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第11話 神事が繋いだ命の帰還



 クラウとストレイは、フェルマと尊き御方のやり取りの一部始終を見ていて、あまりの衝撃に魂の半分くらいが、身体から飛び出しそうになっていた。


「お……おい、今……見間違いじゃないよ、な……?」


「……あ、ああ。たしかに、あいつの手を握ってた……尊き御方の……その御手で」


 クラウは、兜の奥で目を見開いたまま固まり、ストレイは、眼鏡の奥で現実を処理しきれずにいた。


 尊き御方が、頭を下げる。それだけでも、彼らの常識ではまずありえないことなのに。


 それなのに、あろうことか、フェルマの手を……手を、握った?


「……そんなことが……あるのか……?」


 クラウの声は、風に消えそうなほど小さかった。彼らの世界の(ことわり)が、音を立てて崩れていく音がした。


 三人が魂を飛ばしているのをよそに、紫乃は静かに冴月のもとへと歩み寄った。


 膝をつき、そっと指先を額に添える。その肌は冷たく、血に濡れた金の髪は、かつての輝きを失っていた。


「……冴月……!」


 震える手で、彼女の身体を抱き起こす。その口元に耳を寄せ、かすかな呼吸を確かめた。


 ある。命の灯火は、まだ消えていなかった。


 それは、生きているというよりも、ただ、彼女の強靭な魂が、身体から完全には離れていない、そんな危険な状態だった。


 紫乃は、そっと手に持った薬瓶のフタを開ける。虹色に揺らめく液体が、淡く光を放っている。


 エリクサーと思える奇跡の霊薬。


「……お願い……間に合って……!」


 祈りをこめて、なんの迷いもなく半分を傷口へと注ぎかける。


 その瞬間、光が走った。


 裂かれていた肉が、骨が、皮膚が、まるで時間を巻き戻すかのように、一瞬で癒えていく。


「……どうして……?」


 なのに、冴月は、目を閉じたまま、動かない。身体は癒えた。けれど、魂が戻ってこない。


 紫乃は、残された小瓶を見つめ、息を呑んだ。


「……だめ。直接……飲ませたら……」


 いくら霊薬でも、液体は液体。意識のない者に流し込めば、肺に入り、命を奪ってしまうかもしれない。


 紫乃は、理解していた。


 冴月は、身体が壊れたから倒れたんじゃない。カリギュラ相手に持てる力を限界まで出しきり、命を使い切ったのだ。


「……なら……」


 紫乃は、決意する。


 小瓶を唇に運び、残りのエリクサーを口に含んだ。虹色の光が、喉の奥で淡く脈打つ。


 魔力と想いを、己の内に巡らせる。


『……冴月。聞こえなくても、いい』


 この想いが、届かなくてもいい。でも、あなたを呼び戻せるのなら、わたくしは。


『……戻ってきて下さいな。あなたの居場所は、ここよ』


 そっと、唇を重ねた。


 吐息とともに、エリクサーは液体の形を失い、柔らかな光となって冴月の中へと流れ込んでいく。


 呑み込んだ音はない。咳も、反射も、起きない。


 そして、冴月の胸が、大きく上下した。


「……っ」


 指先が、紫乃の袖を、微かに掴む。


 長い睫毛が震え、閉ざされていた瞳が、ゆっくりと開く。その奥に、淡く澄んだ水色が広がり、 そこに確かな生の光が宿った。


 まるで凍てついた湖面に、春の陽が差し込むような静かに、けれど確かに、冴月の瞳に生気が戻っていく。


「……紫……乃……?」


 その声は、かすれていたが、確かに生きていた。


「……ええ。そうよ、王子様」


 紫乃は、涙をこぼしながら微笑んだ。


「……お帰りなさい」


 そして……それまで静まりかえり、固唾をのんで見守っていた視聴者たちが、爆発した。



【コメント欄】


『うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』

『冴月王子様ァァァ復活ッッッッ!!!!!!』

『紫乃様……あなたは女神か……』

『尊すぎて息できない……』

『あの薬マジでただものじゃない……震える』

『銀鎧の人の怒声で涙腺崩壊したの私だけじゃないよね!?』

『あの魔術師さんがいなかったらこの奇跡はなかった……!』

『この三人、全員主役すぎる……』

『王子様の「紫乃……?」で心臓止まった』

『紫乃様の「……王子様」って呼び方、破壊力高すぎるんだが!?』

『あの薬師さん? 手握られて昇天しかけてたのなんで?』

『この章、映画化して……いや、舞台化でもいい……』

『涙で画面が見えない……』

『ありがとう……ありがとう……生きてくれてよかった……』

『紫乃様の口移し、色気とかじゃなくて技術と覚悟なのが最高すぎる……』

『あれは、命を繋ぐための術なんだよな……震えた』

『あの冷静さと決断力、ただのお嬢様じゃ絶対ない……!』

『口移しでドキドキするかと思ったら、尊さと覚悟に泣いた』

『紫乃様の知識と判断力がなかったら王子様は戻ってこなかった……』

『口移し=色っぽいって思ってた自分を殴りたい。あれは神事だった』



 コメント欄が歓喜と感涙に包まれるその裏で、騎士クラウと魔術師ストレイ、そして薬師フェルマは、沈黙していた。


 いや、正確には、沈黙するしかなかった。


 尊き御方と、至高の御方による、神事のような口移し。


 それは、決して俗なものではなかった。命を繋ぐための、知識と覚悟の儀式。


 理解はできないが、理解しようと努力はした。しかし目の前で、それを見てしまったという事実は、あまりにも重かった。


「…………っ」


 クラウは、兜の奥で目を見開いたまま、石像のように固まっていた。目を逸らすべきだった。だが、逸らせなかった。


 それは、神聖すぎて、目を逸らすことすら失礼に思えた。


「……あれは……見ていいものだったのか……?」


 ストレイは、眼鏡の奥で眉をひそめ、理性と感情の間で、処理不能な熱を抱えていた。


「いや、違う……あれは、見届けるべきものだった……はず……はず」


 そしてフェルマは。


「ひゃ、ひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」


 顔を真っ赤にして、全身をぶるぶる震わせながら、その場でぐるぐる回っていた。


「む、無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」


 その場でぐるぐる回ったかと思えば、顔を真っ赤にして地面に突っ伏した。


「見ちゃった見ちゃった見ちゃった……っ! 尊き御方と至高の御方の神事を……っ! この目で……っ!」


 耳まで真っ赤に染まり、地面に頭を打ちつけながら悶絶していた。


「もう……帰って寝る……一生分の神聖、見た……っ」



【コメント欄】


『あのぐるぐるしてる子、正体不明なのに推せるって何事!?』

『紫乃お嬢様と冴月様の神事を見てしまった者の末路』

『いやでもわかる、あれ見たら魂飛ぶよね……』

『薬師ちゃん(仮)の反応、視聴者の気持ちそのまんま!』

『あの子、あのパーティーの癒し枠でしょ……』

『五星姫の神事を正面から見てしまった罪深き者……』

『正体不明なのにあの可愛さ、なんなの……萌えるわ』

『紫乃様に手握られて昇天しかけた薬師ちゃん(仮)、尊い』

『この子の正体、絶対後で泣かされるやつ……なのか?』



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