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第18話 世界の均衡が崩れた日

 


 夜々は、この薬師と思える者の歩みを追いながら、ずっと胸の奥に引っかかっていた違和感の正体を探っていた。気配の消し方、歩幅、呼吸の深さ、どれもが、彼女の知るこの世界の女とは決定的に違っていた。


(……おかしい。こんな動き、見たことがない)


 くノ一として培ってきた経験が、警鐘を鳴らす。それと同時に、別の感覚がささやいていた。


(でも……弱くない。むしろ、元気な頃の頭領を思い出す……)


 フェルマがフードを外した瞬間、夜々の視界が一瞬だけ揺れた。


 あどけなさを残す顔立ち。なのに、瞳の奥には、年齢では説明できない覚悟が宿っている。まだ完成していない体つきなのに、動きの芯は揺るがない。


 矛盾している。しかし、その矛盾がひとつの答えに収束していく。


(……この人、違う。生き方が……違いすぎる)


 夜々の喉が、かすかに鳴った。


 彼の歩法は、命を奪う者のそれではない。かといって、ただの臆病者のものでもない。生き延びるために、生き延び続けてきた者だけが身につける、極限の静けさ。


(こんなの……この世界の男じゃ、ありえない)


 背筋に、冷たいものが走る。そして、同時に熱が灯る。


(……本物だ。この世界の枠に収まらない、男そのもの……)


 夜々は、思わず息を呑んだ。恐怖でも、警戒でもない。もっと原始的で、もっと本能的な感情。


(……なんなの。この心が静まらない感情は)


 影の世界に生きていたくノ一としての直感が告げる。この人は、ただの薬師でも、ただの気弱な青年でもない。


 世界の外側から来た、本物の男だと。


 夜々は、初めてフェルマを獲物でも対象でもなく、ひとりの男として見てしまった自分に気づき、胸の奥がざわついた。


 ストレイのマントが外れた瞬間、空気が変わった。


 さらりと落ちる濃いブラウンの髪。光を受けて淡く輝く白金の瞳。凛とした眉、深い彫り、静かな男の色気。そして、眼鏡の奥に宿る、どこか遠くを見つめるような深い視線。


 うたたの思考が、一瞬で停止した。


(……え?)


(……え? え? え??)


(……ちょっと待って、誰? え? ちょ、ちょっとぉぉ)


 目の前にいるのは、さっきまでテンパって裏返った声を出していた、あの可愛いテンパり系クール美女と思っていた人ではなかった。


(白印様じゃないよ、ね……この世界にいない顔してるんだけど!?)


 心臓が、どくん、と跳ねた。跳ねたというより、撃ち抜かれた。


(なにこれなにこれなにこれなにこれ!?)


(え、ちょっと待って、こんなの反則じゃない?)

(クール系だと思ってたのに、実は……実は……)

(……ガチのイケメン……? いや、冴月みたいな女のイケメンって言葉じゃ足りない……)


 うたたの脳内で、警報と祝砲と恋のBGMが同時に鳴り響く。


(……あのテンパり方で、この顔……?)

(ギャップ……ギャップが……殺しにきてる……)


 金色の瞳が、無意識にストレイを追う。視線が触れた瞬間、胸の奥がじわりと熱を帯びた。


(……なにこれなにこれなにこれ……)


(……こんなの、好きになるに決まってるじゃん……)


(……いや、好きとかじゃなくて……運命……?)


 胸の奥で暴走する思考を必死に押さえ込もうとしたその瞬間、うたたの脳裏に、ある既視感が閃いた。


(……あっ)


(……これ……知ってる)


 それは、うたたが好んで読みふけっていた、まだ男女比が半々だった頃に流行していた昔のマンガや小説に登場する理想の男そのものだった。


 クールで、どこか影があって、普段は無表情なのに、ふとした瞬間に見せる弱さや照れが致命的に刺さる。圧倒的な美貌と、静かな色気と、謎めいた背景。


(……いやいやいや、そんなの……現実にいるわけ……)


 目の前にいる。


(……いるんだけど!?)


 うたたの心臓が、また跳ねた。創作の中でしか見たことがなかった理想像が、数十センチ先で息をしている。


(……どうしよう……ほんとにどうしよう……)


(……これ、落ちるとかじゃなくて……落とされてる……)


 地雷系女子の思考は、静かに、しかし確実に深い沼へと沈んでいった。


(……やばい。これ、ほんとにやばい。この人、絶対に誰にも渡しちゃだめなやつ……)


 地雷系女子特有の、重くて甘い思考が静かに芽を出す。


(……あたしのだよね?)

(だって、惚れたってあたしが、言ったら俺もって感じで……うなずいたよね?)

(うなずいたってことは……言ったってこと……責任、とってもらわないと……)


 じっと見ているとその視線に気づいた彼が、照れたように視線をそらす。その仕草だけで、うたたの心臓がまた跳ねた。


(……かわいい……)

(……いや、かわいいのに、顔はイケメンで、声はテンパると裏返って……)

(……そんなの、好きになるに決まってるじゃん……)


 うたたは、そっと唇を噛んだ。金色の瞳が、獲物を見つけた豹のように細められる。


(……ねぇ、貴方。あたし、もう決めちゃったかも……)


(あなたのこと、絶対に逃がさない……ねぇダーリン?)


 その言葉の余韻に、自分で自分の思考がふっと熱を帯びる。


(……ダーリン……?)


(……あ、そっか。こういう時に使うんだ……愛しい人って意味で……)


(ふふ……じゃあ、やっぱり……これは運命だよね)


(ねぇ……ダーリン♡)


 胸の奥で、甘くて重たい感情が静かに膨らんでいく。


 まだ声には出していない。けれど、その瞳に宿る光は、すでに選んだ相手を絶対に逃がさないと告げていた。


 五星姫の誰もの瞳が大きく見開かれた。まるで、ダンジョンの奥深くに封じられていた禁忌を目の当たりにした、それ以上に。


 彼女たちの中で、長年信じてきた男は守るものだという概念が、音もなく崩れ落ちていく。白く儚い存在こそが男性であると信じて疑わなかったその価値観が、いま目の前に立つ三人の『漢』によって、根底から覆されたのだ。


 その衝撃は、五星姫以上に画面越しに見ていた視聴者たちにも、容赦なく襲いかかった。



【コメント欄】


『白印様とは……違う……違いすぎる……でも、目が離せない……』

『……ごめん。今だけは五星姫に目が行かない……』

『え、なに? あれ……これが伝説の本気の男ってやつなの……?』

『白印様は風に溶けるような美しさだけど、あの人たちは……嵐みたい……』

『肩幅が……肩幅が……女の骨格じゃない……これが……男……!?』

『声が低い……響く……胸に……鼓膜が震える……』

『最推しの……冴月様がかすんで、他に目がいく日が来るなんて……』

『白印様は守りたくなるけど、あの人たちは……守られたい……』

『手が……手が大きい……指が太い……え、無理、好き』

『なんかもう、存在の格が違うのよ……生き物として……』

『白印様は夢、この人たちは現実……でも現実が夢よりすごいってどういうこと?』

『あの背中、頼れるとかじゃない。背負ってる。世界を』

『白印様は花、鎧の人は岩。でもその岩、めっちゃかっこいい』

『これが……これが本物の男という生物……!?』

『こんなの、創作でしかみたことない……リアルでなんて……ダメ好きすぎる』

『白印様にときめいてた私が、あのごっつい腕に抱かれたいと思ってる……誰か助けて』


 そして、ついにこの瞬間、サーバーの容量は限界を超えた。警告音が鳴り響く中、運営の手が止まる暇もなく動き続ける。だが、もはや焼け石に水だった。


 画面が一瞬、白くフラッシュし、次の瞬間、全ての配信が途切れた。


 サーバーダウン。


 その報せは、瞬く間に世界中を駆け巡った。


 後に残されたのは、視聴者たちの阿鼻叫喚だった。


『え!? 止まった!? 今止まった!? なんで今!?』

『ちょっと待って!? 魔術師の人のアップの途中だったんだけど!?』

『薬師様の口元が映った瞬間に落ちた……運営、これは戦争だ』

『魔術師様の眼鏡の奥の瞳が……あああああああああああああああああ』

『サーバーが男らしさに耐えられなかった説』

『き、騎士さまの照れた笑いが……き、消えたああああ』

『誰か録画してないの!? してないの!?』

『運営、命で償え(愛)』

『この瞬間に席を外して見逃した私は一生の不覚』

『あの三人、存在がバグ。そりゃサーバーも落ちる』

『これが……あとで盛大に語られるだろう男鯖落ち……伝説……がくっ』




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