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第15話 救われた命、撃ち抜かれた心



 特級ポーションの奇跡がひと段落し、場の熱気がようやく落ち着きを見せ始めたころ。


 ストレイは、まだ首を垂れたまま、静かに呼吸を整えていた。


 その前に、ふわりと影が差す。


「……?」


 顔を上げると、そこにはしゃがみ込んだ”うたた”がいた。そして距離が、なんだかとても近い。ほんの数十センチ先に、彼女の顔があり、装いの効果もあってキラキラ輝いてみえる。


 ストレイは知る由もなかったが、それは地雷系と呼ばれるコスチューム。可憐さと危うさ、無垢と計算が絶妙に混ざり合い、見る者の感情を揺さぶるように設計されたファッション。その存在感は、ただそこにいるだけで空気感を変えてしまうほどのもの。


 うたたの黒と白のフリルを重ねたスカートが、ふわりと揺れる。柔らかな透け感を帯びたブラウスは、戦闘服の定型から大幅に外れたラインを描き、透明感のあるニーハイと厚底ブーツが、絶妙に足元を彩っていた。


 淡いピンクとベージュのハーフツインが頬にかかり、やや重めの前髪の隙間から覗く金色の瞳が、まっすぐにストレイを見つめている。


 その瞳には、眠たげなまなざしの奥に、十字架のようなクロスの模様がふっと浮かび、どこか危うい光が宿っていた。そして丁寧に施されたメイクが、無垢さと意図的な可憐さを同時に際立たせ、ストレイの思考を永遠に止めようとしてくる。


 ……近い。

 ……いや、近すぎませんか。

 ……というか、なんですか、この天上の可憐な尊き御方は。


 胸元で揺れる祈りの十字架が、信仰の象徴であるはずなのに、今はただ、彼女という存在の一部として、完璧にそこにあった。


 ストレイの心臓が、ひときわ大きく跳ねた。


「……あなた」


「は、は、は、はいっ!……はひっ!?」


 ストレイの声がこれでもかと裏返る。そして心臓が、さらに大きくどくんと跳ねた。


「さっきの魔法……すごかった。あのカリギュラを、真正面から……」


 うたたは、ふわりと微笑んだ。その笑みは、どこか夢の中のように淡く、けれど確かな熱を帯びていた。


「……惚れる」


「ぶふっ……!?」


 ストレイはその場でのけぞり、フードのなかの耳まで真っ赤に染め上がった。言葉にならない声を漏らしながら、地面に手をついてぐらぐらと揺れる。


「ちょ、ちょっと待って!? えっ!? 今の、えっ!? えええええええええええええ!?」


 その様子を見て、うたたは首をかしげた。


「……あれ? なんか変なこと言った?」


 その無自覚な破壊力に、ストレイの理性は風前の灯だった。


 彼は、まだ地面に手をついたまま、真っ赤な顔で呼吸を整えようとしていた。なのに、うたたの追撃は止まらない。


「……うん? 顔が……認識できない?」


 うたたが、じっとストレイの顔を見つめる。その金の瞳が、まるで魔力の渦のように揺れていた。


「……あたしにも認識阻害させるって……桁違いの魔力量……」


 そして、ぽつりと。


「やっぱ……惚れる」


「ぶふっっっっっっっ!!?」


 ストレイは今度こそ窒息寸前。顔どころか首まで真っ赤に染まり、肩で息をしながら、かすれた声を漏らした。


「い、色々あって……り、理性もたなすぎて……認識阻害の魔法……切り忘れて……まし、た」


 その場に崩れ落ちそうになりながら、ストレイは天を仰いだ。


 そして、場面はもう一人の限界突破に移る。


 冴月が、動体のぶれない足取りで静かに歩み寄る。向かった先は、まだ首を垂れたままのクラウだった。


「……すまない。命の恩人の名前すら、まだ聞いてなかったな」


 その声に、クラウの肩がびくりと震える。


(……えっ、ちょ、まって、まって!? お、俺のとこに来られた!?)


 内心、完全にパニック。普段は騎士らしくあろうと私と言っているのすら認識外、けれど兜の中の顔は必死に平静を装っている……つもりだった。


 冴月は、そんなクラウの前に立ち、すっと手を差し出した。


「いつまでも、命の恩人にそんな姿勢をさせられない」


 その言葉は、まるで王命のように静かで、けれど確かな重みを持っていた。


 クラウは、完全に固まったまま、冴月の差し出した手を見つめていた。


 剣士であるはずのその手は、驚くほど繊細だった。鍛えられた筋の下に、女性らしい柔らかな線が確かに存在している。指先はしなやかで、刃を握る者とは思えないほど白く整っていた。


 クラウの喉が、ごくりと鳴る。


(……え、え、手!? 差し出された!? どうする!? どうすればいい!?)


 兜のなかの顔は真っ赤、心臓は爆音、思考は行ったりきたりをさ迷う。


 クラウは、震える手を伸ばしかけ……その瞬間、はっと気づいた。


 自分の手には、まだ戦闘用のガントレッドが装着されたままだ。鋼鉄の指先、鋭利な装飾、戦場で敵を砕くための凶器。


(……こんなものを……この御方の、至高の手に……!?)


 もし、万が一にも傷でもつけてしまったら、その想像だけで、クラウの背筋に冷たい汗が走った。


 彼は、差し出された冴月の手を握ることなく、すっと立ち上がった。


 その動きは、どこかぎこちなく、そして、冴月の目には、拒絶のように映った。


 冴月は、差し出した手をそっと見つめ、わずかに伏し目がちになる。


「……そうか。すまない、無理を言ったな」


 その声は静かだった。けれど、その瞳には、ぬぐい切れない寂しさがにじんでいた。


 その一瞬を見逃すはずもなく、クラウは顔面蒼白になった。


「ち、ちがっ……違うんです!!」


 突然、クラウが盛大に叫んだ。


「ちがうんです! その、あのっ、ガントレッドがっ! 凶器でっ! 貴女様のお手をっ! 万が一にでも、傷つけたらっ! 俺はっ! おれはああああああああああ!!」


 完全に自爆モード。顔は真っ赤、声は裏返り、手はぶんぶん振り回されている。


 冴月の表情は、凛として、揺るぎなく、鋼の気配をまとっていた。しかし、その気配がふと緩む。


 ほんのわずかに、冴月の口元がやわらいだ。その微笑みは、剣士の顔ではなく、年頃の女性が見せる自然なものだった。

 

「……そうか。なら、外してから、もう一度頼む」


 クラウの胸が、きゅっと強く鳴る。その微笑みは、まるで春の陽だまりのようにあたたかく、彼の心臓は再び限界を迎えた。



【コメント欄】

『鎧の人、斗花姐さんに続くオレっ娘きたー!!』

『うん、うん、ガタイも凄いし、どんな顔してるか楽しみ』

『意外とすごいスリムな人が入ってたり……なんてね』

『九条重工の内部自動調整フレームの実装?……試作機とか』

『うたたちゃん、あの距離感であの目線は反則でしょ!?』

『魔術師さん、声裏返ってるの可愛すぎて無理』

『あの二人、戦闘では無敵モードだったのに五星姫の前では無力すぎ』

『うたたちゃん、存在がもうビジュアル系魔法少女なんだけど』

『鎧の人、剣より先に心が折れてそう』

『うたたのあの笑顔、絶対に何か企んでる(好き)』

『鎧の人、動揺で剣の持ち手逆になってるの見逃してないよ?』

『あの人の狼狽、兜の中でエコーしてそう』

『魔術師さん、魔力の揺らぎが感情に正直すぎるって』

『うたたちゃん、あざといのに嫌味がないの天才すぎる』

『王子様の所作、毎秒が絵画。歩くだけで尊い』

『この狼狽っぷり、視聴者の栄養ですありがとうございます』



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