男嫌い令嬢は鉄仮面卿に『ガッカリです』と言った
「ガッカリです」
女性にこう言われた時の絶望感とは底知れないものだ。
いや、俺もこれまでの人生でそう女性と関わりがあったわけじゃない。
今知ったことだが。
俺はこれまで女性にモテたことなんてないから。
モテるというのは笑顔とずぶとさと媚びた話題を武器に、女性に突撃できる者に対する勇者の称号なのではないかな。
勇気を含めて、いずれも俺が持たないものだ。
客観的に判断して、俺は真面目だけが取り柄の全く面白みのない男だ。
女性から見た俺の長所?
財務省勤めで、まあ給料だけはそれなりにもらっているよ。
俺はイングラハム伯爵家の出ではあるが、次男だ。
先日兄に二人目の子が生まれたから、跡継ぎのスペアとしての役割も低下していると思う。
一生独身でもいい気はするが、信用とか世間体の問題があって。
陛下の臣たる財務官僚としてはよろしくないらしい。
結婚を前提とした見合いというか、顔合わせを行った。
相手はルシア・ハットン男爵令嬢。
以前大変世話になったから、うちの娘をどうだと男爵殿に言われたのだ。
しかし世話になったと言うが、あれはむしろ役人側の不手際だったと思う。
男爵殿は悪くないのに。
ともかく会ってみることにしたら、ルシア嬢は清楚な雰囲気のえらい美人でビックリした。
きっと男爵夫人が美しい方なのだろうな。
ルシア嬢ならあちこちに引っ張りだこだと思う。
顔合わせということになるのは、俺がよほど男爵殿に買われているのだろうか?
まあ俺は自分が面白くない男だというのは重々承知している。
今日は自分にしてはかなり喋った方ではないかな。
勘違いされては困るが、俺は朴念仁なだけで女性が嫌い美人が嫌いというわけではないのだ。
ルシア嬢のような女性が妻になってくれるなら嬉しいと思う。
ところがここで冒頭のセリフが出た。
「ガッカリです」
いやあ、ショック。
もう他は何を話したか覚えていない。
しかし冷静に考えれば、俺のような四角四面の男はそんなものなのだろうな。
これまでにもう少し遊んでおけばよかったかと思ったが、俺の性格には合わんことだ。
仕方ない。
この話は終わった。
そう思っていたのだ。
◇
――――――――――ルシア・ハットン男爵令嬢視点。
名門イングラハム伯爵家の次男で、若くして既に一代騎士爵を授与されているダンカン様。
お父様が持ってきた縁談は大層なものでした。
財務省って確か、役人として入るのが一番難しいのですよね?
ダンカン様スーパーエリートなのですけれども。
「ダンカン君のおかげで助かったのだ」
お父様が言います。
お父様は結構なクセ字なのですよ。
財務省のチェックで字を読み違いされ、収支を誤魔化していると思われたようで。
ところがダンカン様が一旦差し止めて当家に確認、数字の読み違い書き違いを修正したところ、お咎めなしとなったらしいです。
「担当者がダンカン君でなかったら、いきなり処分ということもあり得たらしい」
「怖いですね」
「まったくだ」
お父様もお爺様から男爵位を継いだばかりですから、不手際もあったのですね。
うちのような田舎男爵家ですとなかなか文官に知り合いもなく。
ダンカン様には大変感謝しているのです。
そしてダンカン様が独身と聞きつけたお父様は、わたしをどうだと売り込んできたのです。
ダンカン様は伯爵家の出ですが世継ぎではないので、わたしでも身分的にはちょうどいいのですかね?
でもわたしは男の人が苦手なのですよ。
淑女学校卒のため、殿方にあまり縁がなかったということもあります。
社交デビューの夜会はトラウマでした。
殿方にわあっと群がられてしまったのです。
熱に当てられたというか怖さを感じたというか。
気分が悪くなって途中退出しました。
もうそれからパーティーに参加したこともなく。
ええ、わたしも売れ残っても仕方ないなあと思いまして。
何とか手に職をと考えていたくらいです。
「ダンカン・イングラハム様? 申し訳ないですが、わたしは殿方がこりごりなのです」
「わしとは普通に話しているではないか。ならばそなたは男嫌いなのではない。急に男が集まってきて驚きと嫌悪を感じただけだ」
「なるほど?」
「夫なり婚約者なりがいる女性に男が群がるわけはあるまいが」
「なるほど?」
お父様の言っていたのはもっともな理屈でした。
つまり素敵な旦那さんを見つければ、嫌な思いをすることもなさそうです。
以降は淑女学校で教わったことが役に立ちますので全て解決、問題はないと思われます。
ではダンカン・イングラハム伯爵令息とはどのような方なのか、調べました。
財務省なんか超優秀な文官しか入れません。
そして今まで浮いた噂はなし。
超真面目なのだと思います。
ダンカン様は長身の渋い二枚目ですけれども。
騎士爵を賜るくらいですから、既に財務省でも成果を出しているのでしょう。
ただ仕事に文句をつけようがないが、面白みのない人物と思われているようで。
職場では『鉄仮面卿』と呼ばれているのですって。
……いいのではないかしら?
わたしは多分グイグイ来る殿方が苦手なのです。
冷静な仕事人間であるダンカン様は、わたしに合っていそうな気がします。
そして顔合わせの日。
「ガッカリです」
淑女らしくなく、また失礼もわきまえず、思わず口に出してしまいました。
いえ、マシな部類の殿方であることは間違いないです。
でも事前情報からダンカン様は理想に近いと、わたし自身が思い込んでしまっていましたかね?
もう少しクールな人かと思ったのですけれど、『鉄仮面卿』は案外ガツガツ話しかけてくる暑苦しい男でした。
顔合わせの後で。
「気に入らなかったか」
「気に入らないというほどでもないのですけれど、期待とはかけ離れていたという感じですね。ごめんなさい、わたしが贅沢なのだと思います」
「そうか。今日のダンカン君はかなり気を使って頑張っていたと思うのだがな」
「気を使って頑張っていた? と言いますと?」
「『鉄仮面卿』は要点しか話さんと評判の男だ。しかし今日はルシアに随分話しかけようとしていたろう?」
「ええ?」
じゃあ普段のダンカン様はもっと落ち着いた方ですの?
そっちの方がわたしの好みなのですけれど。
「……もっと他所行きでないダンカン様を見てみたいですね」
「ふむ? では通常モードを指定してもう一度会ってみるか?」
「お願いします」
◇
――――――――――ダンカン視点。
完全にダメだと思っていたが、もう一度ルシア嬢に会うことになった。
嬉しいな。
しかし男爵殿にムリヤリ勧められ、嫌々なのではあるまいな?
先日の『ガッカリです』発言が、思いの外俺の弱い部分に刺さっている。
「実はルシアは男が苦手でな」
「そうなのですか?」
「うむ、元々淑女学校卒で男に免疫がなかったこともある。またデビューのパーティーで令息達に群がられてしまったのが相当堪えたらしく」
わかる。
あれほどの清楚さを備えた美貌だものな。
もっと評判になっていてもいいくらいだ。
男が苦手で今まであまり外に出てこなかったからかもしれない。
「だから口数が少なくやり手のダンカン君なら合うかと思ったのだ」
「申し訳ない。令嬢は話好きという先入観がありました。先日の顔合わせでは、俺にしては口数が多かったと思います」
「いやいや、わしもダンカン君がルシアに気を使ってくれているのだなあと思ったものだ」
男爵殿はよく俺を見てくれている。
結婚生活には家族との関係も重要だと思うが、そちらは問題なさそうだ。
となるとやはりルシア嬢との相性次第となりそうだが?
「今度は素に近いダンカン君を見てみたいらしいのだ。よろしく頼む」
「わかりました」
素に近い俺を見たいとなると、先日の『ガッカリです』は意味が違ってくる。
俺がつまらないからではなく、積極的に行き過ぎたことがよろしくなかった原因かもしれない。
自分に都合よく解釈しているのかもしれないが、楽しみは残ったな。
◇
――――――――――その後。
ダンカンとルシアの次の顔合わせは観劇デートだった。
閉幕後、興奮したまま一方的に話すルシアと重々しく頷くダンカンという構図は、二人とも心地いいと思った。
喋る女と聞く男という関係は一般的な男女と変わらないのだが、二人は気付かなかった。
ダンカンとルシアは婚約、そして結婚に至った。
淑女学校の優等生であるルシアは、案外世話好きということが判明した。
『仕方がないですね』と言いながらいそいそとダンカンの世話をするルシアの様子は、使用人達も微笑ましく感じていた。
また徐々に交友関係を広げたルシアは、ダンカンの妻という役割を十分に果たした。
一方『服を着た無愛想』の異名を取ったダンカンが大変な美人妻を得たことは、王宮文官の間で不可解とも七不思議とも言われた。
あんな美人の奥さんをどうやってもらったのですかと部下に聞かれた時、ダンカンはこう言った。
「仕事のできる男はモテるものだ」
それは必ずしもダンカンとルシアの関係を言い当てているものではなかったが、ダンカンの部下達の仕事へのモチベーションは上がった。
結果としてダンカンの評価も高まった。
ダンカンは商務大臣、総務大臣、財務大臣を歴任し、最終的に宰相に任じられた。
ダンカンの一言は千金に勝る、とも言われる名宰相となった。
功として男爵位を賜った。
ダンカンとルシアは、私生活では三人の子に恵まれた。
これはまだ一番上の子である長女が一〇歳くらいの時の会話。
「お母様はどうやってお父様と知り合ったの?」
「紹介よ。あなたのお爺様が間に入ってくれたの」
「ふうん。一目見て恋に落ちたのではないのね?」
「どちらかと言うと、ダンカンに初めて会った時はガッカリしましたね」
ルシアは初顔合わせの時を思い出して苦笑した。
「お父様はそこからどう挽回したのかしら?」
「いえ、わたしがもう一度会いたかったのですよ」
「ガッカリしたのにどうして?」
「女のカンね」
「ええ? お母様すごい!」
「でもね。どんどん出世していく人だからって、自分に合っているとは限りませんからね」
パッと見で燃え上がる恋ではなく、かといって打算や妥協でもなく。
じわじわと温まるような愛が素敵ですよと、ルシアは娘に教えた。
娘はわかったようなわからないような顔をしていたが。
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