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第16話 世界が息を呑んだ素顔の真実


 魂が抜けかけていた三人の中で、最初に現実に引き戻されたのは、ストレイだった。


 ふと顔を上げると、目の前にしゃがみ込んだままのうたたが、じっとこちらを見つめていた。その金の瞳は、まるで月光を閉じ込めたように神秘的で、ストレイの心臓がまた大きく跳ねる。


「……ねぇ、顔……見せてくれる?」


 うたたが、ほんの少しだけ首をかしげて、甘えるように微笑んだ。


「……っはひっ!? す、すぐに阻害魔法きりましゅ!!」


 その慌てる様子に、うたたも思わずクスっと笑みを浮かべる。


 ストレイは即答し、低く通る声をわずかに裏返らせながら、慌てて指先を動かす。ついでにクラウとフェルマにも、解除魔法をかけておく。そうしている間に、顔を覆っていたマントの影がふわりと晴れ、淡い魔力の揺らめきとともに、柔らかな光がその輪郭を浮かび上がらせた。


 そして、尊き御方の前で、身を隠したままでは無礼だと感じたのか。ストレイは、肩からマントを外す。


 その様子を、うたたはじっと見つめていた。とんでもない威力の魔術を、まるで呼吸するみたいに使う凄腕の魔術師なのに、自分のことを姫みたいに敬ってくる。なにそれ、この人めっちゃ面白いんだけど……。


 ふと、うたたの脳裏に浮かんだのは、夜々とはまたタイプの違う銀の髪をなびかせたクール系美女。


 普段は冷静沈着で、どんな魔物にも眉ひとつ動かさずに魔法を放つのに、いざ自分が近づいたら、「……っはふっ!? ひ、姫様しゅぐにサポート魔法かけましゅ!!」なんて、耳まで真っ赤にしてテンパる姿。


(……やば、好きかも)


 うたたの金色の瞳が、じわりと輝きを増す。興味と好奇心と、ちょっとした悪戯心が、彼女の中で静かに泡立ち始めていた。


 ストレイは、尊き御方を待たせてはいけないとマントを慌てて外した。その際に、濃いブラウンの髪がさらりと額にかかり、動きに合わせて静かに揺れる。凛とした眉と彫りの深いシルエットを持つ、明らかにこの世界にいないはずの男の顔立ち。


 白金の瞳は静かに輝き、見る者の心を射抜くような神秘性を帯びている。きれいな鼻筋と引き締まったフェイスラインが、繊細な美しさの中に確かな男性らしさを刻み、細身ながらも広い肩とすらりとした手足が、彼の体格に確かな骨格の強さを与えていた。


 眼鏡の奥の視線はどこか遠くを見つめ、まるでこの世の理を見透かすような深さを宿している。その姿は、幻のようでありながらも、確かに男の色気を放っていた。


 フェルマとクラウも、はっとしたように顔を上げた。


「……尊き御方の前で、かぶり物をしたままだったなんて……!」


 クラウは、静かに手を伸ばし、フルフェイスの兜を外す。金属が擦れる低い音が、石壁に囲まれた空間に鈍く響いた。


 冴月は、静かに目を細めた。自分よりも背が高く、横幅も広い。全身を覆うフルプレートは、見ただけで相当な重量があるとわかる。


 その重さをものともせず、軽やかに動いてみせた姿に、彼女は思わず胸を高鳴らせていた。


(どんな豪快な女騎士が現れるのやら……)

(あの装備を着こなすとなると、きっと相当な手練れ。刃の語らいが楽しみだ)


 凛としたまなざしの奥に、たまらないまでの期待で胸が熱くなる。


 しかし、そこに現れたのは、数々の修羅場の風に鍛えられた男の貌。乱れた金髪は汗に濡れ、額に張りつきながらも、どこか猛獣のたてがみを思わせる荒々しさを残している。深い碧の瞳は、鋭く光を宿し、見る者の心を射抜くような威圧感を放っていた。


 整った顔立ちには、幾度もの死線を越えてきた者だけが持つ静かな凄みがにじみ、頬からのフェイスラインは、無駄のない筋肉に縁取られている。鎧の隙間からのぞく首筋と肩の厚みが、その体躯のたくましさを雄弁に物語っていた。ただ立っているだけで、空気がわずかに震える威圧感がそこにあった。


 フェルマも、もぞもぞと手を伸ばし、深くかぶっていたフードをおずおずと外す。


 それを、斗花、紫乃、夜々は、三者三様の想いを秘めて、静かに彼へと視線を向けていた。


 斗花は、あのときのポーションの衝撃を思い出しながら、腕を組んで唸っていた。


(あの回復力……あれはもう、戦場の命を握るレベルだろ)

(ってことは、薬師っていうより戦場の母ちゃんみたいな、肝っ玉系の姐さんか?)

(いや、逆に無口でクールな天才少女って線も……うわ、どっちでもアツいな!)

(……でも、あんなにきょどってたんだから、なんか想像してたのとちがうかもな……)


 紫乃は、冷静に分析を重ねながらも、内心の興奮を隠しきれなかった。


(あのポーション、理論的にも構造的にも未知数……)

(つまり、既存の薬学体系に属さない製造法を彼女は知っていると)

(ならば、きっと無表情で無感情、研究にしか興味のない天才少女。少々扱いづらいかもしれませんけれど……それもまた、面白いですわね)

(……と、思っておりましたのに。あんなに挙動不審でいらっしゃるとは……少々、想定外ですわ)


 夜々は、フェルマの動きにじっと目を凝らしていた。

(あの気配の消し方、あの歩幅……)

(自分を目立たせたくない者の動き。でも、芯は通ってる)

(たぶん、気弱でおどおどしてるけど、薬のことになると豹変するタイプ……)

(……そういうの、嫌いじゃない)


 三人の期待と想像からかけ離れ、その下から現れたのは、まだあどけなさを残しながらも、どこか凛とした気品を漂わせる顔立ちだった。明るいブラウンの髪は柔らかく波打ち、額にかかる前髪の隙間から覗く瞳には、まっすぐな意志の光が宿っている。


 頬の線にはまだ幼さが残るものの、引き締まった顎としっかりとした首筋が、彼が少年ではなく、若き男であることを静かに主張していた。肩幅は控えめながらも骨格はしっかりとしており、動きのひとつひとつに、未完成ながらも確かな芯の強さが感じられる。


 その姿は、まだ成長の途中にありながらも、やがて大きな力を担う者の片鱗を、確かに映していた。


 三人の素顔が、ついに明らかになった。


 その瞬間、空気がぴたりと止まり、まるで時の流れさえ凍りついたかのように、場が静まりかえった。


 誰も声を発さず、誰も息を呑む音すら立てない。ただ、張りつめた沈黙だけが、重く、硬く、その場を支配していた。



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