橋渡一路
アポイントを取った醸は、學と共に日本食文化振興協議会を訪ねた。
応対してくれたのは、生え際が後退気味で、でっぷりとした体格の専務理事だった。美味しいものをいっぱい食べていそうなお腹だった。
用件を告げると、「本省の課長からの紹介ですか、珍しいですね」と目を大きく見開いたが、すぐに「うちは外務省の外郭団体で日本の食文化を世界に発信する役割を担っています。もちろん日本酒もその範疇に入っています」とパンフレットを開いて、事業内容を詳しく説明してくれた。
それが一段落した時、はなむらさきを渡して日本で初めての泡酒だと告げると、「泡酒ですか。泡の出る日本酒……、初めて知りました。面白いですね」と言うなり立ち上がって、机の上の電話を取り、誰かを呼んだ。
数分後、正確なリズムで2回、ノックの音が聞こえた。
入ってきたのは若い男性だった。
「彼は駐日外国公館へ定期的に日本の食文化の情報発信をしている担当者です。彼ならお役に立てるかもしれません」
それを受けて彼が名を名乗った。
「橋渡一路です」
いかにも真面目といった感じで、几帳面に頭を下げた。
醸が訪問目的を説明すると、はっきりとわかるような頷きを返し、専務理事の指示に対しては、「承知いたしました」と答えた。そして、「試飲させて下さい。飲んだ上でどのようなやり方がいいのか考えてみます」と言って、また几帳面に頭を下げて、部屋から出ていった。
*
橋渡が華村酒店を訪ねてきたのは1週間後のことだった。朝から落ち着かなくてそわそわしていると學に笑われたが、彼の返事によってはなむらさきの運命が決まるのだから、落ち着けるわけがなかった。
約束の5分前にやってきた彼を奥の部屋に通すと、お茶を一口飲んで口を開いた。
「日本夢酒造で取材をさせていただきたいのですが」
駐日外国公館へ情報発信をするにあたって、製造現場の取材、特に、女性蔵元である咲へのインタビューが重要であると考えているという。
「もちろんです。娘も喜ぶと思います」
學は即答すると共に「醸君も一緒に行ったらどう?」と橋渡との関係強化を促した。
「是非お願いします」
醸も即答した。願ってもないことだった。
*
その10日後、醸は橋渡と共に佐賀へ向かう飛行機に乗り込んだ。
機内での会話は散発的なものだったが、彼が東京大学法学部を出て外務省に入省したこと、30歳で日本食文化振興協議会へ出向を命じられたこと、現在33歳で独身であること、などの情報を得た。




