人、なんか女性関連だけ処理落ちするタイプとみた……守りたい……』
『うたたちゃんの視線、完全に追尾レーザーで震えた』
『紫乃お嬢様の冷静さ、さすが九条の後継者』
『夜々様が上着の裾を押さえてるの可愛すぎて無理』
『ストレイ様、なんでその顔で天然なの……罪……』
『あれはもう……狩りの目……』
『護衛対象じゃなくて捕獲対象は草』
『ストレイ様のキョトン顔が今日一番の癒し』
『ダーリンって小声で言ったの聞こえた瞬間、全員の寿命縮んでた』
『あれ本人に聞こえてないのが逆に危険度上げてる』
『五星姫の中で一番危険なの、うたたちゃんで確定した瞬間』
『ストレイ様、逃げて……いや逃げられない……』
『うたたちゃんの世界、ストレイ様中心で回ってるの尊すぎる』
『これもう恋愛じゃなくて信仰の域』
『ダーリン呼び、公式化したら世界が終わる』
『ストレイ様の挙動不審、保護したい……でもうたたちゃんが許さない……』
『このご褒美配信、情報量多すぎて脳が処理落ちしてるの私たちの方』
『ストレイ様、ほんとに何も理解してないの可愛すぎる』
『うたたちゃんのまばたきすら惜しむ視線、愛が重いのに美しい』
『静流様も絶対気づいてる……あの人の洞察力なら』
『ダーリン……ダーリン……(エコー)』
『ストレイ様、今日から世界で一番危険な位置に立った男』
『うたたちゃんの担当、重い……でも羨ましい……』
『これが……地雷系一点特化の破壊力……』
『五星姫の中で一番静かで、一番狂気なの最高』
『ストレイ様の天然、今日だけで何人殺した? 失神してるのいそう』
『クラウ様とフェルマ様の視線逸らし、完全に巻き込まれたくない顔で笑う』
『うたた様の世界観、尊くて怖くて美しい』
『ストレイ様、ほんとに気づいてないの奇跡』
『ダーリン……(語彙力消滅)』
『今日の配信、歴史に残る……ってここ限定配信だよね?』
『ストレイ様、がんばれ……いやがんばらなくていい……そのままでいて……』
『ストレイ様、今日から逃げられない運命』
『あれが……運命の出会い……(震え声)』
『ストレイ様、ほんとに何も理解してないの愛しい』
『うたた様の視線、あれはもう呪いじゃなくて祝福』
『この配信、尊さと恐怖のバランスが完璧』
『ストレイ様、がんばれ……いやがんばらないで……』
『ダーリン呼び、公式化したら世界が終わる(2回目)』
『ダーリン……(無限ループ)』
九重すみれは、百人のガチ勢が悲鳴を上げまくっているコメント欄を前に、ただひとり、まったく別の場所を見ていた。
もちろん、それは紫乃お姉様。
うたたの視線がどうとか、ストレイがどうとか、そんなものは、すみれの世界では背景にすぎない。
彼女の指先は震え、胸の奥で熱が暴れ、処理能力は御姉様関連だけ例外的に落ちる。それでも、ただひとつの真実だけは揺らがない。
九重すみれ(管理者・心の声)
『……お姉様』
『どんな状況でも、中心に立つのはお姉様……』
『誰よりも冷静で、誰よりも強くて、誰よりも美しい』
『うたたの視線? 魔術師の挙動? 関係ありません』
『お姉様がそこにいるだけで、世界は秩序を取り戻すのです』
『ああ……今日も完璧……』
『お姉様の立ち姿ひとつで、全員の空気が整う……』
『これが……九条の後継者……私の誇り……』
『……お姉様』
『どうか、今日もお疲れになりませんように』
『すべては、お姉様のために』
すみれの世界は、ストレイでも、うたたでも、斗花でも、誰でもない。
ただひとり、紫乃お姉様だけで満ちていた。
総帥執務室で静流の目が、うたたの視線とストレイの挙動を捉えた瞬間、わずかに、ほんのわずかに、口元が緩んだ。
『……ふふ』
『うたた、あの子は相変わらず極端ね』
『あの視線、あれはもう選定の域だわ』
『彼が気づいていないのが、また良いスパイスになっている』
『紫乃、あなたの周りは本当に賑やかで、面白いわ』
『うたた、自然体で人の距離感を変えてしまう……それがあなたの強さ』
『それにしても彼、女性に対して免疫がまったくないわね』
『礼節はあるのに、距離の取り方だけ初期設定のまま……本当に興味深いわ』




