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第23話 お嬢様は間違えた、ほんの少しだけ



 わずかに張りつめていた空気が、ふと別の気配に揺れた。


「……あら?」


 紫乃がふと、ボス部屋の高い天井付近へ視線を向けた。


 そこには本来、九条重工製の観測型ドローン魔道具……登録冒険者の魔力に反応して追尾し、戦闘の一部始終を中継する小型の浮遊機があるはずだった。


 しかし、その機体はサーバーダウンを示していた。


「中継だけ落ちているようですわね。本体は無事みたいですけれど……いつから途絶えていたのかしら」


 紫乃は姿勢をただし、周囲の空間へそっと魔力を巡らせる。


 次の瞬間。


 何もないはずの空間に、かすかな歪みが走った。


 すう……と空気を滑るように姿を現したのは、両手のひらに乗るほどの銀色の浮遊体。ステルス機能で視認できなくなっていた観測ドローンだった。


 紫乃は慣れた手つきでそれを受け止める。


「……どうやら、三人の顔は全世界に公開されてしまったようですわね。今は映像が中断されておりますけれど」


 紫乃は、映像が途絶えていることを確認すると、そっと胸を撫で下ろした。三人の名がまだ世界に広まっていない、その事実に、ほんのわずかに安堵する。


 しかし、その一部始終を見ていた三人は、完全に固まっていた。


「……今の、どこから出てきたんだ?」


 クラウが低く呟く。


「空間から……突如、現れたように見えたぞ……」


 フェルマの額に、じわりと汗がにじむ。


 ストレイは目を細めたまま、紫乃の手の中の銀色の浮遊体を凝視していた。


 彼はその存在には最初から気づいていた。わずかな魔力だけで、羽もなく、詠唱もなく、ただ浮遊し、主のもとへ滑るように姿を現した、その異質な存在。


 紫乃の元へ戻ったことで、ストレイは誰にも気づかれないように、そっと安堵の息を吐く。


 カリギュラの分体をすべて排除した際、神聖魔法の的にせず外しておいて本当によかったと胸の奥でひっそり思う。もしあれを巻き込んでいたら……賢者の御使いを誤って撃ち落としていたら、と考えるだけで、背中に冷たい汗が伝った。


 それは、どう見ても、彼らの知る魔道具の挙動ではなかった。


(聖獣の幼体……?)

(いや、御使いの類だろ……)

(やはりこの方は、姫と呼ばれるにふさわしい至高の御方……)


 三人の中で、静かに認識が塗り替えられていく。


 紫乃は、手のひらの観測ドローンへそっと魔力を通した。制御核が淡く光を帯び、内部の魔術回路が静かに再起動を始める。


「……中継は、このまま停止させておきますわ。記録だけは残しておきましょう」


 配信系統を遮断し、記録保存のみを有効化する。それは九条重工でも内部確認に限って用いられる、慎重な設定だった。


 ほんの一瞬、紫乃のまつげが揺れる。


(お母さま……総帥だけには、やはりリアルタイムでお伝えしておいた方がよろしいですわね)


 この三人の漢は、あまりにも想定外。実力も、精神性も、そして何より、存在そのものが。


(この方たちは、必ず九条に迎えるべきですわ。準備なく放置すれば、世界中で争いが絶えなくなってしまいますもの……)


 紫乃は小さく息を整え、中継の再開に向けて追加の通信先を指定する。本来であれば、ここで選ぶべき宛先はただ一つ。


 九条総帥執務室。


 そう判断しかけた、その時、視界の端に金髪の騎士の姿が映り込んだ。


(……クラウ様)


 九条として最優先すべきは、調薬錬金術師フェルマの確保。母であり総帥でもある静流も、当然その判断を下すはず。


(フェルマ様の迎え入れは必須事項……そのためなら、お母さまなら、クラウ様やストレイ様を他の組織に譲ることもいとわないでしょう……でも、それでは……わたくしは)


 胸の奥が、きゅうと締めつけられる。


 かつて覚えたことのない焦りが、静かに精神を揺らした。三人の漢が放つ存在感は、紫乃が想定していた以上に強く、深く、心を揺さぶる。


 そして、紫乃は、無意識のうちに、ほんのわずか魔力の流す先を誤った。


 転送承認の光が、淡く走る。


 その異変に気づくこともなく、紫乃の眼差しはただクラウへと吸い寄せられたまま離れない。


 ドローンは静かに浮かび上がり、再び天井付近へと滑るように戻っていった。


 九条財閥本社、総帥執務室。


 重厚なデスクの向こうに座る女は、微動だにせず映像を見つめ、口元だけがわずかに緩む。


「……紫乃。さすが、私の娘」


 表示されているのは、黒の回廊十八深階、ボス部屋の映像。


 そして、その映像を別の場所で見ていた存在たちも、端末の前で固まっていた。


「……え?」


 ぱちり、と瞬きを一つ。そして、もう一度、何度も。


 画面に映るのは、砕けた回廊。ひときわ輝く魔石。そして、この世界には存在しないはずの三人の男性たちの前に、静かに立っている紫乃の姿。


「……お、お姉様……?」


 その声は、群星リンクの管理者、九重(ここのえ) すみれのものだった。九条家の遠縁にして、紫乃をお姉様と慕う少女。


 群星リンクの中核を担い、選ばれし百人の五星姫ガチ勢集団『百花繚乱(ひゃっかりょうらん)』を統括する、誰よりも熱く、誰よりも一途な紫乃お嬢様ガチ担。


 そのすみれが、幼さの残る声で、息を呑んだ。胸の奥では、さっきまでの死闘の余韻がまだ熱を帯びていた。紫乃が倒れ伏した瞬間、涙が止まらなかった。


 けれど、すみれは信じていた。お姉様は、絶対に死なない、と。


 あの人が、こんなところで終わる人じゃない。それが証拠にいま、こうして立っている。


 群星(ぐんせい)リンク。


 表向きは、会員数十万を誇る世界最大級の五星姫ファンコミュニティ。


 しかし、その実態は、紫乃が信頼する者だけを集めて構築した、五星姫を裏から支える精鋭たちが運営する支援組織。


 迷宮の情報を解析し、危険度の変化をいち早く察知し、配信の裏側では視聴者の動向すら静かに見守る。前線で影となり戦う夜々が物理に特化した守護者なら、彼女たちは情報の守護者として、後方から五星姫を支えている。


 けれど、すみれだけは違った。彼女の視線は、ただ紫乃お姉様だけを追っていた。


 いま、群星リンク内の百花繚乱専用チャンネルでは、世界中の注目を集めている漢三人の正体や戦闘力、五星姫との関係性について、中継が途絶えた後も百人のガチ勢たちがそれぞれの持論を熱く、(たぎ)る勢いで垂れ流していた最中だった。


『騎士様の剣筋がさぁ……滾る!!』

『夜々様の影の動き、今日も完璧すぎんだろ……!』

『夜々様のあの一歩の踏み込み、護衛の鑑すぎて震えたんだけど!?』

『いやあの魔術師様の魔力制御は異常でしょ!』

『うたたちゃんの火力、今日も桁違い! あれもう芸術だよね!?』

『魔術師様のあの一撃で部屋全体が光った瞬間、鳥肌立ったんだけど……』

『騎士様と王子様の視線がぶつかった瞬間……意識とんだ』

『紫乃お嬢様、今日も全てが完璧すぎます……』

『お嬢様の判断力、冷静さ、気品……全部が尊すぎて息できません……』

『王子様との神事が美しすぎて、もう画面越しに拝んでる……』

『お嬢様がいてくださるから、私たちは安心して推せるんです……!』

『紫乃お嬢様、本当に王子様を救ってくださってありがとうございます!!』

『お嬢様の存在そのものが希望……ほんとに……ほんとに……』


 世界が漢の話題に塗りつぶされる中、漢の存在以上に五星姫の無事に熱狂する、そんなガチ恋が渦巻くところに、ご褒美としか呼べない中継再開の通知が飛び込んできた。


 その瞬間、内部チャンネルのテンションは盛大に爆発した。


 歓声、悲鳴、お嬢様への感謝の祈り、推しへの叫び、百人のガチ勢が同時に沸き立ち、画面の向こうへ全力で想いをぶつけていた。


 それを見つめながら、九重すみれは小さく息を吸った。


「……これは……」


 すみれには、はっきりとそう思えた。


 中継を再開したのは、これから起こるすべてを、見届け、忘れるなという意思表示。


(お姉様は……私たちに任せてくださったんだ)


 この先の戦い、この先の邂逅、この先、世界がどう変わるのか。それを、百花繚乱が正しく見届け、正しく記録し、正しく支えろと。


「……承知しました、お姉様」


 すみれは背筋を伸ばし、端末に手を置く。胸の奥で燃え上がるのは、感謝と、誇りと、そして抑えきれない想い。


(絶対に……見逃しません)


 お姉様が立つ場所。お姉様が選んだ漢たち。そのすべてを、誰よりも近くで、誰よりも真剣に。


 それが、紫乃のほんの少しの過ちから始まったことだとも知らずに。

 


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