第24話 拳で語る姫は、名を呼んだ
群星リンクの選ばれしガチ勢百花繚乱と管理者の九重すみれ、九条財閥本社、総帥執務室で静流が見守っているとも知らず、いつになくお淑やかな気配をまとい、女性陣が思わず「え……?」と訝しげに視線を向ける中、そっと前へ出てきた影があった。
「黒鋼 斗花だ……です。前線はオ……わたしに任せて……ください」
言い終えた瞬間、自分の言葉に自分でつまずいたように、斗花はわずかに視線を泳がせた。
いつもなら胸を張り、豪快に笑い飛ばす拳闘士。その姿を知る仲間たちでさえ、思わず二度見するほどのしおらしさがそこにあった。
拳で語る女。鉄拳の女帝と呼ばれる前線の要。その彼女が今、頬をほんのり赤らめ、語尾を迷子にしている。
紫乃が、すっと目を細めた。
「……斗花? いまオレが、わたしに変わりかけて……それに、さきほどの特級ポーションの時とも全然キャラ変わっていませんこと?」
「ち、違ぇよ!? ちょっと噛んだだけだっ!」
反射的にいつもの調子で言い返し、斗花ははっと口を押さえる。
数秒の沈黙。
「……あーもう! 細けぇことはいい!」
バンッ、と拳と拳を打ち合わせ、空気が一瞬震えた。その瞬間、斗花はいつもの炎の闘神の顔に戻っていた。
「黒鋼 斗花だ! 拳闘士やってる! 前線の殴り合いならオレに任せろォ!」
そして、ぐっと三人を見据え、豪快な笑みを浮かべたまま、名指しで言い放つ。
「クラウ! ストレイ! フェルマ! あんたら、オレの拳、ちゃんと受け止められんだろうな!」
豪快に笑い飛ばすその姿は、先ほどのしおらしさが幻だったかのよう。
そう、その笑顔の奥には、揺るがぬ自信と、仲間を背負う者だけが持つ圧倒的な気迫が宿っている。
まさに、鉄拳の女帝。戦場で幾度も勝利をもぎ取ってきた闘神の風格が、そこにはあった。
その堂々たる在り様を前にして、三人は、完全に固まった。
(……き、気さく……!?)
(尊き御方が、自ら戦いを語り、しかも我らの……名を……直接お呼びに?)
(いま、その尊き拳を受け止めろと……仰られた……?)
脳が理解を拒む。尊き存在とは、遠くで微笑む光であるはずだった。それが今、同じ目線で、笑いながら言葉を投げてくる。
クラウの喉が、こくりと鳴る。ストレイは反射的に姿勢を正し、フェルマは胸の前で手をぎゅっと握りしめた。
その手には、さきほど特級ポーションを渡した時に斗花に思いきり握られた熱の感触が、まだ残っている。
(ち、近い……)
(あの時も……すごく……)
(うわ……思い出したら余計に……)
頬がじわりと熱を帯び、フェルマは視線を落とすしかなかった。
(距離が……近い……)
(眩しいのに、温かい……)
(これが……現実の女性……やはり姫とは? 気高さと豪快さを同時に持つ、理解の及ばぬ御方……なのか?)
三人の胸の奥で、これまで信じてきた尊き御方像が、音もなく塗り替えられていく。
目の前にいるのは、ただ守られる存在ではない。
前線に立ち、拳を振るい、豪快に笑い、それでもなお気高さを失わない、そんな、強くて眩しい存在だった。
その事実に、三人の心臓はまた一段とうるさく鳴り始めていた。
百花繚乱(ガチ勢百人・コメント欄)
『え……今の斗花姐御……可愛くなかった……?』
『語尾迷子で赤面してる鉄拳の女帝とか供給過多なんだけど??』
『拳闘士が一瞬お淑やかになるの反則だろ……心臓もたない』
『からの通常運転復帰ッ!! この切り替えが神!!』
『殴り合い任せろ宣言、世界一信用できる言葉きた!』
『尊い×豪快=斗花姐御という公式が証明された瞬間』
『近距離であの笑顔向けられたらそりゃ固まるよ……』
『あの三人の反応、リアルすぎて逆に保護したい』
『前線に立つ姫、最高かよ……五星姫ほんとバグ』
そして、斗花が名指しした瞬間。
『名前呼んだああああああああ!!!!』
『公式で名前出た!! クラウ様って言ったよね!? 騎士の方クラウ様なの!? 尊い……』
『ストレイ様って呼ばれた瞬間の姿勢の正し方、あれ絶対育ちいい……』
『フェルマ様の赤面、名前呼ばれてさらに赤くなってて可愛すぎるんだが!?』
『斗花姐御のクラウ! ストレイ! フェルマ!の破壊力でしんだ』
『三人とも名前呼ばれた瞬間の反応が純度100%で尊い……』
『クラウ様の喉鳴ったの聞こえた!? あれは落ちた音だよね!?』
『フェルマ様、手ぎゅってしてたの思い出して赤くなるの反則』
『斗花姐御、三人の名前を世界に解き放ってくれてありがとう……』
『これで推せる……正式に推せる……!』
『姫たちの前であんな素直な反応する男たち、逆にレアすぎる』
『斗花姐御×三人の化学反応、強すぎて画面割れる』
『名前呼ばれた瞬間の三人の顔、保存したい……永久保存したい……』
『名前呼びでこんなに盛り上がるの百花繚乱だけだろ……いや世界中か……』
『クラウ様……ストレイ様……フェルマ様……ようこそ沼へ……』
群星リンクの内部チャンネルに流れ込む映像を前に、ひときわ小柄な影が息を呑んでいた。
九重 すみれ。
九条家の遠縁として静流に目を掛けられ、紫乃とは幼い頃から姉妹のように育った少女。
九条式の英才教育で才能を開花させ、情報処理とネット領域では世界でも指折りの実力を持つ……はずなのに、紫乃が関わると、とたんに思考が空回りし、お姉様関連だけ処理落ちするポンコツ才女へと変貌する。
彼女が何よりも優先するのは、ただひとつ。紫乃お姉様の存在。
そんな彼女が、震える指先でコメント欄を開きながら、胸の奥で熱をこらえきれずにいた。
九重すみれ(管理者・心の声)
『……っ』
『今の、見ましたよね……?』
『あれは……お姉様たちが、対等な戦友として迎え入れる意思表示……』
『強さも、優しさも、距離の近さも……全部、計算ではなく在り方』
『だからこそ、記録しなさい、見届けなさい、と……』
『……やっぱり、お姉様たちは……』
『姫なんかじゃない。英雄だわ』
『そしてその中でもお姉様こと真の英雄……ぐふふっ』
九条財閥本社、総帥執務室。
重厚な静寂の中、ひとり映像を見つめる女がいた。九条静流、九条家を束ねる総帥にして、氷のように冷静な判断力で幾多の危機を乗り越えてきた人物。
しかし、その一方で、ポーション開発となれば誰よりも熱く、時には何日も徹夜で研究室に籠もり「負けるのは嫌い」と笑って新たなデータを叩き出す、そんな一面も持ち合わせている。
その静流が、今はただ静かに、娘たちの姿を映す画面を見つめていた。
目元は涼やかで、声は落ち着いているのに、その奥には確かな熱が宿っている。
九条 静流(総帥執務室)
『……ふふ』
『斗花、いいところで通常運転に戻ったわね』
『あの距離感で崩れない漢はいないでしょう』
『それにしても……』
『自然体で人の価値観を塗り替える』
『ああいうのを、カリスマと言うのよ、紫乃』
『……それにしても、あの三人』
『なぜ、あそこまで五星姫を敬うのかしら』
『まるで女性を……特別な聖域として扱っているような』
『価値観の根が、この世界とはまるで違う……興味深いわ』




