幸恵の決断
答えが出ないまま3日が過ぎた時、電話が鳴り、幸恵が取った。
取引先ではなかった。
義姉からだった。
しばらく話したあと、幸恵が受話器を右手で覆った。
代わって欲しいと言っているらしい。
受話器を受け取ると、挨拶もそこそこに本題を切り出された。
「醸さん、お願いできないかしら」
声が切羽詰まっていた。
「ちょっとしんどいの」
声に疲れが滲んでいた。
しかし、口ごもるしかなかった。
権力を持ったど素人になるべきではないからだ。
それでも、そんなことを言うわけにはいかない。
疲れ切った人を突き放すようなことをするわけにはいかないのだ。
義姉の声を聞きながら視線を床に落とすしかなかったが、その時、意外なことが起こった。これ以上は無理と思ったのか、「代わって」と幸恵が手を伸ばしたのだ。
「お姉ちゃん、心配しないで。私がする」
「えっ」
思わず大きな声を出してしまった。そんなことはおくびにも出していなかったからだ。しかし、幸恵は平然としていて声も落ち着いていた。
「大丈夫だからね。心配しなくていいからね」
優しい語り掛けが受話器に吸い込まれていった。
「じゃあね、ゆっくり休んでね」
受話器をそっと置くとしばらくそのままでいたが、「そういうことになっちゃった」と自分でも驚いているように目をしばたかせた。
「うん」
意外な結末だったが、反対する気はまったく起こらなかった。よく考えてみれば、幸恵こそ果樹栽培のプロであり、現場を知り尽くした身内の人間だった。何十年も汗水を流して農園の発展のために尽くしてきたのだ。それだけでなく、ミカンとオレンジを掛け合わせた付加価値製品である『アイム・ソー・ハッピー』まで生み出したのだ。義姉の跡を継ぐ経営者としてこれ以上の人財はいなかった。
「灯台下暗しとはこのことだな」
命名を考えていた時のように自嘲気味に笑うしかなかったが、幸恵はそんな様子を気にすることなく、別の心配を口にした。
「留守にすることが多くなるけど、応援してくれる?」
それは、翔の面倒や家事について醸に負担がかかることへの心配だった。
「もちろん」
全面的に協力することを速攻で誓った。
「こっちのことは心配せずに思う存分やればいいよ」
「ありがとう」
「これでお義姉さんが元気になってくれればいいね」
するとホッとしたように息を吐いて、頷いた。




